第41話
キャメロット第三艦隊の砲艦戦隊は、ゾンファ軍のホアン艦隊から分離してきた三十隻の駆逐艦戦隊に追い詰められていく。
砲艦たちは最大加速度で逃げているが、砲艦乗りたちの思いとは裏腹に、ゆっくりとした加速だった。そんな中、
レディバード125号の
「敵駆逐艦戦隊、距離十光秒。このままの速度差でいけば八十秒で敵の射程に入ります」
戦術士であるマリカ・ヒュアード中尉の陰鬱な声がCICに響く。
彼女は二・五テラワットの駆逐艦の主砲三十本が自分の背中に突きつけられているように感じており、処刑台に引き摺られていく死刑囚のような諦めにも似た感情を抱いていた。
「戦隊司令部からの連絡に注意しろ。
クリフォードの問いに操舵長であるレイ・トリンブル一等兵曹が「いつでもいけますよ、
「了解した。砲艦の一斉回頭など滅多にないからな。ちゃんと敵に向けてくれよ」とクリフォードは彼に合わせたような陽気な声で言い、
「
「いつでも撃てます。
クリフォードは努めて明るく振舞っているが、心は絶望で押し潰されそうになっていた。
(一撃で三十隻の駆逐艦を沈めることは無理だろう……一隻でも残ったら……いや、今はそれを考える時じゃない……)
不安を押し殺しながらメインスクリーンを見つめている。
「戦隊司令部から回頭のカウントダウンが入っています。通信繋ぎます!」とヒュアードが告げる。
『一斉回頭まで三十、二十九……』という中性的な
『十九、十八……』と続くカウントダウンの中で、クリフォードは「敵に一泡拭かせる! 頼んだぞ!」と叫ぶ。
『八、七……三、二、一、一斉回頭、攻撃開始』と攻撃開始を告げられた。
それに合わせ、クリフォードも同様に叫んでいた。
「艦首百八十度回頭! 回頭完了次第、主砲発射!」
CICに「
メインスクリーンに映る砲艦戦隊のアイコンが一斉に向きを変えた。同じようにレディバードも艦首を敵に向けていく。
掌砲長が「主砲発射!」と静かに復唱する。
カウントダウン終了と同時に、三光秒後ろにいた敵駆逐艦三十隻に向け、百隻の砲艦から計二ペタワット(二兆キロワット)の陽電子が一斉に放たれる。
肉眼では確認できないが、メインスクリーンに映し出された砲撃の軌跡は、戦闘艦の主砲特有の一条の強い光ではなく、円錐状に広がっていた。
六秒後、レディバードのメインスクリーンに、次々と火の玉に変わる敵駆逐艦の姿が映し出される。CICに歓声が上がるが、クリフォードはそれを無視して命令を下していく。
「砲撃準備急げ! 艦隊運用規則は無視しても構わん! 接近される前に沈めるんだ!」
今回砲艦戦隊が採った策は集束コイルなしで主砲を放つことだった。
集束コイルは加速器から出た粒子の軌道を電磁力によって補正し、直進性を持たせるものだ。この補正がないと射出された陽電子は大きく広がり、戦艦並の射程を得ることができない。
逆に言えば、射程という
もちろん、陽電子の密度が下がるため威力も低下するが、最大射程の十分の一程度の近距離であり、かつ防御力の低い駆逐艦が相手であれば十分な破壊力を持つ。
また、この発散性は高機動かつ低防御の駆逐艦に対しては、逆に有利に働く。
駆逐艦はその機動力による回避機動によって砲撃を回避するが、集束されていない主砲の砲撃範囲は駆逐艦の回避機動範囲をカバーするほど広い。
このため、駆逐艦の回避機動を無効化することができたのだ。
初撃により半数以上の十六隻の駆逐艦を轟沈した。また、七隻にも深刻なダメージを与え戦列から離脱させている。しかし、戦闘力を完全に失っていない駆逐艦が七隻も残ってしまった。
ゾンファの駆逐艦戦隊では想定していなかった攻撃と戦隊司令チャン准将の戦死により、一時的にパニックに陥ったものの、すぐに秩序を取り戻した。
僚艦を失った駆逐艦乗りたちは怒りに打ち震えながらも猪突することなく、大きく散開していく。更に自慢の機動力を生かし速度を上げながら懸命な回避機動で翻弄し始めた。
七隻の駆逐艦は牧羊犬が羊を追うように広く散開する。
その鋭利な機動は固定目標への砲撃が主である砲艦にとって相性が悪すぎた。
戦隊単位で砲撃エリアを定めて攻撃するものの、あっという間に駆逐艦の射程に捕らえられてしまう。
「加速器の冷却急げ!
クリフォードも声を涸らして叫んでいるが、レディバードは他の艦よりも激しい砲撃を続けていた。
レディバードに迫る敵はゾンファの標準的な駆逐艦、
インセクト級駆逐艦は二・五テラワット級の荷電粒子加速砲を有し、掠めるだけで砲艦の脆弱な防御スクリーンを無効化する威力を持っている。
また、ステルスミサイルである
駆逐艦の射程に入ると、砲艦戦隊に被害が出始めた。
駆逐艦の二・五テラワット級の主砲は砲艦の脆弱な防御スクリーンを易々と突き破り、必死に反撃する砲艦たちを次々と火の玉に変えていく。
また、各戦隊旗艦の砲艦支援艦もユリンミサイルによりダメージを蓄積していった。
インセクト級駆逐艦の一隻が艦首から死を齎す粒子線を撃ち出しながら螺旋を描くような美しい軌道を描いて接近してくる。その姿は小型の魚の群れに襲い掛かる鮫のようで、砲艦乗りたちにとっては死そのものに見えた。
クリフォードは死の恐怖と戦いながらも冷静さを保つことに注力する。
(ここで指揮官である私が冷静さを失えば、成す術もなく沈められる。無敵に見えるがこちらの主砲が当たれば一撃で倒せる相手だ。敵もこちらの砲撃を恐れているはずだ……)
「
操舵長のトリンブルから「えっ!」という疑問の声が上がるが、
「復唱はどうした!」とクリフォードに一喝され、
「
掌砲長のコーエンは内心疑問を覚えるものの、いつも通り「
「自動砲撃設定完了しました、
クリフォードは無駄口を挟むことなく、すぐに命令を発していく。
「了解した。カウントダウン開始、五、四、三、二、一、ゼロ!」
カウントゼロのタイミングで主砲から陽電子の束が発射された。その陽電子の束はすぐに拡散し始めるが、既に一光秒以下にまで迫った敵駆逐艦を捉えていた。
敵駆逐艦は回避機動によりその陽電子の塊を回避しようとしたが、投網のように大きく広がった陽電子の束に左舷側を大きく抉られる。そして痙攣するように揺れた後、美しい光を放って爆散した。
敵駆逐艦が爆散していく映像に砲艦乗りたちの歓声が上がる。
クリフォードがAIによる全自動砲撃を選択した理由は、敵が接近してきたためだ。
AIによる予測は距離が大きいほど、また速度差が大きいほど精度が落ちる。逆に言えば距離が小さければAIの予測は正確になり、命中精度は上がることになる。
通常の砲撃であればAIの予測が正確でも集束率の高い砲撃が外れる可能性は高い。しかし、現状では主砲の集束率は低く、拡散したビームの攻撃の範囲は広い。
また、通常の戦闘では操舵手による手動回避機動が加わるため、自艦のAIですら微妙な位置調整が難しいが、自動操縦と自動砲撃を組み合わせることで、AIの予測位置に正確に砲撃を打ち込むことができる。
クリフォードはAIにすべてを委ねるという大胆な決断をし、敵に一矢報いたのだ。
レディバードの活躍はあったものの、アルビオンの砲艦は次々と沈められていった。
クリフォードの戦闘指揮を見た砲艦戦隊司令マイヤーズ中佐は残りの砲艦に同様の攻撃方法を指示するが、各砲艦の艦長は染み付いた戦闘方法に固執し、手動回避を放棄する策に躊躇する。
その間にも次々と僚艦が沈められ、更に逃げることに意識が向いてしまった。
僅か数分で百隻の砲艦は半数にまで撃ち減らされ、五隻の砲艦支援艦は二隻が行動不能に陥っていた。
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