第34話

 アルビオンの王太子護衛戦隊は駆逐艦シレイピス545の艦長シャーリーン・コベット少佐が提案した作戦に従って、スヴァローグ帝国戦隊と雌雄を決しようとしていた。


 コベットの提案した作戦は以下のようなものだった。

 シレイピスは通常空間航行用機関NSDが損傷しているため、DOE5に付いていけない。そのため、シレイピスとの間に自然と距離が開く。


 敵駆逐艦がシレイピスを警戒し、その後方に回ろうとすれば時間が掛かりすぎ、シポーラへの支援ができなくなる。逆に早期に支援を行うため、DOE5とシャークの側面に回り込もうとすれば、シレイピスに対して弱点である側面をさらすことになる。


 シレイピスは敵駆逐艦が側面を見せるまで、主砲が損傷したように見せかけ、回避に専念しながらラスール軍港に向かう航路をゆっくりと進む。

 そして、駆逐艦が側面をさらしたところで、油断している敵に主砲での砲撃を加える。


 しかし、この作戦には賭けの要素が強かった。

 もし、帝国の指揮官が冷静であれば、シレイピスとシャークを先に沈めようと考える。


 同じクラスである軽巡航艦シポーラの正面防御スクリーンをDOE5の主砲だけで貫通させることは難しい。


 また、シャークの二・五テラワット級粒子加速砲が加わったとしても、同時もしくは連続的に命中しなければ、シポーラの防御スクリーンを貫通させることはできない。


 クリフォードは自分なら防御を固めてシャークを狙うと考えていた。

 本来の高機動戦であれば敏捷な駆逐艦を沈めることは難しいが、現状はほぼ停止していると言っていい状況であり、慎重に狙えばシャークを沈めることは難しくない。


 シャークを沈めた後、動きが鈍いシレイピスを沈めれば、安全に一対一以上に持っていける。


 クリフォードには大きな懸念があった。


(敵は王太子殿下が乗っておられないことに気づいている……)


 帝国の目的はアルビオン戦隊の殲滅ではなく、エドワード王太子の拉致だ。そのため、今までの攻撃ではDOE5に攻撃が集中することはなく、降伏を促している。


 しかし、王太子が乗艦していないとなれば、DOE5を沈めても問題はなく、敵に攻撃の選択肢が増えることになる。


 帝国の切り札は、シポーラに十基の大型ステルスミサイルが温存されていることだ。


 通常の戦闘において、同クラスの艦の一騎打ちであれば、敵の行動を把握することは難しくないため、十基程度のミサイルの迎撃は不可能ではない。


 しかし、相対速度と相対距離がほぼゼロといえる現状では、後方や側方から攻撃を受けながら、ステルスミサイルを迎撃することは困難だ。


(帝国の指揮官が冷静なら、前面からの攻撃ではほとんど役に立たないスループ艦のみを後方に回して、その上でシレイピスとシャークを狙うだろう。防御力が低い駆逐艦では小出力のスループの主砲であっても、側面や後方から撃たれれば防御スクリーンを展開せざるを得ないからだ……)


 スループの主砲は一テラワット級粒子加速砲だ。低出力ではあるが、駆逐艦の脆弱な八テラジュール級防御スクリーンの場合、三十パーセント以上回さないと艦にダメージを負う。


 シポーラからの攻撃を受けた直後であれば、スループ艦の主砲でも駆逐艦を沈めることは充分に可能だ。


(……数に任せた嫌がらせを行いながら、軽巡がシレイピスとシャークを狙い、両艦を沈めた後に、敵の駆逐艦とスループをDOE5の後方に送り込む。重防御のDOE5といえども、後方から複数で攻撃されれば、防御に集中せざるを得ない。その状況で軽巡の主砲と同時にミサイルの攻撃を受けたら迎撃を成功させることは難しいだろう……)


 多くの懸念があるものの、クリフォードは積極的に攻勢に出るしかなかった。

 なぜなら、ラスール軍港はスヴァローグ帝国に譲歩する導師イマーム派が優勢であり、このままでは王太子がシャーリア法国に拘束されてしまうためだ。


 また、シャーリア法国が拘束しなくても、シポーラが軍港に入港してしまえば、王太子が捕えられることになる。


 つまり、シポーラを沈めるか、軍港に向かわせないようにしなければ、今の状況を打破できないのだ。


「敵の防御スクリーンは我が軍より脆弱だ! シャークとタイミングを合わせてスクリーンを過負荷にするんだ!」


 クリフォードの声がDOE5のCICに響いた。


■■■


 DOE5とシャークが最大加速で前進する。また、シポーラも後退を停止し、迎え撃つ。


 このため、シポーラとDOE5の距離が一気に縮まっていく。更に相対距離も一光秒以下と軽巡航艦同士の戦闘では、ゼロ距離と言えるほど近い。

 この距離で両者は激しく撃ち合い、再び激戦の幕が開いた。


 アルビオンは勝利のための決定力に欠けていた。

 DOE5とシャーク123が健全であるものの、軽巡航艦であるシポーラを圧倒するほどの攻撃力を持っていない。


 一方、帝国側にはシポーラに十基の大型ミサイルがあり、一発でも命中すればDOE5を轟沈できる。


 更に駆逐艦サブサーンをアルビオン戦隊の後方に送り込んでおり、これが成功すればアルビオン側は後方にもスクリーンを展開しなければならず、帝国側が圧倒的に有利になる。

 この状況で帝国側の実質的な指揮官となったドゥルノヴォは次の展開を考えていた。


(サブサーンが回り込めれば勝機はある。しかし、敵の指揮官がそれを許すとは思えん。私なら駆逐艦を向かわせるが、別の手を打ってくる可能性がある……)


 ドゥルノヴォの懸念はすぐに現実のものとなった。

 DOE5とシャークはサブサーンを無視し、シポーラに向けて加速を続けていたのだ。


(敵の指揮官は大胆な手を打ってくる。こちらは戦力を分散したから、各個撃破の絶好の機会だ。しかし、この状況で敵の懐に入ろうとするには相当な勇気がいる……)


 アルビオン艦二隻からの攻撃を受け、シポーラの防御スクリーンは何度も過負荷状態に陥り、戦闘指揮所CICには警報音アラーム人工知能AIの警告が絶えず流れていた。


『防御スクリーンA系列トレイン五十パーセント能力低下……防御スクリーンB系列トレイン過負荷オーバーロード停止トリップ。再展開まで五秒、四、三、二、一、再展開完了……』


 彼はアルビオン側の動きを確認してから、力強い言葉で味方を鼓舞していく。


「これでサブサーンが敵の後方に回りこみやすくなった! 挟み撃ちにすれば、主砲だけで片を付けられる! 今は耐え続けるんだ! 勝利は手の届くところにある!」


 サブサーンはDOE5、シャークとすれ違うと、百二十度ほど艦首を回した。そして、DOE5の無防備な艦尾に向けて主砲を放とうとした瞬間、漂流していると思っていたシレイピスから砲撃を受ける。


 この時、ドゥルノヴォはシレイピスの存在を忘れていた。

 正確にいえば、メインスクリーンに中破と表示され、減速もままならずヨタヨタという感じでラスール軍港に向かっていることには気づいていた。


 しかし、退避行動中に一度も攻撃に加わらなかったため、戦力外であると意識から締め出していた。情報担当士官が悲鳴を上げるかのように状況を報告する。


「サブサーン被弾! 対消滅炉リアクター全系統停止トリップ! 通常空間航行用機関NSD損傷! 防御スクリーン全停!……ああ!」


 情報担当士官の悲鳴がCICに響く。メインスクリーンにはサブサーンが爆散したことが表示され、帝国軍はすべての駆逐艦を失った。


(油断した……いや、巧妙に仕組まれていたというべきか。敵の指揮官、コリングウッド中佐は瞬時にこうなると判断し、駆逐艦に指示を出していたようだ。ここまで先が読める敵と戦うのは初めてだ。私に勝てるのか……)


 ドゥルノヴォはクリフォードの策に嵌ったことで自信を失っていた。


(この状況でシポーラ一隻からミサイルを発射しても敵に撃ち落されるだけだ。敵がやったような斬新な策が必要なのだが……敵が使った策をそのまま使えないか? 大破したヴァローナの対消滅炉はまだ生きている。敵も自分が使った手をそのまま使われるとは思っていないだろう……)


 彼は起死回生の策として、アルビオンのミサイル攻撃で大破した駆逐艦ヴァローナを自爆させることを思いつく。


「全速後退! このままでは終わらん! ヴァローナの乗員の脱出状況は!」


 その問いに戦術士官もドゥルノヴォの意図に気づき、興奮気味に答える。


「既に終えています! 対消滅炉リアクターもいつでも自爆させられます!」


 その報告に了解し、アルビオン側の動きを確認する。

 サブサーンを攻撃するために加速していたが、回避機動にシフトしたのか、加速度を落とし、相対速度はそれほど大きくなっていない。


(敵も決着をつけるつもりだ。敵には駆逐艦が二隻いる。軽巡航艦とタイミングを合わされると、耐え切れない。何としてでもヴァローナを使って攻撃を加えねば……)


 ドゥルノヴォは賭けに出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る