第2話

 宇宙暦SE四五二五年一月十七日。


 クリフォードは要塞アロンダイトの軍港に入港すると、すぐに艦隊司令本部に移動した。


 司令長官室に入ると、出迎えてくれたジークフリード・エルフィンストーン大将とアデル・ハースの他に、総参謀長のウォーレン・キャニング中将と統合作戦本部の作戦部長ライアン・レドナップ少将が待っていた。


 クリフォードの副官ヴァレンタイン・ホルボーン少佐は大物たちが集まる会議に緊張していた。


(キャニング中将とレドナップ少将か……エルフィンストーン提督は本気で対帝国戦略を検討されるつもりのようだな。さすがはラングフォード中佐だな。全く緊張した感じがない。オハラ中佐は私と同じく緊張しているようだ。しかし、副官に過ぎない私がいてもいいものなのだろうか……)


 サミュエルはクリフォード絡みで大物に会うことが多く、あまり緊張していない。

 一方、クリスティーナ・オハラ中佐は下士官兵から“花屋の売り子”と呼ばれるほど柔らかい雰囲気の女性士官だが、さすがにこの状況に顔が引き攣っている。


 緊張しきっているホルボーンたちに構うことなく、“烈風ゲール”と呼ばれるエルフィンストーンはその名に相応しく前置きなしで話を始めた。


「早速で悪いが、帝国の状況を教えてほしい。もちろん報告書は読んでいるが、実際に皇帝と交渉したクリフと藩王ニコライに交渉したラングフォード中佐たちの意見を聞いておきたい。まずはクリフ、君から頼む」


了解しました、提督アイアイサー。まず皇帝アレクサンドル二十二世個人に対する印象ですが、柔軟かつ大胆、更に狡猾な人物であることを以前より強く感じました。具体的にはスヴァローグとダジボーグの二つの星系を掌握するためにかなり苦慮していたようですが、そのことに不満を持ったリヴォフ少将のメッセージを見ると、即座にダジボーグ重視の演説を行っております……」


 ゲオルギー・リヴォフ少将はアルビオン外交使節団の護衛の指揮官であったが、二人の息子と多くの部下を失ったことから、ゾンファの工作員リン・デの甘言に乗ったふりをしてクリフォードを抹殺するため、第二特務戦隊に攻撃を行った。


 その攻撃に失敗すると、責任を取るとして自ら命を絶ったが、その際に命懸けで皇帝に尽くしたダジボーグを皇帝自らがないがしろにしていると糾弾している。その文書が広がると、すぐに自らの行動が誤りであり、故郷ダジボーグを重視する姿勢を打ち出した。


「更に今回の我々の目的である、ストリボーグ藩王ニコライ十五世との間に楔を不和の種を蒔く点についてもすぐに行動を起こし、藩王が愛国者と見られないように手を打っています。皇帝の地位にありながら即座にプライドを捨てて謝罪し、更にそれを失点とみなされないようにふるまうことは、なかなかできるものではないと思いました」


「アレクサンドルに付け込む隙はないということかしら?」


「なかなか難しい質問ですね」


「あなたが思いつかないのであれば、私たちではさらに難しいのだけど」


 ハースのストレートな言葉にクリフォードは僅かに苦笑する。


「一つ思いついたことがあります。それは意外に部下を掌握できていないのではないかということです。以前のシャーリア法国への謀略でもそうでしたが、部下の暴走を制御できていない気がします。今回もアラロフ補佐官が関与しているようでしたが、皇帝ならこのような無謀な謀略は仕掛けなかったでしょう。狡猾な彼なら、我々を生かしたまま利用するような策略を使ったはずです。その方がリスクは少ないですから」


「シャーリアではアルダーノフ少将があなたに敗れていたわね。彼も結構若かったはずだし、アラロフ補佐官もまだ三十代前半と聞くわ。若い家臣が無謀な策に出るのはなぜかしら?」


 シャーリア法国で王太子エドワードを捕えようとしたセルゲイ・アルダーノフ少将も側近に抜擢されたディミトリー・アラロフ補佐官も共に三十代前半と若いが、いずれも実績を残していた。


「皇帝の人としての魅力、カリスマ性だと思います。ダジボーグ星系の将兵や民衆は不満を持ちましたが、皇帝が非を認めるとすぐに熱狂的な支持に変わっています。実際に話してみて、私も有能で仕え甲斐のある人物だという印象を受けています」


 その言葉にエルフィンストーンが疑問を口にする。


「カリスマ性のある皇帝に認められようと若い有能な家臣が無理をする。そこに付け込む隙があるのではないかと、君は考えているということかな?」


 その質問にクリフォードは小さく首を横に振る。


いいえ、提督ノーサー。私にはそこまで断言できる情報がありません。ですが、皇帝に謀略を仕掛けることで若い家臣たちが暴走し、皇帝の戦略を台無しにする可能性はあります。これについては逆に我々の思惑を超えて事態が動く可能性もありますから、諸刃の剣といえるかもしれませんが」


 そこでキャニングが発言する。


「皇帝に対する悪評を流せば、アラロフら家臣たちが暴走する可能性があるということか……しかし、我が国や自由星系国家連合FSUに攻め込むことはしないだろうから、我々に不利益はもたらさないのではないかな?」


「総参謀長のおっしゃる通り、純軍事的な作戦を強行することはないでしょうし、それを提案しても皇帝は認めないはずです。それよりも彼らの権限でできること、例えば暗殺や暴動の誘発であれば、充分に起こりえることです。特に防諜体制の整っていないヤシマではサイトウ首相やオオサワ司令長官などの重要人物に危険が及ぶことも考えられます」


 クリフォードの言葉にレドナップが発言する。


「逆に言えば、体制さえ整っていれば、彼らを暴走させて皇帝の思惑を無にすることができるかもしれないということだね。私も君が警戒する皇帝を野放しにする方が危険だと考えているよ」


「作戦部長のお考えに全く同感です。私も皇帝の考え通りに進むことは危険だと思っていますから」


 エルフィンストーンはその会話に満足し、ハースに話を振る。


「よく分かった。アデル、君から何かあるかな?」


「そうですね……その前にニコライ藩王の話を聞きたいですわ」


「そうだな。では、サム。君の感じたことを教えてくれ。クリフのように理路整然としている必要はないぞ。君とオハラ中佐の感じたことを教えてくれればいい」


 エルフィンストーンはサミュエルたちの緊張を解こうと愛称で呼んだ。サミュエルは驚くものの、背筋を伸ばしてから発言を始める。


「小官の思ったことは想像していたより遥かに侮れない人物だということです。ニコライ藩王は高慢で直情的な性格という情報でしたが、グリースバック特使代理だけでなく、佐官に過ぎない我々に対しても真摯に対応しているように見せていました。特にコリングウッド少佐は二十代半ばと若く、同席すら許されないと考えたのですが、気さくに話しかけております……」


 ニコライとの交渉ではサミュエルとオハラの他にファビアンも参加した。サミュエルは戦隊司令代行、オハラは参謀という地位にあるため、ダジボーグ艦隊の暴走に対して協議に参加することはおかしくはないが、一介の駆逐艦艦長が同席するのは違和感があった。


「特に印象に残ったのは、リヴォフ戦隊が皇帝もしくはアラロフ補佐官の命令で攻撃してきた可能性があると告げると、即座に謝罪の言葉を発したことです。准将から侮れない人物と聞いていましたが、大きく動揺した記憶があります」


「交渉の主導権を握ろうとしたということかしら?」


 ハースの疑問にサミュエルは少し考えた後、頷く。


「そうかもしれません。実際、このまま交渉は続けられないと仕切り直しを提案したほどです。もし、あの謝罪がなければ、スヴァローグ艦隊への謀略などの話をしたかもしれません」


「つまり、我が国と共謀したという事実を残さないように上手く立ち回ったという感じね。オハラ中佐、あなたの意見は?」


「私もラングフォード中佐と同じ印象を受けております。ファビアン君、いえ、コリングウッド少佐がいなければ、藩王の思惑に気づけなかったでしょう。そう考えると、思った以上に思慮深い、あるいは優秀なブレーンの意見を聞き入れる度量があるということもあるかもしれません」


 オハラの言葉にハースは頷いた。

 そして、彼女自身の考えを話し始めた。

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