第14話

 シミュレータでのリンステッドとの対決の後、クリフォードは以前の艦と同じように、部下たちを徹底的に扱いた。


「“崖っぷちクリフエッジ”の野郎の訓練好きは病気だぜ。旗艦はやることが多いんだ。そのことを考えろっていうんだ」という声が下士官たちの間で上がる。


 更に下士官だけでなく士官たちも不満を持った。

 特に大尉以下の下級士官たちは自らの権限を超えた任務を与えられ困惑する。副長であるジェーン・キャラハン中佐はその状況を憂慮し、クリフォードに進言する。


「大尉以下の下級士官に艦の指揮を任せる訓練はいささか異常ではありませんか?」


 それに対し、クリフォードは静かに反論する。


「私は中尉になったばかりの時に哨戒艦隊の指揮を執ったことがある。下級士官といえどもいつ何時なんどきそのような事態に陥るかは分からない」


 キャラハンもゾンファ共和国の謀略でクリフォードが哨戒艦隊の指揮を執ったことは知っていた。

 その実例を持ちだされると反論しようがない。


 クリフォードは更にキャラハンが驚くことを付け加える。


「私としては旗艦の士官には艦の指揮だけでなく、艦隊の指揮を執れるようになってもらいたいと思っている」


「艦隊の指揮ですか! それは……」と言い掛けて、彼が何を考えているのか理解する。


「旗艦が損傷を受けた場合を想定されているのですか?」


 旗艦が被弾し運悪く司令官以下の将官が死傷した場合、戦闘指揮所CICにいる最先任士官が艦隊の指揮を引き継ぐことになる。


 これは艦隊運用規則に明記されていることで疑問の余地はないが、そのような事態をクリフォードが想定していることに驚きを隠せなかったのだ。


「その通りだよ、副長ナンバーワン。戦場では何が起きるか分からない。これは私の少ない経験から得られた教訓なんだ。だから、君にもいつでも艦隊の指揮が執れるよう準備しておいてほしい」


 そう言って最後に「そうならないように努力をするつもりだがね」と笑いながら付け加える。


 キャラハンはどう答えていいのか困惑するが、クリフォードが本気であることは感じていた。


艦長この人はいつもこんなことを考えているのかしら? 確かに可能性はゼロではないのだけど……いつも最悪の事態を想定しているから、あの“崖っぷち”な状況でも、あれほどの武勲を立てられたのかもしれないわね……)


 その話を部下たちに伝えると、士官たちもクリフォードの考えに理解を示すようになる。


 特に少佐以上の上級士官たちは厳しい条件での課題を与えられた。

 戦術士のオスカー・ポートマン中佐は艦の戦闘指揮だけでなく、ダメージコントロールの指揮まで行うよう求められ困惑する。


「私がCICで倒れたら君がすべての指揮を執らなければならない。戦術士の任務は艦の戦闘指揮だが、CICに損害が出るほどの状況では艦を生き延びさせることが最優先事項だ」


「確かにその通りですが……戦術士は戦闘指揮が任務です。他のことに注力するより、任務に直結することに力を入れるべきではありませんか」


 そう反論すると、クリフォードは小さく頷いた後、


「戦術士としての君の能力は充分に評価できるレベルだよ。しかし、艦全体の指揮に関してはまだまだだ。運用面、特に掌帆手ボースンズメイトの扱いを知らないことは大きな問題だ」


「しかし、私が艦長になる可能性は限りなく低いと思います」


 ポートマンは参謀養成コースを経てインヴィンシブルの戦術士となった。

 現在、中佐であるポートマンが艦長になるとすれば、大佐に昇進後だ。そうなると重巡航艦以上の大型艦となるが、大型艦の艦長は上級士官コース、いわゆる艦長コースと呼ばれる教育プログラムを経た者だけがなれるという慣習があり、そのことを指摘したのだ。


「確かに君は参謀養成コースだが、将来参謀長を経て司令官になるかもしれない。君もそのつもりなのだろう?」


「確かにそうですが……」


「ならば艦全体を見ることは悪いことじゃないと思うが?」


 ポートマンは納得しがたかったが、それを受け入れた。その後、ダメージコントロールだけでなく、航法や通信など様々な経験を積んでいく。


 そして、その経験が戦闘指揮でも役に立つようになる。艦が損傷を受けたような状況や主機関である対消滅炉が不安定な状況でどう戦えばよいかについて理解を深めていった。


(艦長が言うことがようやく分かった。戦術士は鉄砲屋ガンズと呼ばれているが、主砲をぶっ放すだけが戦闘じゃないということを初めて実感した気がする……)


 この他にも航法長マスターであるギルバート・デッカー中佐もステルスミサイルの迎撃指揮や対消滅炉が緊急停止した際の対応など、短時間で判断が求められる指揮を執らされる。


 彼自身、臨機応変の才がなく、対応は決して及第点ではなかったが、それでも以前より自信をもって指示が出せるようになっていた。

 デッカーはこのことに感謝の念を抱いている。


(艦長は遥かに年下だが、私の今後のキャリアまで考えてくれている。提督が旗艦艦長に指名したのはこんなところも理由なのだろう。私も見習いたいものだ……)


 この他にもクリフォードは可能な限り准士官以下と話をするように心がけた。

 特に整備メンテナンス時には手の空いている掌砲手や掌帆手から艦の特性などを聞きだそうと努力した。


「三等級艦の主砲はどの程度の頻度で集束コイルの調整を行うものなのだろうか? 私の陽電子加速砲の経験は砲艦のものしかないんだ。すまないが、教えてくれないだろうか」


 当初は煙たがった下士官たちも合間に見せる自分たちへの敬意に気づき、クリフォードに心を開いていく。

 一人のお調子者がクリフォードに軽い調子で話しかけた。


「艦長は変わっておられますね。今までの艦長は俺たちのことをほとんど気にしませんでしたよ」


 その言葉にクリフォードは真剣な表情で答えた。


「私の父がよく言っていたんだよ。艦の宝はプロ中のプロである准士官と下士官だとね」


 その話が下士官たちの間で一気に広がった。


 半年もすると、下士官たちの食堂メスデッキでの会話に彼のことがよく出るようになる。厳しい訓練に対する不満も多いが、それでもクリフォードを評価する声も多く聞かれた。


「クリフエッジの大将は噂通りだな」


「ああ、俺の前の艦の友達ダチが言っていた通りだぜ。あの艦長おやじさんは俺たちをちゃんと見てくれるってな」


「だが、もうチョイ楽をさせてほしいもんだ。まあ、訓練後の配給酒グロッグの増配はありがたいがな」


「違いない。ハハハ!」


 そんな会話が交わされるほどクリフォードはインヴィンシブルに馴染んでいた。



 部下たちを鍛えるクリフォードだが、彼自身訓練を通じて巡航戦艦という艦種に魅了されていた。


 戦術の幅を広げる軽快な機動性と強力な攻撃力、それらを駆使すればどのような状況でも対応できると思えるほどだった。


 更に彼は巡航戦艦の特徴を生かすべく、先任の艦長や戦隊司令官に辞を低くして教えを乞う。

 巡航戦艦乗りたちはその謙虚な姿に戸惑った。


 最年少の大佐キャプテンとはいえ、クリフォードは二度の殊勲十字章DSCを受勲するほどの武勲の持ち主だ。その武勲も独自の戦術を駆使して得られたもので、艦長たちは運で掴んだものではないことを理解している。


 クリフォードは多忙な旗艦艦長でありながらも、困惑する艦長たちに積極的に教えを乞いに行く。その姿勢に艦長たちも心を動かされ、自らの持てる知識を伝授していった。

 こうしてクリフォード自身も大きく成長した。


 ハースはクリフォードの努力を見て、司令長官であるエルフィンストーンに自慢した。


「クリフは第九艦隊でも一、二を争う巡航戦艦乗りになりそうですよ」


「そのようだな。もう少し早く気づいていれば私の艦隊に引っ張ったんだが。今回ばかりは君に遅れを取った。“烈風ゲール”という名は返上しないといけないな。ハハハ!」


 この話をハースから聞いたクリフォードははにかんだ表情で「まだまだです」とだけ答えた。

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