第27話

 宇宙暦SE四五二三年六月三日。


 イーグンジャンプポイントJP会戦から二十日経過した。

 傷ついた艦の修理は急ピッチで進められているが、アルビオン・ヤシマの連合艦隊の総数は三個艦隊分にようやく達したところだ。


 既にヒンド共和国とラメリク・ラティーヌ共和国の艦隊は共に本国に帰還しており、この瞬間にゾンファが侵攻した場合、ほとんど抵抗すらできないほど危機的な状況であった。


 そんな中、第六艦隊が到着した。

 無傷の艦隊が到着したことにヤシマ国民のみならず、アルビオン艦隊の将兵も安堵の息を吐き出した。


 第九艦隊は優先的に補修作業が行われ、戦闘可能な艦が約三千七百隻にまで回復し、十日以内に四千隻に達する予定だ。


 第七、第八の両艦隊も戦闘可能な艦の数が三千隻を超え、第十一艦隊も一千五百隻に達し、アルビオン艦隊全体では、約一万二千七百隻となった。


「これで一息つけるわね」と第九艦隊の司令官アデル・ハース大将が副官であるアビゲイル・ジェファーソン中佐に話しかける。


「ですが、ヤシマ艦隊の回復が思った以上に遅れています」


 ジェファーソンの言う通り、自国のドックでの修理であるにもかかわらず、ヤシマ防衛艦隊の補修作業は遅れ気味であった。


 これはヤシマ防衛軍の戦略が影響している。

 ヤシマでは個艦の性能を可能な限り高め、ハードウェアの性能によって優位に立つという戦略であった。


 そのため、同じクラスの艦でも多数の型が存在し、修理に当たる技師たちが設計情報をいちいち確認しなければならないなど、予想以上に手間取っていた。また、新旧の艦で部品の流用ができないことが多く、その調達でも時間が掛かっている。


「ヤシマもゾンファが来るまでに少しでも艦を増やそうと、いろいろと頑張っていますよ」


 ハースの言う通り、ヤシマの優秀な技術者たちは部品の流用化の方法を編み出すなどして、徐々にではあるが、補修作業の効率化が図られている。


 また、新造艦を繰り上げて竣工し、ロンバルディアに輸出予定であった艦を改造するなど、艦を増やす努力も行われていた。

 その結果、あと十日ほどで八千隻を超える艦が艦隊に配置できることになっている。


「敵を迎え撃つ準備の方も順調のようですな」


 参謀長のセオドア・ロックウェル中将がハースの後ろから話しかける。


「そのようですね。ただ、作戦通りに動けるかが問題です」


 ハースたちはタカマガハラでの防衛作戦について骨子を作成し、アルビオン艦隊の総司令官であるオズワルド・フレッチャー大将に提出した。その際にいろいろと難癖を付けられ、ヤシマ防衛軍と協議を始めたのは六月に入ってからだった。


 また、艦隊自体も破損した艦が徐々に復帰する状況であり、シミュレーション訓練しかできていない。


 他にも増援であるロンバルディア艦隊が未だに到着せず、ロンバルディア艦隊との連携にも不安があった。



 翌六月四日、第六艦隊が首都星タカマガハラに到着した。

 その中には艦長に昇進したばかりのファビアン・コリングウッド少佐が指揮するZ級駆逐艦、ゼファー328の姿もあった。


 ファビアンは五月一日に少佐に昇進したが、引継ぎを受けた直後にヤシマに向けて出発している。


 ヤシマ国民から熱狂的に迎えられながら、第六艦隊はタカマガハラの衛星軌道上に駐留する。


 補給と整備を終えた後、ファビアンはゼファーの搭載艇でインヴィンシブル89を訪問した。


ようこそ、本艦へウェルカムアボード艦長サー


 ファビアンは最下層にある格納庫で当直士官に出迎えられ、きれいな答礼を返した後、兄クリフォードのいる艦長室に向かった。


 案内をする士官候補生と話しながら、巡航戦艦の中を歩いていく。


(懐かしいな。やはり巡航戦艦が落ち着く……)


 ファビアンは五ヶ月前まで乗り組んでいた巡航戦艦ネルソン99のことを思い出していたのだ。


 艦長室に入ると、クリフォードが優しい笑みを浮かべて出迎える。


「歓迎するよ、ファビアン」とクリフォードは言いながら、ファビアンの肩を軽く抱くようにして叩く。


「ありがとう、兄さん。でも、ずいぶん苦労しているみたいだね」


 ファビアンの目にはクリフォードの顔に浮かぶ疲労の色がはっきりと見えていた。

 艦長室のソファに座ると、クリフォードが話し始めた。


「どうだ、自分の艦は」


「まだ慣れないけど、楽しんでいるよ。ユーイング提督が優秀な艦に配属させてくれたから、全然苦労していないしね」


 第六艦隊のジャスティーナ・ユーイング大将はダジボーグ星系会戦で活躍したファビアンのことを高く評価していた。


 そのため、最新型のZ級駆逐艦で、更に艦隊でも優秀な乗組員が揃っているゼファー328の艦長の椅子を用意した。


 これはファビアンが第六艦隊の巡航戦艦ネルソン99の副戦術士と活躍したこともあるが、それ以前の士官候補生時代の褒賞の意味もあった。


 ファビアンは士官学校を卒業した後、第五艦隊の巡航戦艦ベンボウ12に配属となった。しかし、その艦の副長が陰湿な性格で、彼は過労死する寸前までいじめ抜かれた。


 当時、クリフォードが第三艦隊の司令官であったハワード・リンドグレーンに不当な扱いを受けていたこともあり、この情報が艦隊の外に漏れたらアルビオン王国軍の威信が大きく傷ついた可能性が高い。


 幸いなことにファビアンの事件は下士官たちの情報網によって艦隊司令部に伝わり、解決された。しかし、通常なら一年で任官できるはずが、副長の不当な扱いによって勤務実績が足りなかったため、少尉への任官が半年先延ばしになった。


 当時の艦隊上層部の者は彼が自暴自棄になってメディアに情報をリークすることを恐れたが、ファビアンはそのような状況でも軍に対して不平を漏らすことなく、素直に受け入れた。


 ユーイングは当時、第八艦隊の分艦隊司令官で直接ファビアンの件に関わったわけではなく、その事実を知らなかった。


 しかし、彼女は第二次ジュンツェン星系会戦ではリンドグレーンの敵前逃亡によって苦戦を強いられただけでなく、その後のクリフォードへの嫌がらせを知り、腹立たしい思いをしていた。


 そんな時、クリフォードの弟であるファビアンも上級士官に不当な扱いを受けていたという話を聞いた。


 大将であるリンドグレーンが自らのことしか考えなかったことに比べ、士官候補生に過ぎなかった彼が祖国や軍のことを考え、自らの感情を押し留めたと聞き、感嘆の念を抱いた。


 その後、自らが指揮する第六艦隊でもファビアンが活躍したため、注目していた。そのため、殊勲十字勲章DSCの推薦があった際も即座に承認し、更に上級士官コースへ推薦している。


 そして、少佐に昇進後もわざわざ自らの艦隊に配属になるよう軍務省に掛け合い、最高の駆逐艦を彼のために用意したのだ。


「それはよかったな」とクリフォードは自らの経験したことを思い出しながら頷く。


「本当によかったよ。砲艦に配属されて苦労した兄さんには悪いけどね」


「苦労はしたが、今ではいい思い出だ。初めての指揮艦は特別だからな」と感慨深げに言った後、「で、駆逐艦はどうなんだ? 私は駆逐艦に乗り組んだことがないからよく分からないのだが」と話を振る。


 ファビアンは目を輝かせて話を始めた。


「まだ完全に慣れてはいないけど、本当に素晴らしいよ。あの機敏さは巡航戦艦にないものだし……できれば、艦隊戦じゃなく、独行の任務の方がいいんだけどね……」


 クリフォードは弟が楽しげに語る姿を見て、六年前に砲艦レディバードの艦長になった頃のことを思い出していた。


(確かにあの頃は楽しかったな。小型艦の艦長は部下への責任はあるが、ある程度自由にできた。今のファビアンも当時の私と同じ気持ちなんだろうな。私のように艦を失うことがなければよいが……)


 三十分ほど話をしたところでクリフォードが立ち上がる。


「残念だが、仕事の時間のようだ。この後、ブルーイット中佐が非番になる。話をしていってもいいぞ」


 副長であるアンソニー・ブルーイット中佐はネルソン99の元副長で、二年近くファビアンと同じ艦に乗っていた。


「ありがとう。中佐にもあいさつしてから艦に戻ることにするよ」


 そう言ってファビアンも立ち上がった。


「無理はするなよ」とクリフォードは真剣な表情で声をかける。


 ファビアンが答えようとしたところで更に言葉を続けていった。


「次の戦いは作戦通りにいったとしても非常に厳しいものになる。特に小型艦にとっては。武勲を上げることより、生き残ることを考えるようにな」


 その言葉にファビアンの目が大きく見開かれる。普段、こういったことを口にしない兄があえて言葉にしたことに驚きを隠せなかったのだ。


「分かったよ。では、兄さんも気を付けて。キャメロットに帰ったら、家族みんなで会おう」


 そう言ってから敬礼し、艦長室を出ていった。

 残されたクリフォードは「家族みんなでか……」と口にした後、戦闘指揮所CICに向かった。

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