第33話

 宇宙暦SE四五一八年七月十四日。


 五ヶ月にも及ぶ占領状態から、遂にヤシマは解放された。

 ゾンファ軍は地上兵力を含め、直ちに武器を捨て、降伏を受け入れる。一部の政治将校などが反抗し混乱はあったものの、能力的には大したことはなく、半日もしないうちに混乱は収まった。


 亡命政権の首班であるヤシマ防衛艦隊のタロウ・サイトウ少将はゾンファの傀儡政権に対し、政権の譲渡を迫った。傀儡政権の首相は直ちに総辞職し、サイトウ少将を首班とする新政権が発足する。


 サイトウは非常事態宣言を発布し、ゾンファ軍を小惑星の採掘基地などに拘禁すると、敵の協力者を徹底的に追及した。更に行方不明者の捜索に全力を注いでいく。


 十万人を超える行方不明者がいたが、最終的にはその半数以上が見つからなかった。

 ゾンファに拉致された者、秘密裏に処刑された者などが多く、戦後に大きな禍根を残すことになる。


 アルビオン艦隊はサイトウ政権が安定するまで治安維持を担うことになったが、基本的には内政には干渉しなかった。唯一、アルビオン市民の保護を要求しているだけだった。


 パーシバル・フェアファックス大将は、自由星系国家連合フリースターズユニオンにヤシマ星系解放の報を送ると共に、ヤシマの防衛強化を開始した。


 ヤシマ進攻後にジュンツェン星系に向かうことも検討されていたが、FSU艦隊が駐留しない限り、アルビオン艦隊はここヤシマを離れないことになっている。これには二つの理由があった。


 一つ目の理由はもう一つの大国、スヴァローグ帝国の動きが不明なことだ。

 帝国はゾンファと同じくヤシマ星系への進出を狙っており、ゾンファに占領されたヤシマを解放するという名目で侵攻してくる可能性があった。


 幸い、スヴァローグ帝国は恒常的に内紛が続いており、即座に艦隊を差し向けることはなかったのだが、FSU艦隊とゾンファ艦隊が激しい戦闘を繰り広げ、ゾンファ側が疲弊したところで漁夫の利を狙う可能性は否定できない。


 更に言えば、この状況であってもヤシマ艦隊だけしか残っていなければ、治安維持に協力するという名目で駐留する可能性がある。しかし、アルビオン艦隊がヤシマ艦隊と共同で防衛に当たっている姿勢を見せれば、スヴァローグに口実を与えることはないという判断だ。


 もう一つの理由は今からジュンツェンに向かってもあまり意味がないということだ。ヤシマからジュンツェンまでは約十五パーセク(約四十九光年)あり、イーグン星系とシアメン星系の二つの星系を経なければならない。


 ホアン率いるゾンファ艦隊は九日前に出発しており、更に二つの星系のジャンプポイントJP付近に展開されている機雷群を排除する時間が加わるため、十日以上の遅れとなる。


 つまり、今から行ってもジュンツェンでの戦闘の帰趨は決まっているということだ。アルビオン側が勝利しているなら行く意味はないし、敗れているなら各個撃破されに行くようなもので意味がない。


 それよりもヤシマをスヴァローグに奪われないことの方がアルビオンの安全保障にとって重要になる。


 アルビオンとしては領土の拡大を目指すゾンファやスヴァローグが豊かなヤシマ星系に進出することを望ましくない。


 国力的にアルビオン、ゾンファ、スヴァローグはほぼ拮抗しており、三すくみに近い状態だ。この状態を崩すことは戦争の拡大を意味するためだ。


 一方、アルビオンとしては、この守りにくいヤシマ星系を領土としても持ちたくなかった。


 平和な状態であれば、交易による利益が期待できるが、戦争状態の国と接する星系が、キャメロット星系に加えヤシマ星系まで加わることは、国防上の負担が大きすぎるのだ。このため、アルビオンとしてはヤシマを自国に加えたいという欲求は小さい。


 つまり、ヤシマ星系は今まで通り独立国として三ヶ国の緩衝地帯として存在することがアルビオンの国益に叶っているのだ。


 これらのことから、アルビオンのヤシマ解放艦隊はジュンツェン星系に向かうことなく、ヤシマを守ることを選択した。


 しかし、数日後、フェアファックス提督はこの決定を後悔する。

 ヤシマに在留していたアルビオン関係者のうち、二百人以上が行方不明になっていたのだ。


 ヤシマ政府が調査を行ったが、調査は遅々として進まず、事実はなかなか判明しなかった。


 フェアファックスは内政干渉という批判を受けることを承知で、アルビオン軍の軍警察MPに調査を行わせた。


 その結果、アルビオン政府関係者、有力な企業関係者など、百名程度がホアン艦隊とともにジュンツェン星系に向かったという事実が判明した。


 捕虜となったゾンファ将官は厳しい追求の末、アルビオン側に対する交渉カードとして拉致したと証言した。



■■■


 七月十八日。


 ゾンファ共和国軍のホアン・ゴングゥル上将率いる四個艦隊約一万八千隻はシアメン星系に到着し、ジュンツェン星系JPに向け、最大巡航速度で航行していた。


 一万八千隻のうち、戦闘艦は約一万四千五百隻しかなく、三個艦隊を僅かに超える程度の戦力でしかない。


 それでもホアンはジュンツェン星系に突入し、一気にアルビオン側を殲滅するつもりでいた。


(ジュンツェン星系の損害は三千隻程度。つまり、二万隻近い数が残っているということだ。これに我が艦隊が加われば少なく見積もっても三万四千。敵より七千隻近く多い。これだけの戦力差があれば、十分に勝利は得られるはずだ……後はマオ上将がどう動くかだが、奴もこちらが戻ってくると分かっていれば、タイミングを合わせて敵に向かうはずだ。正確な到着時刻が分かっていれば、時間稼ぎも難しくはない……)


 ホアンの考えた作戦は以下のようなものだった。


 敵はジュンツェン星系のヤシマ星系側のJP付近で待ち受けている可能性が高い。これはヤシマから戻ってくる艦隊が最大でも二万五千隻であり、更にステルス機雷を敷設することにより、JP付近での戦闘の方が有利に進められるからだ。


 彼はそれを逆手にとることにした。

 情報通報艦から決死隊を募り、ジュンツェン星系に超光速航行FTLで突入させる。その際、機雷で破壊される前にホアン艦隊の到着時刻と戦力等の情報をマオ・チーガイ上将率いるジュンツェン防衛艦隊に伝える。


 マオ艦隊がいるJ5要塞からシアメンJPまでは約二百五十光分であり、最大巡航速度〇・二光速で航行すれば二十時間強でシアメンJPに到着できる。通信のタイムラグ、加速・減速時間などを考慮しても三十時間前にホアン艦隊の到着時刻を通告しておけば、マオ艦隊はシアメンJP付近に到着し、アルビオン艦隊を挟撃できる。


 もちろん、アルビオン艦隊がJ5要塞から出てきたマオ艦隊に向かえば、ゾンファ側は不利な戦闘を強いられるが、その場合はJ5要塞に逃げ込めばいい。その間にホアン艦隊が到着するから、戦力差を一気にひっくり返せる。


 いずれにせよ、こちらは有利な条件で戦えるという作戦だった。

 ホアンは全艦に対し、訓示を行った。


「敵の戦力は約二万七千隻である。我らの二倍近い戦力だ。しかし、J5要塞の防衛艦隊を加えれば、我が軍は八個艦隊に匹敵する三万四千隻を超える。ジュンツェン星系で敵を挟み撃ちにし、一気に殲滅するのだ!」


 ホアンが得ている情報に誤りがあった。マオ艦隊の損害は三千隻ではなく五千隻強であり、マオ艦隊の保有戦力は一万七千隻余、ホアン艦隊と合わせても三万一千隻強であり、二万七千隻を保有するアルビオン艦隊より十七パーセント程度多いだけだった。


 更にホアン艦隊はアルビオン側の敷設した機雷原に突入する必要があり、その損害を考えるとほぼ互角になる。


 ホアンの命を受けた情報通報艦が超光速航行に入っていく。彼らは機雷原に突入することになり、生き残る可能性は極めて低い。


 通信を送った後、対消滅炉リアクターを停止し、降伏の意思を示せば、艦隊司令部がステルス機雷の目標から外す手続きを取ることができる。


 しかし、実際にはジャンプアウトの直後にステルス機雷が検知していることが多く、艦隊司令部が降伏の意思を確認している間に撃破されることがほとんどだった。


 無人艦を送り込むという方法もあるが、不測の事態に備え、最少人数の乗組員が艦に残っていた。


 七月二十日。

 ホアン艦隊の戦闘艦約一万四千五百隻はジュンツェン星系の隣、シアメン星系のジュンツェン星系行きJPに到着した。彼らは決戦に向け、一斉に超空間に突入した。

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