第36話

 スヴァローグ帝国の軽巡航艦シポーラから十基の大型ステルスミサイル“チェーニ”が静かに宇宙に滑り出していく。


 その直後、シポーラの前方、アルビオンのデューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]の前方を漂流していた駆逐艦ヴァローナが自爆した。


 シポーラの戦闘指揮所CICではメインスクリーンの光量調整が間に合わないほどの光が放出され、一瞬スクリーンがホワイトアウトした。すぐに機能は回復するが、その直後、大きな衝撃が襲う。


「デブリ多数! 防御スクリーン能力低下!」


 更に大きな衝撃がCICを襲う。


「敵駆逐艦主砲直撃! 右舷第二デッキ減圧!」


「該当ブロックを放棄せよ」という艦長ドゥルノヴォ大佐の冷静な声が興奮気味のCIC要員を落ち着かせていく。


「敵軽巡航艦にミサイル命中! 訂正します。至近弾です! しかし、軽巡航艦からの攻撃は止まりました!」


 戦術士官が興奮気味に報告するが、それでもドゥルノヴォは冷静だった。

 DOE5は漂流しているものの、防御スクリーンが消失していなかった。瞬時にそれを見て取った彼は側面に回った駆逐艦シャーク123を先に攻撃するよう命じた。


「駆逐艦を先に沈める! 主砲発射用意! 撃て!」


 ドゥルノヴォは強いガンマ線によって混乱している今、防御力の低いシャークの方がより仕留めやすいと考えた。


 六テラワットの加速された荷電粒子がシャークに襲い掛かる。

 手動回避が止まり、無防備な状態になっていたシャークはその膨大なエネルギーの直撃を受けた。


 シャークの防御スクリーンはシポーラの主砲に耐え切れず、その膨大な量の荷電粒子はほとんど減衰することなく、艦首部分をえぐるように溶かしていく。

 爆発こそ免れたものの、シャークは攻撃力と防御力を失った。


「敵駆逐艦大破!」


「もう一隻の駆逐艦も沈めてしまえ!」


 ドゥルノヴォは先にシレイピス545を攻撃するよう命じた。今の速度を維持すれば、DOE5とシレイピスに挟み撃ちにされる可能性が高く、簡単に無力化できるシレイピスを狙うことにしたのだ。


 シレイピスはヴァローナの爆発から離れており、混乱していなかった。

 しかし、速度が遅いため数度の砲撃を回避した後、直撃を受けてしまう。シレイピスの艦首部は大きく損傷し、外部から見ても主砲が使えなくなったことは明らかだった。


 ドゥルノヴォはニヤリと歯を見せる。


「駆逐艦の主砲は潰した。これで敵軽巡航艦に集中できる! だが、油断はするな! まだ敵は反撃の機会を狙っているはずだ! スループは敵軽巡航艦の後方に向かえ!」


 部下が油断しないように注意を喚起するものの、彼自身は勝利を確信していた。


(軽巡航艦は大きな損傷を受けている。この状況で攻撃してこないことがその証拠だ。だが、こちらには戦闘に支障が出るような損害はない。それに策も尽きているはずだ。一応降伏勧告をすべきか)


 彼はアルダーノフに指示を仰いだ。


「我が軍の勝利は確定的です。降伏勧告を行ってはいかがでしょうか」


 それに対し、アルダーノフは首を横に振る。


「王太子が亡命してきたことにしたい。敵を殲滅してくれたまえ」


 ドゥルノヴォは「了解しました、閣下」と言って攻撃を命じた。


■■■


 クリフォードは傷ついた艦で必死に指揮を執っていた。


「損傷箇所を報告せよ! 機関長チーフパワープラントPPの状況を確認してくれ」


 その指示に次々と報告が上がってくる。


「格納庫全損! 減圧継続中。Jデッキ隔離できません! Iデッキ隔離中です!」


「兵装関係、冷却系の一部に不具合はあるものの、戦闘に支障なし!」


「防御スクリーン、B系列トレイン再展開完了! A系列トレイン機能喪失! 再展開できません!」


対消滅炉リアクター再起動シーケンス中! 現在、質量-熱量変換装置MECからエネルギー供給中! リアクターの再起動完了まで三十秒!」


通常空間用航行機関NSD再起動完了! 下部スラスター全損! Zプラス方向に機動できません!」


 上がってくる報告を聞き、クリフォードは内心では安堵していた。


(敵がこちらと同じ手を使ってくるとは思わなかった。しかし、運がよかった。艦の下部でなかったら、戦闘不能に陥っていたはずだ……防御スクリーンが片系、回避機動が難しいが、敵も一隻しかいない。これなら何とかなる……)


 彼は運が良かったと考えているが、軽微な損傷で済んだのは運だけが要因ではない。


 敵駆逐艦ヴァローナが自爆した直後、彼はシレイピスの対宙レーザーをDOE5の人工知能AIに制御させ、合理的な迎撃を行っていたのだ。


 この方法はジャンプポイントでのステルス機雷への対応と同じだが、咄嗟に命じたクリフォードとそれに対応したシレイピスのコベット艦長の決断力が艦を救ったのだ。



 クリフォードが艦の状況を確認している間に、情報士のクリスティーナ・オハラ大尉が冷静な声で報告する。


「シャーク被弾しました。艦首損傷大。防御スクリーン消失……」


 彼女を含め、CIC要員はシャークの命令無視が今回の危機を作った原因だと怒りを覚えていた。


 DOE5とシレイピスの対宙レーザーで九基のミサイルを撃ち落としていた。もし、シャークの持つ対宙レーザー十基が加わっていたならば、無傷であった可能性が高い。


「シャークは独自の判断で退避せよ。リアクター再起動後、DOE5は適宜反撃しつつ、このまま加速し、敵の側面を抜ける!」


 CIC要員たちはクリフォードの意図を掴みかねていたが、即座に命令を復唱し、自らの任務に集中していく。


 クリフォードは指示を出したものの、明確な目的があったわけではなかった。とりあえず方針を示し、部下たちの士気を維持したに過ぎない。


「シレイピス被弾! 主砲損傷! 防御スクリーン再展開確認」


「コベット艦長より連絡です」


 コベットの姿が映し出される。疲れた表情だが、未だに冷静さは失っていない。


「シレイピスへの指示をお願いします。主砲は失いましたが、艦尾迎撃砲で牽制くらいはできます」


 クリフォードは即座に断った。


「申し出はありがたいが、艦尾迎撃砲では牽制にもならない。軍港か要塞に速やかに退避してほしい。あと、先ほどは助かった。艦長の判断がなければDOEは沈んでいた」


 彼の言葉に「ありがとうございます。では、ご武運を」といってコベットは通信を切った。



 DOE5はシポーラとすれ違った。

 クリフォードは部下たちに指示を出しながらも、打開するための策を必死に考えていた。


(敵にも損傷は与えたようだが、これでほぼ互角か。しかし、時間が経てば敵は有利になっていく。これ以上、時を費やせばシャーリアの上層部も本腰を入れてくるはずだ……)


 そこであることを思いつく。


(スライマーン少佐に同調する者が多かった。帝国の恫喝の事実を知っている部隊は上層部に反旗を翻していた。それを使えないか……)


 彼は自らのコンソールで利用できる施設がないか確認していく。そして、使えそうな施設を見つけた。


「大至急、ハディス要塞に通信を繋げ! 高収束レーザー通信で頼む」というクリフォードの命令に即座に通信回線が開かれる。


 シャーリア法国軍との通信では暗号が使えないため、敵に傍受されにくい、高収束レーザー通信を使用したのだ。


「こちらはアルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊のクリフォード・コリングウッド中佐です。国籍不明艦からの攻撃を受けております。シャーリア法国に対し、救援を要請いたします」


 彼は帝国側が未だに敵味方識別装置IFFを使用していないことに気づき、国際法に従った救援を要請した。


 この時、ハディス要塞は第四惑星ジャンナの裏側にあったが、アルビオン軍、帝国軍ともにジャンナから離れたことから、攻撃が可能な位置にあった。


 ハディス要塞は直径六十km、二百五十兆トンの小惑星を改造して作られたシャーリア最大の要塞だ。

 四基の八ペタワット級動力炉と百テラワット級陽電子加速砲三百門を備えている。


 要塞砲の最大有効射程距離は三百門を集中運用した場合、二光分だが、単独で運用する場合でも四十光秒、千二百万キロメートルある。

 シポーラはその充分過ぎる射程の内に捉えられていた。

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