第30話

 宇宙暦SE四五二二年(帝国暦GC三七二二年)八月十三日 標準時間〇一〇〇。


 時は少し遡る。

 銀河帝国皇帝アレクサンドル二十二世は故郷ダジボーグ星系に移動を終え、ヤシマ侵攻作戦の指揮を執っていた。


 当初の戦略ではロンバルディア星系において、ロンバルディア連合の艦隊を殲滅後、ロンバルディアから七個、ダジボーグから三個艦隊をもってヤシマに侵攻する予定だった。しかし、ロンバルディア艦隊が戦わずして逃走したため、戦略の練り直しが必要となった。


 皇帝はアルビオン王国を牽制するためにテーバイ星系に派遣した五個艦隊の帰還を待ってヤシマに侵攻する方針に切り替える。


 そして、本日テーバイ星系に派遣したテーバイ方面艦隊が帰還の途についたという連絡が入った。


(敵は七個艦隊だったか……即座に撤退したカラエフの判断は妥当だな。問題はどの程度の期間、アルビオン艦隊がテーバイにいたかだ。再侵攻を疑えば十日ほどだが、こればかりは確認しようがない……艦隊が戻るのは八月二十二日。キャメロットに戻ってから艦隊の再編を行えば、ギリギリ間に合わないはずだ。ロンバルディアから同時侵攻するには今すぐ命令を送らねばならん。少しでも遅れればニコライが何をするか分からぬからな……)


 ここダジボーグ星系からロンバルディア星系までは十二パーセク、約三十九光年の距離がある。


 超光速通信が存在しない以上、情報通報艦でのリレー方式での通信が最速だが、それでも十二日掛かる。つまり、八月二十四日中に情報が届くということになる。


 皇帝は直ちにロンバルディアで指揮を執るストリボーグ藩王ニコライ十五世に、ロンバルディアに一個艦隊を残し、その他の七個艦隊でヤシマ後略に向かうよう命令を送った。


 八月二十二日。

 リューリク・カラエフ上級大将率いるテーバイ方面艦隊がダジボーグに帰還した。皇帝は自ら出迎え、将兵たちを労った後、三日後に再出撃すると告げる。


「……アルビオンは予想以上にテーバイに艦隊を割いた。これは我が国の攻撃を過剰に恐れたからだ。つまり、自国の安全を優先し、ヤシマの防衛にまで手が回らないことを示している。この機を逃すことなく、ヤシマを奪取するのだ」


 カラエフは宙域図を思い浮かべながら、皇帝の考えを反芻する。


(陛下のおっしゃるとおり、アルビオンがヤシマに増援を送る可能性は低い。ロンバルディア艦隊がヤシマに辿りついたとしても十四個艦隊。ダジボーグとロンバルディアから同時に進攻すれば、十五個艦隊と我が国が有利になる。不安があるとすれば各個撃破を狙ってくる可能性だが、練度が低い自由星系国家連合FSU軍が主体なら艦隊が合流するまで守り抜くことは難しくない……)


 皇帝の言葉に納得するが、長期間の作戦が続くことに不安を感じていた。


(……後は我が艦隊の疲労だな。作戦開始から既に三ヶ月近い。超光速航行中に休養できるとはいえ、将兵たちの疲労はピークに達している。しかし、このタイミングを逃すことは敵の増強を許すことになる……)


 休養を摂ることで敵が増強されるよりは、拙速と言われようが一気に攻め込んだ方が安全だと考え直す。


 そのため、カラエフは皇帝に異を唱えなかった。そして、明後日の八月二十四日の作戦開始が決定した。



 八月二十四日一八〇〇

 ロンバルディア星系に皇帝アレクサンドルの命令が届いた。受け取った藩王ニコライはあまりに余裕のない日程に激怒する。


「八月二十五日の一二〇〇に作戦開始だと! 二十四時間の猶予もないではないか!」


 それに対し、彼の部下ティホン・レプス上級大将が追従する。


「まことに! 距離の問題を無視しております。これでは実際に戦う将兵はやっておられません!」


 そう言うものの作戦変更の連絡は事前に受けており、既に進攻準備は終えている。ただ、ニコライの怒りが自分に向かないよう追従したに過ぎない。

 そのため、すぐに命令に従うよう勧める。


「遺憾ではございますが、皇帝陛下の命令です。無意味に遅らせれば処罰の対象とされかねません。直ちに作戦を開始いたしましょう」


「うむ。遺憾ではあるが、仕方あるまい」とニコライは鷹揚に頷いた。


 しかし、頭の片隅では別のことを考えていた。


(もし、我が艦隊が遅れれば、ダジボーグとスヴァローグの艦隊が標的になる。幸い、シャーリアがこちらを牽制するような動きを見せている。それを理由に意図的に遅らせたら……)


 シャーリア法国はアルビオン王国の要請を受け、帝国に何度も警告を送っていた。その中にはストリボーグ星系に進攻するというものや、ロンバルディアに向かうというものまであった。


 ニコライはすぐにその誘惑を振り払う。


(この機を逃せばヤシマを手に入れられぬ可能性が高い。今は大人しいゾンファがいつ食指を伸ばすか分からぬ。今はアレクサンドルに花を持たせ、あとで余がすべてを手に入れればよい……)


 八月二十五日。ロンバルディア星系の抑えのため、一個艦隊を残し、七個艦隊が発進した。


■■■


 九月九日。

 ヤシマ星系に緊急情報が飛び交った。


 まず、ツクシノ星系の哨戒部隊から帝国艦隊三万五千隻がヤシマに向けて進撃中という通報が入り、更にその数時間後、チェルノボーグ星系からも四万隻の大艦隊が向かっているという悲鳴混じりの連絡が入る。


 ヤシマ防衛艦隊総司令官サブロウ・オオサワ大将は各国の司令官にチェルノボーグJPでの迎撃を命じた。


「ロンバルディア連合艦隊及びヤシマ防衛艦隊は事前の合意どおり、アルビオン王国軍キャメロット防衛第二艦隊司令官、ナイジェル・ダウランド大将閣下の指揮下に入っていただきたい。ダウランド閣下、チェルノボーグJPでの迎撃をお願いします……」


 オオサワは命令という言葉は使わず、依頼に近い表現を使い、各国の将兵、特に他国の指揮下に入るヤシマ防衛軍やロンバルディア軍の将兵たちに配慮する。


「了解した。アルビオンの各艦隊が前衛を努める。ロンバルディアおよびヤシマの各艦隊は作戦計画に従い、我が艦隊の側面の防御をお願いしたい」


 ダウランドもオオサワと同じように配慮を見せた。


 三十時間後、チェルノボーグJPから三十光秒の位置に戦闘艦が配置され、約百光秒後方に補助艦艇七千五百隻が置かれた。


 アルビオン艦隊の主力二万二千五百隻は第二艦隊を中心に十字型陣形を作り、更に天頂方向から見て左翼側にロンバルディア艦隊二万七千隻、右翼側にヤシマ艦隊一万三千五百隻という布陣だが、アルビオン艦隊はやや前方にせり出す形の凸型で帝国艦隊を待ち受ける。


 アデル・ハース大将率いる第九艦隊四千五百隻は主力艦隊の二光秒後方に置かれ、予備兵力とされた。


 公式には最終局面で敵の側面から攻撃を仕掛けることにより、勝利を確実なものにするためとなっていたが、実際にはその機動力を生かして不安が残るヤシマやロンバルディアの艦隊を支援することを目的としていた。


 タカマガハラ周辺にはオオサワ率いるヤシマ防衛艦隊五千隻とヒンド共和国艦隊一万隻が首都防衛兵力として配置される。


 ヤシマ艦隊は新規に編成された急造艦隊であるため数合わせに過ぎず、総司令官の指揮する艦隊という名目で後方に置かれていた。


 ヒンド艦隊は一万隻と少数であることと、既に十五個艦隊という充分な戦力がチェルノボーグJPに展開していることから予備とされた。


 実態としては前線で指揮を執るダウランドがこれ以上使いづらい戦力を増やしても困るとオオサワに直談判し、このような配置となった。

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