第12話
シオン・チョン上将率いるゾンファ艦隊がイーグン星系にジャンプアウトした。
その数は七個艦隊、約三万五千隻。
突然現れた大艦隊に、ヤシマ防衛軍の哨戒艦隊の将兵は言葉を失った。
すぐに司令であるマモル・キタムラ大佐が我に返り、待機していた情報通報艦に第一報を届けるように命じると、通信機のマイクを手に取った。
その手は恐怖と混乱によって僅かに震えている。
「ゾンファ共和国艦隊に告ぐ! 本星系は先の休戦合意により我が国の固有の領土となっている。よって、事前通告及びヤシマ政府の承認がない戦闘艦の航行を認めていない! 直ちに本星系から退去せよ! 繰り返す……」
ゾンファ艦隊が現れたシアメンJPと哨戒艦隊のいたヤシマJPとは約二百五十光分離れているため、ゾンファ側の回答が届くのは約八時間後だ。
キタムラは何度も警告を発しながら哨戒艦隊を前進させ、情報収集を行っていく。
情報がある程度集まり、情報士による分析が終わった。その報告書を見て、キタムラの顔から更に血の気が引いていく。
(……今までの情報にない艦が多い。
シオンはあえて能力を分析できるよう、偽装の類は一切行わず、最大出力での移動を命じていた。そのため、その加速度と質量から主機であるパワープラントの能力をヤシマ側はほぼ正確に読み取っていた。
最初の通信から七時間が過ぎた頃、ゾンファ艦隊からの返信が送られてきた。
『我々は不当に捕らえられている我が軍の将兵を奪還するため、ヤシマ星系に向かうものである。この数ヶ月間、貴国は我が国の要求を無視し続けた。そのつけを払ってもらう』
ゾンファ艦隊から軽巡航艦を主体とした高機動艦戦隊が分離し、キタムラ大佐の哨戒艦隊に向かう姿勢を見せた。
キタムラ大佐はギリギリの距離を保ちながら情報収集を行い、五月六日にヤシマ星系に向けて超空間に突入した。
イーグン星系からヤシマ艦隊を排除したシオンは満足げに頷いた。
「艦隊の合流を待ってヤシマに侵攻する!」
そう宣言すると、各艦に補給や整備を命じた。
■■■
五月七日。
アルビオン軍のキャメロット第九艦隊がヤシマ星系に到着した。
星系内は普段通り落ち着いており、敵に待ち伏せされていきなり戦闘に入る可能性も考えていた将兵たちは安堵の表情を浮かべている。
艦隊司令官のアデル・ハース大将は首都星タカマガハラに向かうよう命じると、参謀長であるセオドア・ロックウェル中将に話しかけた。
「まだ何も起きていないようですね。最悪の事態は避けられたようです」
ヤシマ星系に入る前のレインボー星系で情報を受け取っていたものの、それは十日以上前のものであり、ゾンファの大艦隊に包囲される可能性まで考えていたのだ。
「そうですな」と言うものの、ロックウェル自身はそこまで悲観的な考えはなく、通常通り駐屯するだけで終わるのではないかと考えていた。
ハースたちの前に座るクリフォードは後ろから聞こえる会話を聞きながら、部下たちに命令を発していた。
「第一級戦闘配置解除!
五月八日、標準時間一一〇〇。
第九艦隊はタカマガハラの衛星軌道上にあるアルビオン艦隊専用の補給基地に入った。
ヤシマには既に四年以上アルビオン艦隊が駐留を続けているため、専用の拠点が建設されている。拠点は一個艦隊の補給と整備が可能で、第九艦隊の各艦は直ちに補給を開始した。
ハースの命令により戦時のような慌ただしさで、ヤシマに到着した後に半舷上陸が認められると思っていた兵士たちは不満をあらわにする。
しかし、その不満は翌日、きれいに消えた。
イーグン星系を発した情報通報艦が送ってきた“ゾンファ艦隊出現”という情報が飛び込んできたためだ。
その情報を耳にしたクリフォードは、補給の責任者である副長のアンソニー・ブルーイット中佐を呼び出す。
「ゾンファ艦隊がイーグン星系に現れた。七個艦隊だそうだ」
ブルーイットはその情報に目を見開くが、何も言わずにクリフォードの次の言葉を待つ。
「まだ提督からの命令はないが、最短で十時間以内に出撃命令が出るだろう。それまでに艦を万全な状態にしてほしい」
「
「ここではなく、イーグンJPでの迎撃とお考えですか?」
ブルーイットは七個艦隊という規模に、有利なタカマガハラ周辺での迎撃の可能性が高いと考えていた。その場合、移動時間が不要なため、時間的には余裕がある。
「正直なところ分からない。提督はここでの迎撃を主張されるだろうが、ヤシマの国民感情を考えると、JPでの迎撃になることもあり得る」
「国民感情ですか……質量兵器を恐れているということですか? 実際に使われることはないと思うのですが?」
五年前のゾンファの侵攻では惑星への質量兵器使用をほのめかしているが、ヤシマを無傷で占領する目的から考えれば、惑星上に大きな被害をもたらす質量兵器を使う可能性は低い。
「それもあるが、五年前のゾンファの蛮行を覚えている者が多い。そんな状況でゾンファが脅してきたら、ヤシマ国民だけでなく、FSUの将兵も動揺する。上層部はそれを考慮する可能性が高い」
「なるほど」とブルーイットは納得すると、すぐに話を切り上げる。
「では、
残されたクリフォードはすぐに主要な士官を集め、指示を出していく。
戦術士のオスカー・ポートマン中佐、航法長のサビーナ・ロジャース中佐、情報士のジャネット・コーンウェル少佐が艦長室に集まった。
ゾンファ艦隊が現れたと厳しい表情で告げると全員が驚くが、ポートマンが代表する形で発言する。
「他の艦隊との連携確認すらできない状況というのは辛いですね。その点はどうお考えですか?」
「提督に聞いたわけではないが、恐らく第九艦隊は戦術予備として側面攻撃やFSU艦隊のフォローに回ることになるはずだ。どのような状況になるかは分からないから、戦闘、航法、情報のすべての部署が重要だ。いずれにしても旗艦が範を示さなければならないから、部下たちに活を入れておいてほしい」
「「「
三人は同時にそう答え、敬礼し、退出していった。
ポートマンたちを見送ったクリフォードは厳しい表情のまま、これからのことを考えていた。
(今回は帝国との戦い以上に厳しいものになる。本国からの増援は見込めない。アルビオン艦隊以外は足を引っ張るだろう。そんな中で生き残れるのか。生き残ったとして、その後の我が国はどうなるのか……)
そこまで考えたところで軽く頭を振る。
(考えても仕方がないな。今は全力を尽くすのみ……)
表情を艦長らしい自信に満ちたものに変えると、
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