第18話

 宇宙暦SE四五二五年五月二十一日。


 第十一艦隊の重巡航艦エクセター225では出港準備が急ピッチで進められていた。

 艦長のファーガス・レヴィ大佐はやや肥満気味な身体を揺らしながら、命令を出していく。


「今回の任務長期のものとなる! 消耗品の確認は念入りに行え!」


 この時、国王の護衛としてアルビオン星系に向かうことは副長にしか知らされておらず、多くの乗組員がどこに向かうのか疑問を持ちながら作業に当たっていた。


 そんな中、掌砲手ガナーズメイトの一人、ゴードン・モービー一等兵曹はようやく機会が訪れると内心で思いながら、主計長の命令に従っていた。


(このタイミングで長期の任務ということは噂通り、国王陛下の護衛に加わるということだろう。ようやくチャンスが巡ってきた。仲間たちに連絡を入れておかなければならんな……)


 モービーは三月中旬に休暇で首都チャリスを訪れていた。

 その際、スヴァローグ帝国の工作員マイク・シスレーとパブで知り合い、意気投合する。


 シスレーは自らの店に招待し、その際薬物を仕込んだ酒を飲ませ、洗脳を行った。薬物による洗脳はゾンファ共和国の得意とするところで、十年ほど前に重巡航艦サフォーク05の情報士スーザン・キンケイド少佐が操られている。(第二部参照)


 今回はゾンファの工作員が協力しているため、帝国工作員のシスレーでも実行が可能だったのだ。


『今の苦境を国王陛下に直訴すれば、兵士に同情的な陛下なら必ず手を打ってくれる。だから、タイミングを見て下士官代表として直訴するのだ。その際、艦を掌握し、邪魔する者を排除できるようにしなければ、聞いてもらえない……』


 通常なら反乱を起こした兵士の言葉を聞いてもらえるはずがないと分かるが、薬物による洗脳でそれが可能だと思い込んだ。


 また、その後も休暇のたびに彼と飲みに行き、その都度洗脳を施され、彼は自らが考えたことだと思い込むようになった。


 モービーは艦隊を追い出されることに不満を持っている仲間を集め、直訴が有効だと説得した。


『国王陛下は俺たちに同情的だ。だから直接お願いすれば、政府を動かしてくれる』


『それは分かるが、直訴なんてできるのか? 陛下の周りには護衛のソヴリンズSボディガーズBが固めているんだ。近づくことなんてできねぇと思うんだが』


『その点は俺も考えている。だが、これはおいそれと話せることじゃねぇ。俺を信じてくれ』


 モービーは士官に対して反抗的な態度が多く、評価は低いが、面倒見がいい親分肌であるため、同僚や部下から意外に信頼されていた。


『おめぇがそう言うなら、任せようじゃねぇか』


 モービーの言葉に仲間たちは納得した。


 出港準備が終わったところで、モービーは仲間たちに密かに連絡を付けた。


「俺たちは国王陛下の護衛に加わるようだ。ようやく直訴のタイミングがやってきたぞ」


「護衛になるのは分かるが、どうやって直訴なんてするんだ? 艦の中からじゃできねぇだろう」


 その疑問にモービーは大きく頷く。


「このままじゃ無理ってことは俺も分っている。だが、艦を乗っ取ればどうだ? 戦闘指揮所CICから通信をすれば、陛下のお耳にも入るはずだ」


 その言葉に仲間たちが驚く。


「艦を乗っ取るだと! それじゃあ、反乱じゃねぇか!」


 一人が声を上げたところでモービーが鋭く命じる。


「声がでけぇ。士官たちに気づかれたらまずいんだぞ」


 そして、すぐに自信ありげな表情で話していく。


「これは反乱じゃねぇ。艦長たちには大人しくしてもらうが、命を取るつもりはねぇんだ。陛下へ俺たちの言葉を伝えたらすぐに解放する。あくまで一時的な緊急措置なんだ。それに陛下なら必ず分かってくださる。この苦境に追い込んだのは政府と軍の上層部なんだからな」


 その言葉に多くの者は疑問を感じながらもモービーの言葉に頷いていた。


「計画は出港後に伝える。今は上の連中に素直に従っておいてくれ」


 モービーと仲間たちはその後、いつもと異なり大人しく命令に従っていた。


 そのことに疑問を持った者がいた。

 それはエクセター225の掌帆長ボースン、ガイ・フォックス上級兵曹長だ。


(ゴードンたちが大人しい。ちょっと前は不満をぶちまけていたのにだ……)


 フォックスはクリフォードが士官候補生時代、スループ艦ブルーベル34で掌帆手だった。ゾンファの通商破壊艦基地に潜入し、クリフォードと共に戦っている。


 フォックスは下士官たちに話を聞き、国王への直訴を考えていると知った。


(陛下に直訴するだと……それも護衛している間に……どうやってやるつもりだ?……まさかな……)


 下士官たちも准士官であるフォックスに仲間を売るようなことはせず、反乱の準備を行っていることは黙っていた。

 それでもフォックスは下士官たちが反乱を考えているのではないかと勘繰っている。


(ゴードンは不平を言うが、そこまで狂った奴じゃないはずだ。だが、連中の話を聞く限り、ヤバいことに手を出す気がする。艦長や副長に話を持っていってもパニクるだけだ。どうしたものか……)


 艦長であるレヴィ大佐は部下を厳格に管理したがる人物で、准士官以下の評判はよくない。副長も艦長に阿るだけの人物で頼りにならなかった。また、証拠もなく、仲間を告発するわけにもいかず、フォックスはどうすべきか悩んでいた。


 そんな中、第二特務戦隊が同行するため、司令であるクリフォードが表敬訪問にやってきた。


 掌帆長であるフォックスは舷門ギャングウェイでクリフォードを出迎える一員として整列している。


「高名なコリングウッド准将を迎えることができたことは我が艦の誉です」


 レヴィ大佐がクリフォードを出迎える。


 言葉とは裏腹に表情は硬い。クリフォードは三十歳で准将になったが、レヴィは現在四十五歳で大佐だ。また、大規模な会戦が行われる可能性は低く、昇進の可能性はほとんどない。

 そのことでレヴィはクリフォードに対し、わだかまりを持っていたのだ。


 クリフォードもそのことに気づいていたが、笑顔で握手をする。

 そして、出迎えてくれた将兵に敬礼した後、司令官室に向かおうとしたが、そこでフォックスの姿を見つけた。


「ガイ・フォックスじゃないか! 君がこの艦にいるとは思わなかったぞ」


 そう言ってフォックスに近づき、彼の手を取る。


「ご無沙汰してます、准将サー。活躍は聞いていますぜ」


 そう言ってフォックスはニヤリと笑った。


「うちの掌帆長ボースンをご存じなのですか?」


 レヴィが怪訝そうな顔で聞いた。将官級の上級士官が准士官以下に興味を示すことは稀だからだ。

 そのため、周囲の下士官や兵たちも驚きの表情で見ている。


「私が士官候補生だった時、トリビューンのゾンファの拠点に一緒に潜入して戦った仲だ。懐かしいな」


 そう言いながら親しげに肩を叩く。


はい、准将アイ、サー。あの時は准将に助けてもらいました」


「いやいや、君がいたから作戦は成功したんだ。あとで少し時間をもらえないか。話をしたい」


「自分はいいんですが……」


 そう言いながらレヴィを見る。

 通常、訪問した将官をもてなすのは旗艦艦長の仕事であるためだ。


「そうだな。レヴィ艦長、退艦する前に士官次室ガンルームを訪問する許可をもらいたいのだが」


「構いませんよ」


 レヴィは若干呆れながら認めた。

 士官次室は准士官と士官候補生の居室であり、艦長ですら訪れることは稀で、将官級の士官が訪れることはないからだ。


 それからクリフォードは分艦隊司令官レイモンド・フレーザー少将と会った。

 フレーザーはクリフォードを歓迎しておらず、事務的な話に終始した。


「君の第二特務戦隊が加わると聞いたが、指揮権は最先任である小官にある。君は独断専行する癖があるようだが、小官の命令には必ず従ってくれたまえ」


「指揮権は第一特務戦隊のマイヤーズ少将にあると聞いておりますが」


 クリフォードは司令長官のエルフィンストーンから聞いていたため指摘したのだが、フレーザーは怒りを見せる。


「聞いておらんぞ。マイヤーズ少将は昇進して間もない。当然、小官が全体の指揮を執るはずだ。誰がそんなことを言っておるのだ?」


「エルフィンストーン司令長官から伺いました。第十一艦隊からの護衛戦隊はあくまで追加の護衛であり、第一特務戦隊の指揮下に入ると」


 クリフォードの意見の方が艦隊の慣例に従っている。

 同格の司令官がいる場合、通常は先任順位によって指揮権が決まる。但し、既に命令を受けている司令官がいる場合は指揮命令系統の混乱を防ぐため、先任順位が低くとも指揮権が代わることはない。


 そこでフレーザーも自分が勘違いしていたことに気づいた。しかし、そのことを素直に認めることができなかった。


「マイヤーズ少将には後で確認しておく。では、これ以上話はないな」


「ありません。では、長期の任務となりますが、よろしくお願いします」


 それだけ言うと、クリフォードは司令官室を出ていった。


(フォークナー中将の思惑がどこにあるのか、さっぱり分からないな……)


 そんなことを考えながら、士官次室に向かった。

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