エピローグ
キャメロット星系第三惑星ランスロットに帰還したクリフォードは、第三艦隊司令部に報告書を提出すると、乗組員全員の休暇申請を行った。
しかし、艦隊司令部の許可が下りなかった。レディバードの乗組員たちはリンドグレーン提督の嫌がらせかといきり立ったが、別の事情から休暇の申請が通らなかったのだ。
防衛艦隊司令部の広報担当官である大佐が説明に現れた。
「君たちは我々広報担当官と共にメディアに出演してもらう。絶望的な状況で力を合わせて生き残った君たちは軍人の鑑、国民に範を示したのだ」
クリフォードが「我々には休暇が必要です」と抗議すると、広報担当官は申し訳無さそうに、
「君たちはメディアの注目の的なのだ。ほとぼりが冷めるまでは要塞にいる方がいい……」
その言葉に自らの体験を思いだし、「了解しました」と了承するが、「ですが、部下たちに充分な休暇をお願いします」と付け加える。
官舎で待っていた愛妻ヴィヴィアンとの再会を果たすものの、翌日からメディアによる取材攻勢に遭い、レディバードの乗組員たちとともにメディアにひたすら出続けた。
さすがに三日目になると取材攻勢は落ち着くが、クリフォードだけは別だった。
ちょうどハワード・リンドグレーン提督の疑惑が持ち上がった時期とも重なり、関連の質問も多く投げられた。しかし、彼は軍の発表以上のことは語らず、メディアも徐々に熱が冷めていった。
入港から五日後、クリフォードらレディバードの乗組員たちはようやくメディアから解放された。
「明日は全員でチャリスに下りるぞ! お待ちかねのパーティだ」と陽気な声でクリフォードが言うと乗組員たちが「オウ!」という歓声で応える。
バートラム・オーウェル大尉が「場所はどこなんですか?」と尋ねると、
「ノースブルック伯爵邸だ」と澄ました顔で答える。
その言葉に
他の乗組員たちも名家であるノースブルック家の屋敷と聞いて気後れしていた。
「安心していいぞ。明日は我々だけで貸し切りだそうだ。義父は王太子殿下と会食があるそうだから、屋敷に帰ってくるのは夜中だそうだ」
更にニヤリと笑いながら付け加えた。
「財務卿閣下が特別な趣向を考えてくれるそうだ。酒もふんだんに用意してくれる。こんな機会を逃す手はないと思うがな」
「美味い酒が飲めるってことですね。俺は大賛成です! 財務卿閣下万歳!」とお調子者のトリンブルが盛り上げる。
横にいた
トリンブルが大袈裟につんのめるとその場が爆笑に包まれた。
翌日、軍服姿で首都チャリスの宇宙港に降り立つと、彼らに気づいた市民から熱烈な歓迎を受ける。未だに慣れない彼らははにかむような笑顔で手を振ると、用意された地上車に乗り込み、そのまま郊外にあるノースブルック伯爵邸に向かった。
クリフォードは家族の帯同を許可しており、数名の下士官が妻と幼い子を連れていた。もちろんクリフォードの傍らにも愛妻の姿があった。
ノースブルック邸に到着すると、庭園に案内される。園遊会が行えるほど大きな庭には様々な料理が並べられ、多くの酒が用意されていた。
「こいつは凄ぇ!
戸惑う部下たちにクリフォードが「レディバードの中だと思って気楽にやろう!」と言い、いつもより砕けた口調で「さあ、とりあえずグラスを手に取れよ」と部下たちに酒を配っていく。
そんなクリフォードの姿にヴィヴィアンは微笑ましく思いながらも、自分が知らない絆に妬ましさを僅かだが感じていた。
(私の知らない世界……本当に楽しそう。でも、すぐにこの人たちと別れることになるのね……)
クリフォードは全員がグラスを手に持ったことを確認すると、「では、パーティを始めようか」と言い、グラスを持ち上げる。
「では、戦死した
そう言って静かにグラスを持ち上げる。乗組員たちも全員が神妙な表情で「乾杯」と静かにグラスを挙げ唱和する。
静かに一杯目の乾杯を終えると、すぐに宴会に突入する。最初は戸惑っていた彼らも酒が入るにつれ、
「さすがは伯爵様だ。こんなうめぇ料理は初めてだ」とか、「
酒が更に進むと本来の陽気な砲艦乗りたちに戻り、何度も乾杯と万歳が繰り返されていく。
「我らが
更には「ついでだ! 副長にも万歳だ!」とトリンブルが言うと、「何がついでだ!」とオーウェルが笑いながらいい、「命令違反の常習者、我らが
普段は閑静な伯爵邸に陽気な声が木霊する。
クリフォードは愛妻とこの楽しい時間を共有しながら、幸せを噛み締めていた。
昼頃から始まり、二時間ほどで騒ぎ疲れたのか、椅子に座って静かに飲み始める。クリフォードは乗組員一人一人のところを回り、声を掛けていく。
程よく酔いが回り、椅子に座って寝る者が出始めた頃、パーティ会場に三人の男がやってきた。
一人はこの屋敷の主ウーサー・ノースブルック伯。もう一人は彼の長男アーサー。そして、最後の人物を見てクリフォードは驚き、それまでの酔いが一気に吹き飛んだ。
「王太子殿下……」と呟くと、すぐに立ち上がり敬礼する。
それに気づいたレディバードの乗組員たちも慌てて起立し敬礼していく。つい先日、要塞を訪れ祝辞を述べた王族が目の前にいることに信じられないという顔をしている。
「座ってくれたまえ」とエドワード王太子が手の平を下に向け、座るジェスチャーをした後、
「今日は無礼講と聞いている。私もジュンツェンの勇者と酒を酌み交わしたいと思ってね。伯爵に無理を言ったのだよ」と人好きのする笑顔で片目を瞑る。
さすがに王太子に気軽にしゃべりかけられるものはおらず、互いに顔を見合わせるしかなかった。
王太子はその状況を変えるべく陽気な声で、「トリンブル一等兵曹! いれば返事を」とトリンブルの名を告げる。
呼ばれたトリンブルは困惑の表情を浮かべながら、「
「三日前のゴールデンタイムの番組を見たが、久しぶりに腹の底から笑わせてもらった。あれは傑作だった」と真面目な顔で言うとトリンブルはどのような表情をしていいのかと迷うように周囲を見回す。
「そんな兵曹に頼みがある」と王太子が言うと、トリンブルは背筋を伸ばし、
「
王太子は小さく頷くと、
「君たちの
その言葉にトリンブルは返事を忘れて呆然とする。クリフォードも同じように驚いていたが、彼が驚いたのは王太子が“キャプン”という
「私も一緒に祝いたいのだ。それも君たち兵士の流儀で」
王太子の真摯な表情にトリンブルは「
「僭越ながら殿下のご命令に従い、万歳の音頭をとらせていただきます!」と叫ぶ。そして、息を一杯に吸込むと、
「我らが
そして、そこにいた者たちは王太子を含め、同じように大きな動作で万歳と叫び、数分間止まなかった。
その万歳の嵐が止むと、王太子は「君は今回もよくやってくれた」とクリフォードに右手を差し出す。
クリフォードは右手を握りながら、「いいえ」と小さく首を横に振る。
「私の功績ではありません。彼らの功績です。私は部下に恵まれました」と笑顔で答えた。
この出来事は公式には一切発表されなかった。それが艦隊内で噂として流れ、更にメディアがその情報を入手した。
しかし、レディバードの元乗組員たちはお調子者のトリンブルですら、そのことをメディアに話すことはなかった。彼らにとって大切な思い出であり、それを汚したくないと全員が思っていたためだ。
第三部完
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