第40話

 宇宙暦SE四五二二年十月一日 標準時間一三〇〇。


 戦いが始まって三十分が経過した。


 スヴァローグ帝国のダジボーグ星系第五惑星スタナー付近において、帝国艦隊とアルビオン王国と自由星系国家連合FSUの連合艦隊が激しい攻撃を繰り広げている。


 アルビオンの第九艦隊は敵艦隊の側面から更に後方に回り込むため、近接戦闘に移行しようとしていた。


 クリフォードはすべての準備が完了したことを確認し、艦内一斉放送用のマイクを握った。


「コリングウッドだ。全員そのまま聞いてほしい」


 そこで呼吸を整え、再び放送を続ける。


「帝国は死に物狂いで攻撃してくるだろう。特に我々第九艦隊が敵の後方に回りこめば、その時点で帝国軍の敗北が決定するからだ。逆に言えば、我々の働きいかんでこの戦いの趨勢が変わるということだ。厳しい戦いになるが、訓練通りに行動すれば必ず勝利は得られる。各員は上官の命令に従い、王国軍人としての義務を果たしてほしい。以上」


 特に興奮した様子もなく、落ち着いた口調で話し終える。

 その言葉に艦内の下士官兵たちは小さく頷き、隣にいる同僚と顔を見合わせる。その顔には死の恐怖はなく、やる気に満ちていた。


 戦闘指揮所CICの後方にある第九艦隊司令部では、その間にも多くの命令を出していた。


「第二から第四巡航戦艦戦隊は第一戦隊に続け……」


「第八重巡航艦戦隊、前に出すぎている! 艦隊陣形を乱すな!……」


 興奮気味に指示を与え続ける司令部の参謀たちとは対照的に、アデル・ハース大将は司令官用コンソールに映る情報を食い入るように見つめていた。


(敵は一個艦隊を回してきた。向こうの司令官が常識的な人物でよかったわ。第九艦隊こちらには大きな損害が出るけど、エルフィンストーン提督なら必ず勝ってくださる……)


 彼女は帝国軍が更なる隠し玉を持っているのではないかと恐れていたが、ほぼ同数の一個艦隊四千隻を第九艦隊に振り向けてきたことで、その懸念は小さいと安堵する。


 しかし、同格の敵が待ち構え、更にダジボーグ艦隊からも副砲などによる砲撃を受ける位置だ。更に速度が〇・〇三光速と艦隊戦の戦闘速度を大きく超過しており、防御スクリーンの能力が低下するという非常に不利な状況でもある。


 第九艦隊は元々防御力の低い艦で構成されている。そのため、ハースは艦隊に大きな被害を出すことを覚悟していた。



 帝国艦隊による第九艦隊に対する砲撃は激しさを増していく。


 帝国軍の主力兵器である大型ステルスミサイル“チェーニ”はミサイルを温存するため、搭載数の多い重巡航艦以上の大型艦からのみ放たれていた。そのミサイル群はあと数分で到達すると予想されている。


「敵ミサイルの到着に合わせて軽巡航艦以下は手動回避を停止。各戦隊旗艦はミサイル迎撃ネットワークを構築後、迎撃を優先しなさい。巡航戦艦は敵への攻撃を継続。各自でミサイル迎撃を」


 ハースの命令は常識を覆すものだった。

 敵艦隊との交戦中に手動回避を停止することは人工知能AIによる予測を容易にし、敵からの砲撃の命中精度を格段に上げることになる。


 一方で手動回避を停止することにより、AIの予測を生かすことができ、ミサイル迎撃の精度を上げるという点では有利になる。


 ハースの命令は前衛の巡航戦艦、重巡航艦は砲撃を継続するものの、それ以外の小型艦はミサイル迎撃に集中し、ミサイルによる被害を食い止めようというものだった。


 この方針は演習では何度も行われており、その有効性は証明されている。特に初見の敵に対しては非常に有効な策であった。


 ハースは指示を出し終えると、横に座る参謀長セオドア・ロックウェル中将に笑いかける。


「今接近してくるミサイルを撃ち落せば、本隊を無視して我々だけにミサイルを撃つことはできなくなるわ。そうなれば重巡航艦以上の主砲にだけ注意すれば大きな被害は受けないはずよ。ここを耐え切れれば我々の勝利ということね」


 この言葉はロックウェルに対するというより、戦闘指揮所CICにいる司令部や旗艦の将兵に対するものだった。司令官が不安に思っていないことを明らかにすることで、将兵たちの不安を軽減しようと考えたのだ。


 話しかけられたロックウェルだが、彼は演習での結果を知りながらも、今までと違う方法に素直に首肯できない。


「上手くいくとよいのですが。敵に看破されると小型艦に多くの被害が出ます」


「そうね。でも、この状況では賭けに出るしかないわ」と言ったところで、目の前のコンソールで時間を確認する。


 攻撃のタイミングになったことを確認したハースは命令を発した。


「巡航戦艦および重巡航艦戦隊、カロネード発射!」と命令を発する。


 その命令にクリフォードが「カロネード発射!」と即座に命令を下す。戦術士がそれを受け、十四基のカロネード砲から大量の金属球が吐き出されていく。


円筒状弾薬容器キャニスターの再装填急げ!」とクリフォードが鋭く命じるが、それに被るように作戦参謀の焦りを含んだ声が響く。


「敵ミサイル群接近! 迎撃開始!」


 メインスクリーンにはカロネードから発射された金属球によって破壊されたステルスミサイルの爆発が映し出されていた。ハースはカロネードによるミサイル迎撃を命じていたのだ。


 それでも全数を破壊することはできず、多くのミサイルが第九艦隊に向かってきた。


チェーニミサイル三基、いえ、四基接近!」


 情報士の緊迫した声がクリフォードに届く。


「迎撃開始」と静かに命令すると、五十基ある十ギガワット級対宙レーザーが一斉に硬X線レーザーを放ち始める。


 断続的なレーザー光が宇宙空間に向かって放たれ、すぐに二基のミサイルのアイコンがメインスクリーンから消える。


 しかし、まだ二基が接近しており、更にその後方にも三基のミサイルのアイコンが浮かび上がった。このうちの一基でも命中すれば、インヴィンシブルは戦闘不能に陥るだろう。

 そのことはここにいる全員が分かっているため、CICに緊張が走る。


操舵長コクスン! 五秒間、手動回避停止!」


 クリフォードの鋭い命令が雑然とするCICに響く。


「二基迎撃成功……更に二基迎撃……全ミサイル迎撃成功!」


 CIC要員たちから安堵の息が漏れる。


「手動回避再開します!」というコクスンの声が響くが、その直後にメインスクリーンが真っ白に発光する。


「敵戦艦主砲命中! マフムート級と思われます!」


「被害を確認し報告せよ」というクリフォードの声がその声に被る。


 機関士が焦りを含んだ声で報告を始める。


「Aトレイン防御スクリーン過負荷緊急停止トリップ! Bトレイン負荷五十パーセント! 質量-熱量変換装置MECにて処理中! Aトレイン再展開完了! 助かった……」


 最後に安堵のひと言が加わっていた。そのため、CIC要員に笑みが浮かぶ。

 しかし、すぐに情報士ジャネット・コーンウェル少佐の緊迫した声がその緩んだ雰囲気を変える。


「敵ミサイル群第二波! 本艦に六基向かってきます!」


「対宙レーザー自動迎撃開始しました……一基破壊……二、いえ、三基破壊……四、五基破壊。一基抜けてきます!」


 次の瞬間、ドーンという音と共に大きな衝撃がCICを襲う。

 そして、オレンジ色の非常照明に切り替わり、“ウォンウォン”という連続的な警報音が鳴り響く。


『CIC計装電源故障。非常用系統に切替え中……』


『A甲板デッキ放射線量率異常高。当該エリアの乗組員は直ちに退避。繰り返します。Aデッキ放射線量率異常高。当該エリア……』


 AIの中性的な声が警告を続ける。


 クリフォードは指揮官シートの肘掛けに身体を預けながら、「状況を報告せよ……」と命じ、後方にいる司令部の面々に視線を送る。


 ハースは司令官用コンソールに突っ伏し、ロックウェルは椅子から転げ落ちている。首席参謀のレオノーラ・リンステッド大佐は頭を振りながら周りの状況を確認していた。


「リンステッド大佐! 提督と参謀長をお願いします! 医療班! CICへ急げ!」


 その間にCIC要員たちが報告し始める。


パワープラントPP異常なし! 対消滅炉リアクター出力八十パーセント。MEC五十パーセント。機関制御室RCRも異常ありません!」


「主兵装制御系異常なし! 左舷ミサイル発射管、対宙レーザー五基損傷!……」


通常空間航行機関NSD異常なし! 慣性制御システム正常範囲内、航行システム問題ありません!」


受動系監視装置パッシブセンサーシステム、一部機能停止。能動アクティブ系システムダウン。再起動中です」


 部下たちの報告を聞きながら、指揮官用コンソールで艦の状況を確認していく。


(ミサイルが至近弾となったか。直撃でなかったのは幸運だったが、CICの真横で爆発して衝撃をもろに受けたといったところだな……)


 クリフォードはすぐに指示を出していく。


「主砲は撃ち続けろ! 緊急時対策所ERCは独自に艦の応急補修を! 副長ナンバーワン、そちらは任せる! 戦隊の状況はどうなった!」


「リヴェンジ及びレゾリューション大破! 両艦のCICと連絡が取れません! ロドニーは中破、兵装系に異常とのこと! 他は無事のようです!」


 情報士の報告に安堵の息を吐き出しそうになるが、気を引き締め直して指揮を執り続ける。

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