第25話

 宇宙暦SE四五二三年五月十五日。


 イーグンジャンプポイントJP会戦が終わってから一日が経過した。


 脱出した将兵の救出や降伏した艦の引き渡しなども順調に終わり、アルビオン・自由星系国家連合FSUの連合艦隊はヤシマ星系の首都星タカマガハラに帰還しようとしていた。


 しかし、ヒンド共和国とラメリク・ラティーヌ共和国の艦隊はタカマガハラではなく、本国に接続するテンシャンJPに向かう航路にあった。


 二時間前、連合艦隊の司令官による会議が行われ、ヒンド、ラメリクの両艦隊の司令官から本国への帰還が通告された。


 その理由は両艦隊とも損傷が大きく、一ヶ月程度では一個艦隊分にすら回復できないこと、ヤシマのドックがヤシマ艦隊とアルビオン艦隊だけでも不足気味で、自分たちが後回しになることは目に見えていることであった。


 それに対し、ヤシマ防衛艦隊の司令長官、サブロウ・オオサワ大将は慰留を行ったが、それほど強いものではなかった。


 イーグンJP会戦において、ヒンド、ラメリクの両艦隊は戦力としてほとんど機能せず、士気の下がった状態で参戦されても足を引っ張るだけだと考えたためだ。


 しかし、アルビオン艦隊の総司令官であるオズワルド・フレッチャー大将はそのことに強く抗議する。


「ヤシマ防衛はフリースターズユニオンFSUが主体となるべきだ。数が少なくともその気概を見せぬのであれば、我が艦隊も撤退を視野に入れる必要がある」


 アルビオン王国とFSUの間には軍事同盟が結ばれているが、同盟国にだけ負担を強いることにフレッチャーが抗議することは当然と言える。


 しかし、その抗議に対し、第九艦隊の司令官アデル・ハース大将は冷ややかな目で見ていた。


(おっしゃることは分かるのだけど、ヤシマがゾンファの手に落ちたら、我が国の安全保障にも大きな影響が出ることは明らかよ。抗議ではなく、実効性のある提案をした方が建設的だと思うのだけど……)


 そう考えるハースだが、既にフレッチャーに対し、スヴァローグ帝国側のチェルノボーグJPにあるステルス機雷を回収し、タカマガハラに配置する提案していた。

 しかし、フレッチャーは内政干渉に当たることを理由に拒絶している。


 自分に対してわだかまりを捨てていないことにハースは頭が痛くなる。

 そのため、フレッチャーを無視してヤシマの艦隊司令官、トモエ・ナカハラ大将に個人的に提案を行った。


 ナカハラはヤシマ防衛軍では珍しい女性将官で、“賢者ドルイダス”と呼ばれているハースのことを尊敬していた。そのため、ヤシマに駐留している時に何度か話をしており、個人的なチャンネルがあった。


 ナカハラはハースの提案を受け、総司令部に働きかけることを快諾する。


「オオサワ提督が既に動いてくださっていると思いますが、私の方からもプッシュしておきます。ですが、こちらの戦力が少ないのが気がかりです」


「そうですね。ヒンドからの増援は難しいでしょうし、ロンバルディアから何個艦隊派遣されるかで、我々が生き残れるか決まるでしょう」


 イーグン星系にゾンファ艦隊が現れたという情報が届いた後、ヤシマ政府はロンバルディア連合政府に増援の依頼を送り、シャーリア法国政府にはロンバルディア星系への艦隊移動を依頼していた。


 現在ロンバルディアには四個艦隊しかなく、そのうち何個艦隊が派遣されるか不明な状況だ。最悪の場合、間に合わない可能性もあり、また二個艦隊程度では戦力として期待できないと考えられていた。


 一方でよい情報もあった。

 それはゾンファ艦隊の新造艦の弱点が分かったことと、下士官兵が反抗しているという情報だった。


 新造艦の弱点はダメージコントロールの低さだ。

 今回降伏した艦には主機であるパワープラントPPに軽微な損傷を受けたものの交換用の部品がなく、超光速航行FTLを諦めたものがあった。


 捕虜からの聞き取りで判明したことは補修用備品がほとんどなく、同一の設備が損傷した場合、交換部品が足りなくなるという事実だった。


 また、准士官以下の待遇が劇的に悪化し、下士官兵たちの不満が溜まっていることも分かった。

 降伏した艦の中には不自然に士官が戦死している例があり、ヤシマ防衛軍が捕虜を収容する際、士官と准士官以下を完全に分けなければならなかったほど対立は激しかった。


 ハースはその情報を得たものの、次の戦いで勝利につなげることは難しいと考えていた。


(ダメージコントロールのことは数で補える。それに防御スクリーンの能力が飛躍的に上昇しているのだから、ほとんど問題にはならないわ。兵たちの士気のことも同じね。不満はあるのでしょうけど、戦いになれば自分の命が懸かっているから、何もなければ反抗しないでしょう。もっとも敵が不利になれば、別だけど……)



 翌日の五月十六日、ヒンド艦隊とラメリク艦隊はテンシャンJPから本国に戻り、残ったアルビオン艦隊とヤシマ艦隊は首都星タカマガハラに帰還した。


 帰還後、すぐに損傷した艦の修理が始まった。

 ヤシマの工廠の担当者とアルビオン軍の技術担当者の予想では、損傷した艦の補修が完了するには二ヶ月近くかかることが判明した。


 司令官たちは優先順位を決め、修理に時間が掛かる艦は後回しにされた。

 損傷した艦が最も多かった第十一艦隊の司令、官サンドラ・サウスゲート大将は総司令官であるオズワルド・フレッチャー大将に抗議する。


「命懸けで戦った我が艦隊が後回しというのは納得いかない」


「そうは言ってもすべて補修したとしても二千隻に満たないのだ。半個艦隊以下では艦隊として戦力とは言えん。無論、小破の艦の補修は優先するが」


 フレッチャーの言葉にサウスゲートは更に反発する。


「数は少ないが、残存艦の多くが重巡航艦以上の大型艦なのだ。ヤシマの一個艦隊より余程戦力になる。ヤシマのドックを回してもらうことはできないのか」


「貴官の言いたいことは理解するが、ヤシマのドックでは我が国の戦闘艦の補修に時間が掛かる。今は一隻でも多く戦闘可能な艦を用意することが重要なのだ」


 サウスゲートが更に言い募ろうとした時、ハースが話に割り込む。


「第十一艦隊には運用を含めて考えるべきです。数が少ないから予備戦力にするのではなく、上手く使うことを考えなければ、戦力的に劣る我々は更に不利になります」


 その言葉にサウスゲートは満足げに頷くが、フレッチャーは不機嫌そうに睨みつける。


「運用というが、中途半端な編成では無為に磨り潰されるだけだ。そこまで言うのであれば、作戦案を提示してもらおう」


 フレッチャーは、自らはイーグンJP会戦でいいところがなく、逆にハースの第九艦隊が実質的に敵を撤退させたことに苛立ちを覚えていた。


「分かりました。小破の艦の補修が優先されますから、当面はこのままでよいでしょう。ですので、十日以内に作戦案を提示し、ヤシマを含めて協議できるようにいたします」


 ハースは内心で溜息を吐きながら、フレッチャーたちの下を去った。


(エルフィンストーン提督とは言わないけど、ダウランド提督かバロウズ提督だったらもう少し楽だったのに……六月に来るのは第六艦隊だから、総司令官はフレッチャー提督のまま。先が思いやられるわ……)


 ダウランドは第二艦隊の司令官で冷静さと大胆さを合わせ持つ優秀な司令官だ。バロウズは第四艦隊の司令官で、攻守にバランスがよく度量の大きい指揮官だ。


 第六艦隊は第七艦隊と交代するため、六月にヤシマに到着する予定だが、司令官のジャスティーナ・ユーイング大将はフレッチャーより先任順位が低いため、総司令官の交代はない。


(いずれにしても作戦案を考えないといけないわ。ヤシマのオオサワ提督とも連携して最善の案を考えないと……)


 副官であるアビゲイル・ジェファーソン中佐を引き連れ、旗艦インヴィンシブルに戻っていった。

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