第44話
九月十四日、標準時間一九〇〇。
レオニード・ガウク中将はゲオルギー・リヴォフ少将から彼個人に宛てて、文書が送られてきたことに違和感を覚えた。
(このタイミングで何のつもりだ? 釈明でも送ってきたのか? リヴォフがそのようなことをするとは思えんが……)
着信があった頃、ガウクは救助したクリフォードら第二特務戦隊の乗組員への対応に追われ、すぐにその内容を確認しなかった。
三十分ほどして落ち着いたところで
『……このようなものを送付し、申し訳なく思っております。本来であれば、直接お目にかかり、謝罪の上、対応を協議すべきところですが、まずは小官の思いを知っていただければと思い、このようなものを送付いたしました……』
書き出しを見たガウクは内容が釈明であると理解し、読み進める。
『……小官は二人の息子と多くの部下を奪ったアルビオン王国軍に対し、強い憎しみを抱いておりました。特にクリフォード・コリングウッド准将に対しては自分の息子たちが死に、彼が英雄として祭り上げられたことに対し、憤りと共に強い殺意を抱きました……』
少なからず自分も感じていたことであり、ガウクは分からないでもないと思いながら、更に先を読んでいく。
『……本来護衛対象であるはずのアルビオン王国軍第二特務戦隊をどうしても許すことができず、命令を無視して攻撃を命じました。その際、ディミトリー・アラロフ補佐官から密命を受けたと旗艦艦長、イリヤ・クリモワ大佐に説明しておりますが、それは事実ではなく、自らの感情に従って行ったことです。ですので、我が戦隊の将兵に罪はありません……』
ガウクはリヴォフが単独で行ったことに密かに安堵の息を吐きだした。
(クリモワの表情を見る限り、協力者はいないと思っていたが、正しかったようだな。責任は自分にだけあると伝えたかったのか。奴らしいな……)
ガウクのリヴォフに対する評価は比較的高かった。命令には忠実であり、指揮官として高い統率力を持っていたためだ。
『……自らを律することなく、命令に反して護衛対象を攻撃したことは軍人としてあるまじきことであり、その点について弁解するつもりはありません。ですが、コリングウッド准将の能力は今後の祖国にとって必ず障害になります。個人的な恨みを抜きにしても、今回彼を倒せなかったことは痛恨の極みであると考えております。命令違反であっても帝国のためになれば、まだ救いはありました……』
ガウクも僅かだが、その考えに共感する。
(あの圧倒的に不利な状況で、自沈以外で艦を失っていない。共同して当たったわけではないが、ゾンファの武装商船も倍近い戦力だし、リヴォフの戦隊はそれ以上だ。彼が今後昇進していけば、我が国に必ず不利益をもたらす。このリヴォフの考えは正しいと言えるな……)
更に読み進めると、驚愕する文章に辿り着く。
『……今思えば、そう考えるようになったのはアラロフ補佐官に誘導されたからではないかという気がします。補佐官はコリングウッド准将の危険性について、事あるごとに小官に同意を求めてきました……』
ガウクはあり得ると思い、思わず頷いていた。
『……補佐官はヤシマ商船がゾンファの通商破壊艦であるという情報を出発前にお持ちでした。更に外交使節団をスヴァローグに向かわせないことが重要であり、その手段は問わないとも小官に告げております。その際にもゾンファが失敗した場合、どうしたらよいものかと意味ありげにおっしゃっておられたことを記憶しております……』
「何だと……」
ガウクは唸るようにそう呟く。
『もちろん証拠はありません。恐らく小官の勝手な思い込みであったのでしょう。ですが、補佐官と話した後、自分の抱く恨みは正当な物だと思うようになりました。それまでは命令に逆らうなど考えたこともなかったのですが……これは愚痴であり、お忘れいただければ幸いです』
ガウクは怒りに打ち震える。
(リヴォフの個人的な恨みを利用しようとしたのか! あの男なら外交使節団をストリボーグに向かわせないためなら、リヴォフを犠牲にすることにためらうことはない! 何ということだ!)
事実と確認されていない状況だが、陰謀家として有名なアラロフより、気心が知れ、実直なリヴォフの言葉をガウクは無条件で信じた。
『……これより死んでいった部下たちに謝罪に向かいます。後事を託すことになり、閣下にはご迷惑をお掛けしますが、生き残った部下たちのこと、よろしくお願いいたします。銀河帝国万歳! 皇帝陛下万歳! ダジボーグ艦隊少将、ゲオルギー・リヴォフ』
最後の文章でリヴォフが命を絶つ決断をしたとガウクは知った。
(迂闊だった! 奴なら責任を取るために自ら命を絶つに決まっている!)
すぐに副官に命令を出す。
「リヴォフが自害しようとしている! クリモワ大佐に止めるよう命じろ! すぐにだ!」
副官は慌てて重巡航艦メルクーリヤに回線を接続し、命令を伝えた。
三分ほど経った頃、クリモワからガウクに通信が入る。
『リヴォフ少将閣下の死亡を確認いたしました。
ガウクは天を仰いだ後、クリモワに返信する。
「リヴォフ少将については私の責任だ。彼の気質を思えば、充分に予測できたことだ……遺体は丁重に扱ってくれ……」
後処理を命じた後、今後のことを考え、途方に暮れる。
(奴らしいと言えばそうなのだが、責任を取るべき者がいなくなった。証拠になる物が残されていればいいが、補佐官が示唆したにしても証拠を残すようなへまを奴がするとは思えん。アルビオン王国に対してどう釈明したらいいのだ……)
ガウクは途方に暮れながらも事実関係の調査を命じた。
■■■
九月十五日。
ドゥシャー星系での戦闘が行われた翌日、ゲオルギー・リヴォフ少将が当初の計画を無視して、第二特務戦隊を追ったという情報がダジボーグ星系に届いた。
皇帝補佐官であるディミトリー・アラロフはその情報を秘書官から受け取ると、静かに考え始めた。
(まさかリヴォフ少将が命令を無視するとは思いませんでしたね。実直なだけの方だと思っていたのですが、見誤ったようです……それにしてもアルビオンの外交使節団は全滅ですか。少々困ったことになりましたね……)
この時のガウクの報告には第二特務戦隊が生き残る可能性は非常に低いとあった。
アラロフもその見解を支持した。
実質的に二倍以上の戦力の敵から奇襲を受け、更に護衛であったリヴォフ戦隊からほとんど時間差なく攻撃されれば、なすすべもなく全滅することは想像に難くないためだ。
そして、すぐにガウクに対する命令を出す。
「万が一アルビオンの生存者がいた場合、密かにここに連れてくること、リヴォフ戦隊はソーン星系に留め置くこと、ソーン星系哨戒艦隊全体に緘口令を敷くことを、ガウク中将に指示してください」
秘書官は即座に情報連絡艦をソーン星系に派遣した。
(アルビオン王国にどう報告するかですね。生き残りの数は少ないでしょうから、密かに始末して知らぬ存ぜぬを通してもよいかもしれません……ですが、緘口令を敷くとはいえ、ソーン星系哨戒艦隊内で噂になれば、必ず漏れます。ならば、この状況をうまく利用する方法を考えた方がよさそうですね。まあ、正確な情報が届いてからですが……)
ドゥシャー星系とダジボーグ星系は九パーセク離れており、情報通報艦を使ってもガウクからの情報が入るのは最短で八日後、通常なら十日ほど掛かる。
(そうなると、陛下が到着される一週間ほど前にしか情報は届きませんね。手を打つ時間はほとんどないということですか……一応、外交使節団暗殺の容疑者としてゾンファの工作員を捕らえておきましょうか。アルビオンに対する交渉材料に使えますからね……)
アラロフは有人惑星ナグラーダにいるゾンファ共和国の工作員を拘束していく。元々、泳がせていただけであったため、十人ほどがすぐに捕らえられた。
九月二十五日。
アラロフの下にガウクが送った第二報が届いた。
その情報を見た彼は自らの認識の甘さに愕然とする。
(まさか、ほとんどが生き残り、外交使節団がそのままストリボーグに向かうとは思いませんでした。コリングウッド准将は“
アルビオン王国一の知将、
(ですが、コリングウッド准将自らがこちらに来るという情報だけは朗報ですね。彼がストリボーグに向かったらどのような策謀を行うか戦々恐々とする必要がありましたが、腹心とはいえ、一介の中佐に藩王を動かす力はないでしょう。それにあのグリースバック伯爵なら逆に足を引っ張ってくれるでしょうし……)
アラロフはアルビオン王国の外交使節団がダジボーグに立ち寄った際、主要な士官について調べていた。そのため、クリフォードの親友であり、戦隊の副司令であるサミュエルについても能力はある程度知っていた。
彼のサミュエルに対する評価は優秀な宙軍士官であるものの、クリフォードのような独創的な考えは持たず、軍人の枠からはみ出る者ではないというものだった。
(問題は後始末ですね。リヴォフ少将が私怨で暴走したのは事実のようですが、外交官とその護衛を帝国軍が攻撃したという事実に変わりはありません。コリングウッド准将に対しては遺憾の意を示した後、早期に解放することを条件に、不幸な事故であったという話で手打ちにしてはと交渉しましょう。まあ、ある程度脅して、こちらが譲歩したという体裁にしないといけませんが……)
アラロフは自分の示唆を受けてリヴォフが襲撃を実行したという文書があると聞いたが、ほとんど気に留めなかった。
(証拠は何もありません。陛下も私の考えを聞けば、問題なかったと納得していただけるでしょう。唯一の懸念はガウク中将が私に対して敵意を持つことですが、それも気にするほどのことはないでしょう……)
この時、リヴォフがガウクに送った文書の内容はガウク戦隊とリヴォフ戦隊全体に広がっていた。
リヴォフはガウクに文書を送った後、
クリモワは単なる遺書として扱い、そのまま艦のデータベースに保管したため、瞬く間に戦隊内に広がっていった。
これにより、リヴォフ戦隊及びガウク戦隊の将兵はリヴォフに同情を向けるとともに、アラロフに対して敵意を抱いた。
また、皇帝に対しても不満を募らせていく。
元々ダジボーグ艦隊の将兵はリヴォフが抱いたものと同じ不満を持っていた。そこに今回の事件が起きた。
アラロフのような佞臣を重用し、皇帝に忠誠を誓うリヴォフのような軍人を犠牲にしたと思われたことで、将兵の皇帝に対する忠誠心は更に低下する。
リヴォフはここまで考えたわけではないが、皇帝とアラロフに対する意趣返しとして、これ以上ないほどの成功を見た。
そして、それはガウク戦隊に留まらず、ダジボーグ艦隊全体に広がっていくことになる。
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