第9話

 宇宙暦SE四五二五年二月二十日。


 クリフォードら第一艦隊第二特務戦隊の休暇が終わった。

 クリフォードはパレンバーグの提案により、休暇期間のほとんどを第四惑星ガウェインにある軍の保養所で過ごした。


 この保養所は風光明媚な地方にあるが、交通の便が悪く、軍関係者以外が訪れることが少ないところだった。そのため、一般観光客はほとんどおらず、許可を受けていないメディアの記者たちが近づく前に軍警察MPが発見することが容易で、しつこい記者に煩わされることがなかった。


「いい旅行でしたわね」


 長女エリザベスを抱いたヴィヴィアンが幸せそうな笑みを浮かべている。


「家族水入らずで過ごせることがこれほど幸せだとは思わなかったよ。戦隊に戻るのが嫌になるね」


「あなたがそんなことをおっしゃるなんて珍しいわ」


 そう言ってヴィヴィアンが笑っている。その横では長男のフランシスがクリフォードに構ってほしいのか、足元にじゃれついていた。


「当面はキャメロットで訓練に励むことになる。週に一度は戻って来られるだろう」


 第二特務戦隊は旗艦と駆逐艦一隻を失っている。しかし、各艦の乗組員は定期異動以外では変わっておらず、旗艦フロビッシャーと新たに配備された駆逐艦ゼブラの完熟訓練だけでこれまでのような激しい訓練が必要とはクリフォードも考えていなかった。


 翌日、クリフォードは衛星軌道上にある要塞アロンダイトに向かった。

 しかし、その表情は前日までの穏やかなものではなく、厳しいものに変わっている。

 その理由だが、休暇の間にも艦隊を取り巻く状況は悪化の一途を辿っていたからだ。


 予備役になった下士官たちの抗議の映像が連日メディアを賑わしていた。


『こちらはチャリスの軍務省前です。御覧の通り、新たに予備役になった下士官兵たちが不満を爆発させております。口々に軍務卿の辞任と、自らの現役への復帰を求めております……』


 女性レポーターの言葉の後、プラカードを抱えた兵士たちの姿が映し出される。


『コパーウィートは辞任しろ!』


『艦隊を元に戻せ!』


『ノースブルックは責任を取れ!』


 その数は千人を超えており、暴動に発展しないように一般警察だけではなく、軍警察MPも多く動員されていた。


 その様子を悲しげな表情でクリフォードは見ていた。


(艦隊の宝、下士官たちが苦境に立たされている。しかし、財政健全化は避けて通れない。彼らを救う方法があればよいのだが……それにしてもこれだけの数が自然に集まったのだろうか? 不自然すぎるのだが……)


 彼と同じように考えていたのか、旗艦艦長のバートラム・オーウェル中佐が疑問を口にする。


「あいつらは酒場で愚痴をこぼすが、こんなことは滅多にやらない。誰かが扇動しているんじゃないかと思うんだが」


 誰に言うでもない独り言だったが、それに操舵長コクスンのレイ・トリンブル兵曹長が答える。


艦長キャプンのいう通りかもしれませんね。俺もそうですが、文句は言ってもガウェインからわざわざ軍務省に行こうなんて思いませんよ」


 抗議を行っている下士官兵たちは数日前に縮小された第十一艦隊の徽章を付けていた。彼らは第四惑星ガウェインの衛星軌道上にある大型兵站衛星プライウェンで艦を下ろされ、それぞれの目的地に向けて出発を待っているはずだからだ。


「それは俺も思ったな。軍務省に文句を言っても変わらんのだ。それなら再就職斡旋事務所でくだを巻いて、就職奨励金を余分にふんだくった方がよっぽどマシだからな」


「そうなんすよね。ガウェインに戻るにしても、その旅費は誰が出すんだって思いますよ」


 口調は軽いが、裏で誰かが動いていると確信している。

 二人の会話を聞き、クリフォードも確信に変わっていく。


(確かにコクスンの言うことには一理ある。憤りを感じていたとしてもわざわざ惑星間を移動してまで抗議にはいかないだろう。首都チャリスに再就職先はそれほどない。プライウェンから外惑星開発関係の職に就くのが一番彼らに合うはずだからだ)


 艦隊勤務の下士官兵は優秀な技術者であり、民間プラントや小惑星での金属採掘場では引く手あまただ。給与は艦隊勤務よりやや劣るが、長期間の勤務もなく、労働条件は悪くない。


 但し、民間のやり方に不安を感じている下士官はその仕事でも魅力を感じておらず、再就職はあまり進んでいなかった。


(半給の予備役の下士官が惑星間の移動を行うことはかなりの負担だ。特に艦隊に残れなかった下士官は金銭感覚が何かしらおかしい者が多い。旅費を追えば、背後関係が明らかになりそうだが、この程度のことは諜報部も考えているだろう。民主党が動いているだけならいいのだが、悪い予感がするな……)


 野党民主党は与党保守党を攻撃するためにメディアを動かしている。その一環なら国内の話で済むが、そこにゾンファ共和国やスヴァローグ帝国が関与していると、ただの抗議で終わるとは思えなかったのだ。


 そこで自分の権限を越えることを考えていたことに気づき、苦笑する。


(私は王国軍人だ。政治に関与するわけにはいかない。統合作戦本部に任せるべきだが、考察だけでもエルフィンストーン提督に提出しておこう……)


 それから考察をレポートとしてまとめ、第一艦隊司令部に送付した。


 翌日、訓練航宙に出発する前にエルフィンストーンから連絡が入った。


「訓練航宙に出る前に済まない。昨日のレポートについて相談がしたい。艦隊総司令部に来てくれないか」


了解しました、提督アイアイサー。フロビッシャーとゼブラの習熟訓練が主体ですので、旗艦艦長に任せても問題ありません。直ちに司令部に出頭いたします」


 旗艦フロビッシャー772とZ級駆逐艦ゼブラ626は新造艦であり、初期故障等を確認するための航宙が予定されていた。そのため、司令であるクリフォードが座乗していなくても大きな問題はない。


 副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐を引き連れ、艦隊総司令部に向かう。


「提督もずいぶん気にされているようですね」


 ホルボーンがそういうと、クリフォードは真面目な表情で頷く。


「今回の抗議は不自然なところが多かった。おそらく諜報部でも情報を得ているだろうから、帝国の状況に詳しい私の意見を聞きたいのだろう」


 総司令官室に入ると、総参謀長のウォーレン・キャニング中将の他に、“賢者ドルイダス”こと第九艦隊司令官アデル・ハース大将もいた。


「早速で悪いが、今回の抗議活動について話し合いたい。諜報部の調べでは民主党の支持団体が予備役の下士官兵に旅費を出していたそうだ。これ自体は違法ではないが、その支持団体にゾンファの工作員らしき人物がいるらしい。我々の懸念が当たったようだ」


 エルフィンストーンがそう切り出すと、ハースが頷く。


「想定された事態ですが、思った以上に深刻です。国王陛下が重篤な状況にありますから、ノースブルック首相はアルビオンから動けません。マールバラ子爵も手を打っているようですが、おそらく後手に回り続けるでしょう。このままでは反乱がいつ起きてもおかしくない状況と言えます」


 その言葉にキャニングが質問する。


「提督のおっしゃることは理解します。ですが、工作員については諜報部と公安警察に任せるしかありません。反乱を防ぐと言っても下士官兵たちの不満を解消する方法はありません。密告を奨励すれば、更に反感を招くでしょうから」


「それは分かっているわ。でも、手を拱いているわけにはいきません」


 ハースがそういうと、エルフィンストーンも重々しく頷く。


「反乱を防ぐためにできることを考えるべきだ。クリフ、君の意見を聞きたい。君を含め、コリングウッド家の者は下士官たちをよく理解しているからな」


 クリフォードは小さく首を横に振る。


「理解しているとは思っておりません。ですが、彼らが何を求めているのかは何となく分かっています」


「それは何かな」


「彼らは自分たちを認めてほしいのです。ゾンファも帝国も直接的な脅威とならないことは彼らも十分に理解しています。ですので、艦隊を縮小しなくてはならないことは頭では分かっているのです。しかし、自分たちが必要なくなったと思われることに不満を思っています。“疾風ゲール”と呼ばれる提督が真摯に語り掛ければ、ごく少数の反抗的な者以外はおとなしくなると思います」


「それだけでいいのか? それなら以前からやっているが」


「何度でも繰り返し語りかけるべきです」


 クリフォードの言葉にハースが頷く。


「提督は兵たちに信頼されています。クリフの言う通り、“疾風ゲール”なら自分たちの苦悩を分かってくれるはずだと思っていることでしょう。その提督が語り掛ければ、一部の者以外は落ち着くはずですし、彼の言う通り、暴発する者がいても止めてくれるはずです」


 エルフィンストーンはそこで大きく頷いた。


「君たちがそういうなら、私に否はない。語るべき内容を詰めよう」


 その後、エルフィンストーンは艦隊が入港するたびに将兵に語り掛けた。


「平和がもたらされたのは諸君らの働きによってだと私は思っている。その諸君らが艦隊を去らなければならないことは私としても悲しいことだ。しかし、考え方を変えてみてほしい。私もそうだが、戦場ではいつ訪れるか分からぬ死の恐怖が常に付きまとった。その恐怖は君たちの働きによって取り払われたのだ。そして重要なことは次の世代がその恐怖と戦う必要がなくなったということだ。諸君らの素晴らしい技量は艦隊だけでなく、民間でも非常に有効だ。諸君らは平和をもたらした誇りと共に、次の世代に平和な世を引き継ぐため、更なる祖国の発展に寄与してもらいたいと私は思っている……」


 エルフィンストーンの真摯な言葉に反抗的だった下士官兵たちも落ち着きを取り戻す。


 更にオズワルド・フレッチャー大将がスパイ容疑で逮捕起訴され、それに伴う上層部の処分が発表された。


 直属の上司に当たる統合作戦副本部長ジョアン・ヘイルウッド大将は減給処分を受けた後、自主的に退役を申し出た。また、艦隊司令長官であるエルフィンストーンもけん責処分を受けている。


 そして、軍務卿のエマニュエル・コパーウィートは防諜を担当する国家安全保障局と軍人の犯罪を取り締まる国防司法局の責任者であるため、減給処分を受けた上、辞任に追い込まれた。


 当初コパーウィートは辞任を拒否していたが、ヘイルウッドが自主的に退役したことで、責任を取らざるを得なくなったのだ。


 ヘイルウッドの後任には第二艦隊司令官ナイジェル・ダウランド大将が、軍務卿には元キャメロット防衛艦隊司令長官パーシバル・フェアファックス子爵が就任した。

 いずれも知将として名高く、多くの将兵が歓迎する。


 これにより、コパーウィートに不満を持つ下士官兵たちも留飲を下げ、落ち着きを取り戻していった。


 しかし、一部の者は更に頑なになる。

 その一人、第十一艦隊所属の一等兵曹ゴードン・モービーは場末の酒場で一人酒を呷っていた。


「お人好しばかりだな。“疾風ゲール”も上の連中だとなぜ分からんのだ。奴に俺たちの苦しさは分からねぇ……まあいい。奴らに一泡吹かせてやるだけだ……」


 昏い笑みを浮かべて安酒を呷った後、モービーは夜の街に消えていった。

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