第32話

 クリフォードは高機動揚陸艦ロセスベイ1を自爆させるという作戦により、スヴァローグ帝国側の駆逐艦三隻を轟沈、一隻を大破するという大きなダメージを与えることに成功した。


 敵の戦力は軽巡航艦一、駆逐艦一、スループ艦三と当初の半数以下にまで落ち込んでいる。


 一方、帝国戦隊の旗艦シポーラの艦長ニカ・ドゥルノヴォ大佐はその策を看破し、逆にタイミングを合わせて二十基もの大型ステルスミサイルを放った。


 そのミサイル攻撃により、S級駆逐艦スウィフト276は爆散した。


 結果から見れば攻撃は大成功で、戦力差を一気に縮めることに成功したことになる。


 しかし、クリフォードの表情に喜びはなかった。


 スウィフトを失ったことも大きいが、敵の主力である軽巡航艦シポーラが無傷で残ったためだ。


 クリフォードは敵駆逐艦がシポーラに合わせて加速してくると予想していたが、アルダーノフが強引に駆逐艦を前に出したため、仕方なくシポーラ以外の敵を目標とせざるを得ず、結果として最強の敵が無傷で生き残った。


(これでこちらの方が戦力的に優位になったが、ミサイルを撃ち尽くした駆逐艦はそもそも脅威と成りえなかった。こちらはスウィフトを失っている……恐らくだが、敵は味方の駆逐艦を犠牲にしてでも軽巡航艦を残そうと考えたのだろう。だとすれば、恐ろしい敵だ……)


 そう考えながらもクリフォードは次々と命令を発していった。


「シレイピス、シャークは損害状況を報告せよ! 敵はまだ戦闘力を失っていない! 反転して敵に砲撃を加えるんだ!」


 彼の命令にCIC要員が口々に「了解しました、艦長アイ・アイ・サー!」と応え、それぞれの任務に没頭していく。


 敵味方がすれ違い、互いに艦首を敵に向ける。

 しかし、帝国側はまだ混乱しているのか、シポーラ以外の艦から攻撃はなかった。そこにDOE5の主砲五テラワット級中性子砲が襲い掛かる。


 一隻のスループ艦に中性子の束が吸い込まれていく。その直後、スループ艦の防御スクリーンが白く発光し、その内側にある装甲を溶かしていった。


 装甲と内部構造を溶かしきった中性子はスループ艦の反対側に突き抜けた。スループ艦は痙攣するように加速を止め、その直後に爆発する。


「コベット艦長より入電! 指揮官用コンソールにつなぎます!」と通信士が叫ぶと、すぐにクリフォードの前の小型スクリーンにコベットが映し出される。


「至近弾により通常空間航行用機関NSDにダメージを受けました。現状では三kGしか出せません。他にも対消滅炉リアクターが一系列トレイン緊急停止中です。リアクターの復旧見込みは今のところ立っていません」


 シレイピスは兵装系に損傷はないものの、艦の心臓部ともいえる対消滅炉を一系列失っており、戦闘になればすぐに対消滅炉が停止し、無防備になるリスクがある。


 また、駆逐艦の命ともいえる機動力も失っているため回避も難しく、戦闘に参加させてもすぐに脱落する状態であると、クリフォードは判断した。


「了解した。恐らく、敵はDOE5こちらにしか興味を示さないはずだ。隙を見てラスール軍港に逃げ込んでくれ」


 コベットは悔しそうな表情を浮かべるが、ベテランである彼女にも艦の状況は分かっており、すぐに「了解しました、艦長アイ・アイ・サー」と答える。


 そして、「ご武運を」といって通信を切った。


 その直後、ラブレースの姿に切り替わった。彼女は戦闘で高揚しているのか、目を輝かせ頬は僅かに紅潮している。


「本艦の損傷は軽微です。防御スクリーンが一時的にダウンしましたが、既に復旧済みです。これで敵と同数ですね」


 ラブレースはそう言ってニヤリと笑った。


「よろしい。では、シャークはDOE5に続いてくれたまえ。だが、無理はするな」


「了解しました」と言って通信を切る。


(シャークよりシレイピスの方が損害を受けないと思ったのだが、これは運だろうな。二隻も生き残ったことの方が奇跡なのかもしれない……)


 彼はすぐに頭を切り替え、「加速停止! 敵駆逐艦とスループ艦を殲滅する!」と命じた。


■■■


 帝国の旗艦シポーラでは司令であるアルダーノフが旗艦艦長であるドゥルノヴォに怒りをぶちまけていた。


「貴様の策に従ったが、敵にしてやられたではないか! どう責任をとるつもりだ!」


 その言葉にドゥルノヴォは内心で辟易とするが、「敵が一枚上手だったようです。いかなる処分も甘んじて受けます」と答える。


 アルダーノフは指揮権を剥奪しようか迷った。


「敵軽巡航艦、砲撃開始!」という報告を聞き、すぐに思い直す。


「王太子を捕らえることで目を瞑ってやる。直ちに敵を降伏させるのだ」


 ドゥルノヴォは了解と答えると、すぐに指揮に意識を集中させる。


「敵駆逐艦に攻撃を集中せよ!」


 彼は敵が次にどう動くか読もうとし、敵指揮官について考えていた。


(揚陸艦を自爆させるところまでは私でも読めた。そのタイミングで攻撃を仕掛けてくることも。だが、敵の方が一枚上手だった。シポーラが下がっていることを利用して駆逐艦を潰しにくるとは……それにしても敵のミサイル防衛は我が軍を大きく凌駕している。この先、アルビオンと戦うことになったら……今はそのことを考えるべきではないな。戦いに集中しなければ……)


 ドゥルノヴォにはいくつか誤認があったが、それは仕方がないことだった。彼はすぐに戦いに集中していく。


(こちらが有利なのはシポーラの主砲とミサイルのみ。我が方の駆逐艦はミサイルを撃ち尽くしている。もとよりスループ艦は軽巡航艦の脅威とはなりえない……敵の軽巡航艦は通常空間航行用機関NSDが損傷している可能性がある。しかし、これは欺瞞行動かもしれない……駆逐艦でまともに使えるのは敵も一隻のみか。まだ充分に勝機はある!)


 この時、DOE5とシャークは第四惑星ジャンナから離れるように〇・〇一六光速で航行していた。シポーラと生き残った駆逐艦サブサーンはジャンナに極低速で向かっている。


 そして、アルビオン側はシポーラの横を通過した後、加速を止め、艦首を反転させていた。帝国側も当然、艦首を敵に向けており、両者はにらみ合うような形になっているが、アルビオン側が〇・〇一六Cの速度で慣性航行しているため、ゆっくりと離れている状況だった。



 この時、戦隊司令であるアルダーノフは司令用のシートに座り、これまでのことぼんやりと考えていた。


(どこで間違ったのだ? 我が方が圧倒的に有利だったはずだ。私の指揮が悪かったのか……ドゥルノヴォは敵の司令の考えを読んでいた。しかし、私はそんなことを考えもしなかった。ただ、敵を力でねじ伏せることしか……)


 ここに至って自分が指揮官として未熟であると認めた。


 もし、目まぐるしく状況が変わる近距離での戦闘でなければ、もっと前に指揮官に向いていないことに気づいただろう。しかし、秒単位で推移する戦闘艦の戦いでは反省する時間すら与えられなかった。


(……この目まぐるしい状況の変化の中で、私が口を出すことは敵の思う壺だ。私はそもそも艦隊出身ではない。ならば、私にできることをやるべきだろう……)


 彼は勝利するための最善の方法を採る。


「ドゥルノヴォ艦長、君にすべてを任せる。小官の指揮では敵に勝利できない……」


 ドゥルノヴォはアルダーノフの変心に驚き、答えに窮する。


「……小官はシャーリアを動かして、敵を混乱させることに専念するよ」


 ドゥルノヴォはアルダーノフが自らの功績より、祖国の勝利を優先することに気づいたと思った。

 そして、今まで見せなかった笑みを浮かべた。


「了解しました、少将。お任せください」


 大きな損失を被ったが、こうして帝国側の態勢は整った。

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