第26話

 宇宙暦SE四五二五年五月三十日、標準時間一三一〇。


 シビル星系の小惑星帯に差し掛かったところで、国王エドワード八世の座乗する重巡航艦アルビオン7とその護衛戦隊は改造商船からの奇襲を受けた。


「ステルスミサイル接近! 全基、アルビオン7に向かっています! 最接近まであと十五秒!」


 情報士の緊迫した声が響く。


 クリフォード率いる第二特務戦隊は国王護衛戦隊であるアルビオン第一艦隊第一特務戦隊の前方にあり、ミサイル迎撃に当たる。


 その時、強い衝撃が旗艦フロビッシャー772を襲った。


「通商破壊艦の主砲直撃! 防御スクリーンA系統トレイン停止! B系統トレイン負荷三十パーセント! もう一度直撃を受ければ全系統喪失します!」


 機関士である下士官が焦りを含んだ声で報告する。


「スクリーンの再展開急げ!……」


 艦長であるバートラム・オーウェル中佐が命令を出しているが、クリフォードはそれに構うことなく、自らのコンソールを確認していた。


(敵ミサイルとの相対速度が大きい。三秒ほどで対宙レーザーの射程を抜けられてしまうな。第一特務戦隊のミサイル防衛が機能してくれればいいんだが……)


 その間にサミュエル・ラングフォード中佐のグラスゴー451にも直撃があった。


(フレーザー戦隊の動きが悪い。ミサイルを一基も撃破できないとは……それにまだ一隻も沈められていない……何をやっているんだ……)


 そんなことを考えるが、すぐに人工知能AIによるミサイル迎撃が開始されるタイミングとなり、そこに意識が向く。


「ミサイル迎撃開始五秒前、三、二、一……迎撃開始……三十八基撃破! 十基が抜けていきます!」


「全艦手動回避開始! 各艦は独自に攻撃を開始せよ! オークリーフとプラムリーフは敵の伏兵がいないか探れ!」


 戦術士の報告を無視して、クリフォードは命令を出す。対宙レーザーの射程を抜けられたため、第二特務戦隊にできることがないためだ。

 矢継ぎ早に命令を出しながらも後方にある第一特務戦隊の情報に目を向ける。


(ダートマスとバーミンガムがアルビオン7の前に出たか……)


 二隻の軽巡航艦ダートマス113とバーミンガム391が重巡航艦アルビオン7の盾になるべく、前方に出ていた。


「ステルスミサイル、五基撃破!……更に三基撃破! 二基が抜けていきます!」


 情報士の悲痛な声が響く。

 次の瞬間、メインスクリーンに映るバーミンガムとステルスミサイルのアイコンが重なった。


「バーミンガム391通信途絶! ミサイル二基の直撃を受けた模様……」


 バーミンガムのアイコンが残っていた。


「バーミンガム391通信回復! 直前で撃破したようです!」


 情報士の弾むような声に戦闘指揮所CICの中が沸く。

 クリフォードはそれを無視して命令を出す。


「今は改造商船を撃破することに集中せよ」


 その間にゼファー328とゼブラ626が共同で一隻の改造商船を撃沈していた。しかし、まだ四隻が主砲を放ちながら接近してくる。


「グラスゴーに連絡。フロビッシャーと同時に右舷側二隻にスペクターミサイル発射せよ。オーウェル艦長、タイミングは任せる」


了解しました、准将アイアイサー! ミサイル発射五秒前、四、三……」


 バートラムの命令を聞き流しながら、クリフォードは更に命令を出していく。


「ゼラスとゾディアックに連絡。最左翼の改造商船にファントムミサイル全基発射せよ。その後、ゼファーとゼブラと共に砲撃を集中せよ」


 レイモンド・フレーザー少将率いる第十一艦隊独立戦隊は未だに一隻も沈めていない。


(フレーザー少将の戦隊は無駄が多すぎる。ステルスミサイルも独立戦隊で数を減らしてくれれば、バーミンガムが危機に陥ることはなかった。改造商船に対しても同様だ。数で圧倒しているのだから各個撃破すればいいだけなのだ。何をしているのだ……)


 クリフォードにしては珍しく、フレーザーの指揮に苛立っている。敬愛する国王エドワード八世に危険が及んでいるからだ。


 ステルスミサイルを発見した時、フレーザー戦隊を掠めるように通過していた。射程内に捉えられる時間は僅か五秒ほどだが、十七隻の艦で迎撃すれば、半数程度は撃破できただろう。


 また、重巡航艦二隻を含む十七隻と改造商船五隻に対し圧倒的な戦力を有しながら、有効な攻撃ができていない。


 本来なら射程に入ったところで十秒と掛からずに無効化できるはずだが、攻撃がバラバラであり、敵の防御スクリーンが過負荷にならず、中破程度の損傷しか与えられていなかった。


「右舷側二隻、轟沈確認! 最左翼大破! 加速停止、完全に沈黙しています!」


「残りの一隻に攻撃を集中せよ!」


 その命令を発した瞬間、最後の一隻が爆散する。


「敵改造商船、全艦沈黙」


「各艦警戒は緩めるな! 損害状況を報告せよ! ヴァル、ドイル艦長とエルウッド艦長に繋いでくれ」


 クリフォードは斜め後ろに座る副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐に命令する。


了解しました、准将アイアイサー


 すぐに司令用のコンソールに二人のスループ艦艦長の姿が映し出される。


「君たち二人の意見を聞きたい。敵はこれですべてだと思うか?」


 その問いに先任であるマーカス・ドイル少佐が答える。


『常識的に考えれば、このタイミングにすべての戦力を叩きつけてくるはずです。実際、ステルスミサイルの数は六隻の改造商船で使える最大数でした』


 ライアン・エルウッド少佐が補足する。


『小官もドイル艦長と同じ意見です。但し、気になった点があります』


「それは何か」


『小惑星帯での待ち伏せは空振りの可能性が高い作戦です。これだけ正確に待ち伏せされていたということは敵に情報が漏れていたということです。この先でも待ち伏せされる可能性が高いのではないかと考えます』


「確かにその可能性は考えられるな。最初の攻撃の時から気になっていたことだ」


 クリフォードはそこでこれまでのことを考えていく。


(反乱騒ぎのタイミングもおかしかった。もし、あれが成功していたら、我々はそちらに気を取られ、奇襲に対応できなかった可能性が高い。それにフレーザー戦隊の動きの鈍さも気になる。いくら急造の混成部隊とはいえ、戦力的には四倍以上だ。指揮官の能力に問題があるとはいえ、通常ならもう少し何とかできたはずだ……)


 クリフォードは頭を整理しつつ、通信に意識を向ける。


「参考になった。引き続き、周囲の警戒を密にしてほしい。こちらからは以上だ」


『『了解しました、准将アイアイサー』』


 通信が切れた後、ホルボーンに命令する。


「マイヤーズ少将に繋いでくれ」


 すぐにエルマー・マイヤーズ少将の姿がコンソールに現れる。

 一時危機的な状況に陥ったが、動揺している様子は見えない。


「至急お話ししたいことがあります」


『手短に頼む』


「敵に情報が漏れている可能性があります。反乱騒動もそうですが、ここまで的確に待ち伏せされたことがそれを示しています。このままアルビオン星系に向かうことは危険です。直ちにキャメロットに引き返すべきと考えます」


 マイヤーズはその言葉に頷いた。


『確かにおかしなことが多すぎる。陛下の安全を考えれば、すぐに戻るべきだな。君に頼みがある』


「何でしょうか?」


『第二特務戦隊のスループ艦を貸してほしい。大破した敵艦の調査を任せたいのだ』


 マイヤーズは一隻だけ大破漂流している敵通商破壊艦の調査を依頼した。


「了解しました」


『可能なら君が直接指揮を執ってほしい。本来なら護衛対象を乗せていないフレーザー少将の戦隊に任せるべきだが、彼を信用できない。それに君なら何か見つけられるのではないかと思っている』


 マイヤーズはフレーザーが裏切っているとは思っていないが、能力的に不安があることと、この任務を軽く見る可能性が高いことから、信頼できるクリフォードに調査を依頼した。


「了解しました。第二特務戦隊の指揮はラングフォード中佐に任せ、私はオークリーフに移り、大破した改造商船の調査の指揮を執ります」


『よろしく頼む』


 それで通信が切られ、すぐに命令が届く。


『全艦最大加速度で減速開始。キャメロット星系に帰還する。第二特務戦隊のスループ艦は敵改造商船の調査を行え』


 その命令にフレーザーが反発する。


『バーミンガムの損傷がどれほどか分からんが、護衛の数は充分なのだ。このままアルビオン星系に向かうべきではないか』


 その言葉に普段冷静なマイヤーズも腹を立て、本来なら全艦に伝える必要のない言葉まで流してしまった。


『護衛が十分とは言えない。今回の結果を見る限り、貴戦隊に期待することはできない。貴戦隊が適切に対応してくれていれば、陛下の安全を脅かすことはなかった』


『小官のせいだと言いたいのか!』


『陛下の安全を考慮し、キャメロット星系に帰還する。以上だ』


 マイヤーズはそれだけ言うと通信を切った。


「オークリーフ及びプラムリーフは敵改造商船の調査を行う。私はオークリーフに移り、調査の指揮を執る。第二特務戦隊の指揮はラングフォード中佐に任せる」


 クリフォードは命令を出すと、小さく息を吐きだした。

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