第3話
ヤシマの特使シゲオ・ヨシダはアルビオン王国の報道各社に対し会見を行った。
メディアは彼に対してほとんど興味を示さなかったが、それでも大手だけは外交関係者の会見ということで記者を派遣する。
ヨシダはその場で、ヤシマの現状を強く訴えた。
「……ヤシマは現在、銀河帝国を僭称するスヴァローグ帝国の脅威に曝されております。もし、我が国が帝国に占領された場合、貴国にとっても大きな問題になるはずです……」
その訴えに対し、記者の反応は薄かったが、一人の記者の質問が場の流れを変えた。
「帝国の脅威とおっしゃるが、その証拠はあるのでしょうか? 今までの説明では抽象的すぎると思うのですが」
ヨシダはその問いに不思議そうな表情を浮かべた。
「帝国の脅威については貴国と共通認識だと思っていたのですが?」
「共通認識ですか? 確かに帝国内の内戦が終わったことは知っていますが、それがすぐに貴国への侵略には繋がらないと思うのですが?」
記者の何気ない言葉にヨシダもさりげなく答える。
「既に帝国は
ヨシダは自然な形で情報をリークした。
その表情はいつも通り飄々としており、記者たちは作為を感じなかった。
ヨシダの言葉に会見会場が騒然となった。
それまでは質問する者はほとんどいなかったが、一斉に手を上げ、更には「それはどういう意味ですか!」と叫ぶ記者まで現れる。
「言葉通りですが? エドワード王太子殿下がシャーリア法国をご訪問の際、スヴァローグ帝国の特使の艦隊と戦闘になったのです。コリングウッド司令の的確な指揮により、二倍近い戦力の敵を葬り、それを見たシャーリア法国政府は帝国の恫喝に屈しなかったと聞きました。我が国ではコリングウッド中佐に対し、
最後は小首を傾げるような仕草まで付けている。
記者たちは次々と質問をしていくが、回答しているヨシダに彼の部下から小さなメモが渡される。それを見た彼は突然慌てた様子を見せ、発言を取り消そうとした。
「さ、先ほどの発言は取り消させて下さい! 貴国の許可を得ずに公表してよい内容ではありませんでした」
そう言って大きく頭を下げると逃げ出すように会見場を後にした。残された記者たちは直ちに本社に連絡を入れる。
ヨシダの意図的な失言はキャメロット星系に大きな波紋を呼んだ。
それまでクリフォードを叩いていたメディアはその論調を変え、キャメロット地方政府の秘密主義に矛先を向ける。
慌てたのは政府及び軍だった。
ヤシマの外交官が機密を漏らすとは考えていなかったためだ。しかし、これはキャメロット政府側の完全な失策だった。
シャーリア法国での戦闘は
ヨシダはそのFSUの一員であるヤシマの外交官であり、彼が公表したこと自体、何ら問題はなかったが、会見の場で話すとは考えておらず、事前に釘を刺すことをしなかった。
事前に話を聞いていれば、ノースブルックの意を汲んだヨシダも軍や政府の心証を考え、これほど安易にリークすることはできなかっただろう。
そんな状況でノースブルックが登場した。
彼は政府や軍を批判するメディアに対し、それに反論することなく、煽った野党民主党を攻撃する。
『軍が公表を遅らせたのは正確な情報が揃っていなかったからです。この事実は
実際には野党議員であるシェイファーに正確な情報は報告されておらず、ノースブルックの発言は正確さに欠けている。シェイファーが知っていたのはシャーリア法国で戦闘があったことと、軍が緘口令を敷くほどの激戦だったことだけだ。
それでも保守系メディアはノースブルックの発言に一斉に飛び付いた。
シェイファーの発言を繰り返し報道し、クリフォードを貶める目的であったと断じたのだ。
あるコメンテーターは以下のような発言でシェイファーを攻撃していく。
『シェイファー議員の発言は誠実さに欠けますな。英雄であるコリングウッド中佐を故意に貶めようとしておりました……確かに中佐が異例の抜擢をされたことは軍務省からの指示だったのでしょう。しかし軍務省は軍の人事を司る機関でもあります。つまり正当な権限を持つ組織が行ったということです。それをコパーウィート次官との関係を匂わせるなど、悪意をもって事実を誤認させようとしたと言われても仕方ないでしょう。このようなことを平気でする人物がシェイファー議員なのです。政治家としての資質を疑わざるを得ません……』
更にリンドグレーン提督のスキャンダルも再燃した。
砲艦レディバード125号の戦術士であったマリカ・ヒュアード中尉がリンドグレーンの命令でクリフォードの情報を流していたと報じられたのだ。
『リンドグレーン予備役大将には失望させられますな。少佐に過ぎない若者の弱みを握ろうとするなど、軍の実質的な最高位である
コメンテーターの言葉にシェイファーは反論するが、スキャンダルに
ここに至っては軍も鎮静化を図らずにはいられなくなり、詳細な情報を公表した。
更にエドワード王太子もコメントを発表した。
『……私を守るために命を散らした、第一特務戦隊の勇者たちに哀悼の意を表すとともに、死力を振り絞って戦ってくれたコリングウッド中佐以下の将兵諸君に感謝の意を伝えたい……』
これらの発表にアルビオン国民は激怒した。
それはスヴァローグ帝国に対するものもあったが、その大半が英雄であるクリフォードを不当に貶めたシェイファーに対してだった。
ノースブルックは自らの影響力が及ぶ保守系の報道機関に民主党を攻撃する論調とするよう依頼した。これは軍が懸念した国民の反スヴァローグ帝国感情をシェイファーに向けさせ、暴発を防ぐためだった。
そして、その策は見事に成功した。
シェイファーはクリフォードに対し、謝罪のコメントを発表したが、既に手遅れだった。
世論は完全に彼の敵となった。彼は反論の機会を与えられることなく、議会だけでなく党内でも力を失っていく。
そんな中、ノースブルックはヤシマへの支援の継続を訴える。
そのため、政府と軍もヤシマへの艦隊派遣を継続する決定を行うしかなかった。
ノースブルックは再びヨシダと面会した。
「あなたの思惑通りですな、特使殿」
ノースブルックがそう言うとヨシダは「それをあなたがおっしゃいますか」と笑いながら言うものの、すぐに真剣な表情に切り替える。
「今回は助かりました。ですが、我が国と
「もちろん理解しておりますよ。ですが、ロンバルディアについては非常に難しい状況です。我々の方でも対策を考えますが、貴国だけでなく連合も真剣に考えて頂きたいものです」
ノースブルックはその言葉通り、対策を検討するよう軍務次官のエマニュエル・コパーウィートに指示を出した。
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