第1話
アルビオン王国艦隊がキャメロット星系に帰還した。
但し、
クリフォード・カスバート・コリングウッド大佐が指揮する巡航戦艦インヴィンシブル級インヴィンシブル型89番艦HMS-C0301089も、キャメロット第九艦隊と共に半年ぶりに故郷に帰ってきた。
クリフォードにも休暇が与えられ、愛妻ヴィヴィアンと一人息子のフランシスと再会した。
フランシスは三歳半になり、かわいい盛りだが、久しぶりに会う父を見て、母親の後ろに隠れてしまう。その姿に苦笑しながら、クリフォードは妻を抱き締めた。
「ただいま」
「おかえりなさい、あなた。ご無事で……」とヴィヴィアンは言葉にならない。
もう一度強く抱きしめ、「休暇がもらえるから、ゆっくりできると思う」と囁く。それで少し落ち着いたのか、ヴィヴィアンも笑顔を見せた。
クリフォードが息子を抱き上げると、フランシスもようやく慣れたのか、笑顔を見せる。そして、三人で官舎に向かった。
のんびりとした休暇を過ごしながら、家族との時間を楽しんだ。
しかし、彼がゆっくりできたのは十日ほどだった。
今回も若き英雄であるクリフォードは軍の広報と共に、多くのメディアに担ぎ出されてしまったのだ。
特にヤシマからFSUの軍人として最高の栄誉とされる“自由戦士勲章”を、外国人として初めて授与されたことが報道されてからは、その話題で持ち切りとなる。
その結果、クリフォードに対し、王国としても勲章を与えるべしという声が上がる。
実際、通常の艦であれば、艦長が
しかし、統合作戦本部と艦隊司令官の一部から旗艦が最前線に立ち、大きな損傷を受けたことに対し、批判的な声が上がった。
旗艦は艦隊の頭脳であり、万が一機能を失えば、艦隊全体が大きな影響を受ける、また大きな会戦の場合、一艦隊の命運だけでなく、戦争の行方、ひいては国家の命運すら変えてしまう可能性がある。
そのため、旗艦が損傷したという事実が殊更問題視されたのだ。
これに対し、第九艦隊司令官のアデル・ハース大将は自分の命令で最前線に配置したと主張し、クリフォードの武勲を認めるべきだと主張する。
しかし、クリフォードはこう言って辞退している。
「……旗艦の配置がどこであれ、損傷を受けたことは事実です。その結果、一時的に司令部の機能を低下させています。つまり旗艦艦長としての責務を果たせていないのです。そんな私に勲章を受ける資格はありません……」
事実、ダジボーグ星系会戦において、参謀長のセオドア・ロックウェル中将が意識を失い、司令部の機能が低下した。この事実に、ハースもそれ以上強く言えなかった。
結局、クリフォードの叙勲はうやむやになった。
市民たちの興奮が冷めると、二十万人以上という膨大な数の戦死者を出したという事実に、祝勝ムードは一気に消えた。軍上層部も艦隊の再編や自国の防衛体制の再構築など、頭の痛い問題が山積し、苦悩に満ちた表情の者が多くなる。
今回の一連の戦闘では軽巡航艦以下の小型艦の損害が大きかった。これは有利な状況から一転して不利な状況に陥るケースが多かったためで、防御力の低い小型艦が短時間で沈められている。
そのため、中佐や少佐といった少壮の艦長を多く失い、その穴埋めが喫緊の課題であった。
その影響はインヴィンシブル89にも及び、大規模な補修作業に入ったものの、艦隊の再編により多くの士官が引き抜かれ、クリフォードはその対応に追われることになる。
そして、補修作業の要、副長であるジェーン・キャラハン中佐も大佐に昇進し、艦を去った。これにより補修作業の監督もクリフォードが行う必要があり、多忙を極めることになる。
キャラハンの代わりに着任したのは、第六艦隊の巡航戦艦ネルソン99号の副長であったアンソニー・ブルーイット中佐だ。
ブルーイットは細面に眼鏡が印象的で、クリフォードは最初、怜悧な参謀という印象を持った。実際、出世コースである参謀養成コースを優秀な成績で修了しており、その第一印象に誤りはない。
しかし、戦隊参謀の椅子を蹴って巡航戦艦の副長になった変わり者でもあった。
「よろしくお願いします、
「歓迎するよ、
ブルーイットのいたネルソン99号にはクリフォードの弟、ファビアンが副戦術士として乗り組んでいた。
その言葉でブルーイットに笑みが浮かぶ。
「こちらの方こそ、ファビアン君には助けられましたよ。彼が来てくれたお陰で“第六艦隊のお荷物”と呼ばれていた汚名を返上できたのですから」
当時、ネルソン99の艦長と戦術士の性格が合わず、演習を含め、なかなか成果が出なかった。そんなところにファビアンが副戦術士として着任し、戦術士に適切なアドバイスをしたことから、演習で優秀な成果を上げ、ネルソンは汚名を返上することができた。
また、ダジボーグ星系会戦の最終盤ではネルソンの主砲の制御系が損傷し、
その戦果は第六艦隊だけでなく、参加したアルビオン・FSU連合艦隊の全艦艇の中でも追随を許さないほど大きなものだった。
そんな話をするが、すぐに仕事の話に切り替わる。
ブルーイットは巡航戦艦の副長として二年以上のキャリアを持ち、通常の業務に関して不安はなかった。しかし、艦隊旗艦ということで通常の艦より雑務が多い。
特に副長は補給や整備などの細々としたことで、同僚である他の艦の副長から相談されることが多く、また、艦隊司令部からも雑務を依頼されることが多かった。
「
「了解です。それにしても旗艦のシフト長が二人も変わるのは異例ですね」
シフト長は戦闘時以外の交替勤務時の責任者で、副長、航法長、
「提督に教えていただいたのだが、今回の艦隊再編では軍務省の人事局が積極的に動いているらしい。優秀な人材であれば、先任順位に関わらず登用しているそうだ」
「なるほど。旗艦の優秀な士官は引き抜かれやすいということですか。そう言えば、ファビアン君も上級士官養成コースに推薦されましたよ」
上級士官養成コースは別名“艦長コース”とも呼ばれ、少佐または大尉が受講する教育プログラムだ。このコースを修了すると、大尉は少佐に昇進し駆逐艦の艦長に、少佐は中佐に昇進し軽巡航艦の艦長に就任することが通例だ。
「そうらしいな」とクリフォードは言うものの、私事ということでそれ以上言及しなかった。
「話は変わるが、艦隊司令部も大きく入れ替わるそうだ。慣れない者が多くなるから、君には負担が掛かるが、よろしく頼む」
第九艦隊の司令部では司令官と参謀長は留任するものの、副参謀長と首席参謀が変わることになっていた。
副参謀長のアルフォンス・ビュイック少将は参謀本部に異動した。また、当初クリフォードに対し敵対的な態度を取っていた、首席参謀のレオノーラ・リンステッド大佐は准将に昇進し、第九艦隊第二分艦隊の副参謀長に就任している。
「そう言えば、リンステッド准将は作戦部への異動を蹴ったそうですね」とブルーイットが話す。
出世コースである統合作戦本部の作戦部への異動を本人が断り、現場に残ることを希望したのだ。
「そのようだな。だが、准将のような方が同じ艦隊にいてくれることは心強い」
その言葉にブルーイットは内心で驚いていた。クリフォードとリンステッドの確執はシミュレーションでの対決によって艦隊内に広がっており、そのクリフォードがリンステッドを高く評価していることに驚いたのだ。
(やはり兄弟だな。ファビアンもそうだったが、艦長も度量は大きいということか……)
ブルーイットはクリフォードに対する認識を新たにした。
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