第10話

 宇宙暦SE四五二三年四月一日。


 第九艦隊はヤシマ星系に派遣されている第十一艦隊と交代するため、キャメロット星系を発つことになった。


 一月中旬に戻ったばかりで、僅か二ヶ月半での派遣であり、艦隊内でも不満の声は大きかった。


 将兵から不満が出ることは想定されていたが、これほど早く再派遣が決定したのはゾンファの侵攻の可能性を考慮したためだ。


 第九艦隊は高機動艦で構成された特殊な艦隊で、戦術の幅が大きく広がる。また、司令官のアデル・ハース大将は元総参謀長であり、その知謀にも期待しているという噂が流れていた。


 実際、艦隊総司令部では危惧を抱いていた。

 現在ヤシマに駐留している艦隊は第七、第八、第十一の三個艦隊で、第七艦隊のオズワルド・フレッチャー大将が先任ということで指揮を執っている。


 フレッチャーは組織運営者としての能力こそあるものの、艦隊の再編において司令官職から外されるという噂が立つほど戦術家としての才能は平凡であった。


 また、第八艦隊の司令官ノーラ・レイヤード大将と第十一艦隊の司令官サンドラ・サウスゲート大将は共に昨年の十二月に昇進したばかりで、指揮官の質という点で懸念を抱いていた。


 本来であれば、ベテランの司令官が指揮する艦隊を前線であるヤシマに送り込むべきだが、帝国の脅威が去ったことから訓練を兼ねて新任の司令官の艦隊が送り込まれた。


 そんな状況で想定していなかったゾンファの不可解な動きがあり、急遽ハースの指揮する第九艦隊に白羽の矢が立ったのだ。



 クリフォードは妻ヴィヴィアンと息子のフランシスとの別れを済ませ、インヴィンシブル89に戻っている。


 インヴィンシブル89は最後の調整のため、大型軍事衛星アロンダイトの大型艦用ドックに入っており、クリフォードは戦闘指揮所CICの艦長席に腰を下ろしていた。


 彼の周囲では出港前のチェックの声が響き、それに都度了解を伝えている。


(艦の状態は万全だ。しかし、艦隊としてはまだまだという感じだな。提督も苦労しておられる……)


 第九艦隊はチェルノボーグジャンプポイントJP会戦、ダジボーグ星系会戦において、艦隊の四分の一に当たる千二百隻もの艦を喪失した。


 その補充は二月半ばに完了し、数だけは元の状態に戻っている。

 しかし、新造艦が多数を占めており、参謀長のセオドア・ロックウェル中将や分艦隊司令官のショーン・マクレガー中将らが鍛えたものの、まだ満足いくレベルには達していなかった。


 特にハースが問題視しているのは主力である三等級艦、すなわち巡航戦艦の練度だ。

 激戦であったダジボーグ星系会戦では多くの巡航戦艦が失われ、その補充の半数が新たに建造された艦だった。


 そのため、演習こそ無難に終えたものの、僅か一ヶ月半では艦長以下の乗組員のチームワークは完全ではなく、精鋭と呼べるレベルにはなっていない。また、他の艦隊から編入された艦も艦隊の特性を完全にはものにしておらず、艦隊としての練度も高くはなかった。


 ハースは時間のなさを不満に思うものの、祖国の状況を鑑み、受け入れている。


(もう少し時間が欲しかったけど、仕方がないわ。軍の上層部の考えは理解できるし、この艦隊がいるといないとでは、作戦の幅に大きな違いが出るのだから……いずれにしても、ここから先でも演習を続けないといけないわね……)


 ヤシマまでの移動期間中にも演習を何度か行い、更なる練度向上を目指す計画を立てていた。


 一方、クリフォードが指揮するインヴィンシブル89は、副長と航法長という重要ポストで人事異動があったが、彼の指導力と優秀な准士官や下士官によって、すぐに元の精鋭艦に戻っている。


 クリフォードは最終調整の状況を確認しながら、ヤシマから送られてくる情報を見ていた。


(情報を見る限り、ゾンファは停戦の交渉をする気はなく、時間稼ぎをしているようだな。やはり侵攻作戦を考えているのだろうか……)


 ゾンファ共和国の外交団は本格的な交渉に入ることはなく、ダラダラと引き延ばしが行われていた。


(しかし、ゾンファの情報が手に入らないのは辛いな。どの程度司令官が粛清されたのか、艦隊がどのくらい回復したのか……それが分からなくとも、せめてジュンツェン星系にどれだけの艦隊があるかが分かれば、艦隊の増派も選択肢に入るのだろうが……それすら分からない状況では手の打ちようがない……)


 ゾンファ側はヤシマ及びアルビオンの外交団の受け入れを拒否し続けていた。そのため、交渉開始から二ヶ月が過ぎた二月下旬、業を煮やしたヤシマ側がゾンファ本国での交渉を強引に迫った。


『交渉に応じぬのであれば、スパイとして拘束する』とヤシマの首相、タロウ・サイトウが恫喝し、ゾンファの特使も渋々認めたという話が伝わっている。


 外交団は三月上旬に派遣される予定であるため、四十五パーセク(約百四十七光年)離れたゾンファの情報が手に入るのは早くても四ヶ月後の七月上旬となる。


 更にクリフォードは今後のゾンファの行動について考えを巡らせていく。


(我々の情報は三月の上旬にはゾンファ本国に届いているはずだ。すぐに行動を起こすとは思えないが、我が国と自由星系国家連合FSUの艦隊が帝国との戦いで傷ついたことを知っている。それにヤシマに駐留する我が国の艦隊の数が少ないことも……)


 現在、ヤシマ星系にはヤシマ艦隊が三個艦隊、隣国ヒンド共和国から二個艦隊、ラメリク・ラティーヌ共和国から二個艦隊のFSU艦隊七個艦隊と、アルビオン艦隊三個艦隊の計十個艦隊、戦闘艦約四万五千隻が駐留している。


 しかし、FSU艦隊の実力は多めに見積もってもアルビオン艦隊の五十パーセントに過ぎず、これだけの数があってもゾンファの六個艦隊と互角に戦えるかどうかという状況だ。


 クリフォードは司令官シートで出港準備を見つめるハースに視線を向けた。


(もし、ゾンファがヤシマに再度侵攻するなら、前回より艦隊数を増やすはずだ。そうなれば、最低七個艦隊。軍事衛星群の支援を受ければ別だが、機雷原で戦っても確実に勝利できるとは言えない……提督もそのことを気にされておられるのだろうな……)


 彼の他にも多くの将兵が不安を感じている。

 そのため、単なる駐留ではなく、戦場に赴く気持ちで覚悟を決めたような表情の者が多かった。


 四月三日、第九艦隊はヤシマ星系に向けて、超空間に突入した。



 移動中、キャメロット星系の隣のスパルタン星系において、艦隊運動に関する演習が行われた。

 艦隊としての習熟度はまだまだ低いが、それでも高機動艦隊らしい動きを見せている。


 演習では旗艦インヴィンシブル89は艦隊の先頭ではなく、中央よりやや前方に配置された。

 その理由を参謀長のロックウェルに問われたハースは、真面目な表情で答えた。


「我が艦隊は帝国との戦いで活躍し過ぎました。旗艦が先頭にいることはヤシマの国民にすら知られていることです。当然、ゾンファの諜報員も気づいているでしょう。そうなれば、先頭の艦を狙ってくることは自明ですから」


 ハースは帝国との戦いでは、可能な限り旗艦を艦隊の先頭に置くようにしていた。


 本来であれば、艦隊旗艦は最もダメージを受けにくい場所に配置されるべきで、特に防御力の弱い巡航戦艦を旗艦にしている第九艦隊では、猛将と言われているエルフィンストーン前司令官ですら、艦隊中央付近に旗艦を置いていた。


 ハースが旗艦を先頭に置くのは、練度が低いFSU艦隊と共闘する場合、混戦になりやすいためだ。旗艦が艦隊を先導することで、麾下の各艦はそれに従うだけでよくなり、戦場が混沌とした場合は有利に働く。


 また、クリフォードが艦長に就任し、インヴィンシブルが艦隊随一と呼ばれるほどの精鋭艦となったことも、それを後押ししていた。


 第九艦隊はアルビオン艦隊を含むFSUとの連合艦隊の中で最も戦果を挙げただけでなく、シャーリア法国で活躍したクリフォードに対する人気が高いことから、ヤシマのメディアでもたびたび取り上げられている。


 そのため、第九艦隊の先頭に旗艦があるという話は、ヤシマ国民の誰もが知るほど有名になっていた。


「なるほど。確かに先頭を狙ってくるでしょうな」とロックウェルと頷く。


「マクレガー中将には悪いのだけど、第二分艦隊の巡航戦艦戦隊に前衛を任せるつもりです。今後は艦隊を分離して戦う可能性も出てくるでしょうから」


 第九艦隊は、本隊でありハースが指揮する第一分艦隊と、副司令官であるショーン・マクレガー中将率いる第二分艦隊、輸送艦やタンカー等の支援艦部隊の三つに分けられる。


 二つの分艦隊はいずれもほぼ同じ編成で、三等級艦巡航戦艦百隻、四等級艦重巡航艦四百隻、五等級艦軽巡航艦七百五十隻、六等級艦駆逐艦一千隻の計二千二百五十隻となる。

 分艦隊の下に艦種ごとの戦隊があり、それが指揮命令系統となっている。


「ヤシマに入ってからは敵の目を欺くため、以前と同じように旗艦を先頭として演習を行いますが、模擬演習では分艦隊の位置をいろいろと変えて行う予定です」


 アルビオン艦隊では通常の演習に加え、シミュレータを用いた演習も多く用いられる。これは星系内を移動する際に無駄なエネルギーを使うことなく、指揮命令系統の確認ができるためだ。


 模擬演習は旗艦のシミュレータに各艦の戦闘指揮所CICをリンクさせて行われるため、実際にCICでは艦を動かす演習とほぼ同じになる。その間、CICではシミュレータの情報がコンソール等に表示されるため、緊急時対策所ERCで艦を操作する。


 第九艦隊は演習を行いながら移動し、五月七日にヤシマ星系に到着した。

 まだ完璧とは言い難いものの、一定レベルに練度が向上したことで、ハースの表情にも余裕が見られるようになった。

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