第20話

 宇宙暦SE四五一八年六月十七日、標準時間〇八〇〇。


 クリフォードは自らが指揮を執るインセクト級砲艦レディバード125号の戦闘指揮所CICの艦長席から、メインスクリーンを見つめていた。


 スクリーンには艦の主要な情報が映し出されていたが、その大部分は超空間特有の灰色に染まっていた。


 やや張り詰めた雰囲気のCIC内に、航法士であるレベッカ・エアーズ兵曹長のやや低い落ち着いた声が響く。


「ジャンプアウト一分前……」


 超空間から敵支配星系であるジュンツェン星系にジャンプアウトしようとしているため、狭いCICには主要な要員クルーが揃っていた。


 クリフォードの目の前には航法士のエアーズと戦術士兼情報士であるマリカ・ヒュアード中尉が座っている。ヒュアードは戦術士用コンソールを使い、最終チェックを行っていた。


 最前列の操舵席には操舵長コクスンであるレイ・トリンブル一等兵曹が陣取り、ジャンプアウト後の回避機動のチェックを行う“振り”をしている。


 彼はジャンプアウト後に自分の出番がないことを知っており、周りの雰囲気に合わせてコンソールを操作しているに過ぎない。


 操舵長の斜め後ろには先任機関士であるレスリー・クーパー一等兵曹が座り、機関制御室RCRで行われる炉の調整状況を確認している。


 砲艦にとって最も重要なポジションである掌砲長ガナー、ジーン・コーエン兵曹長が機関士の横で兵装用コンソールを操作していた。


 しかし、ジャンプアウト後に主砲の出番はなく、今はジャンプポイントJPに設置されているであろうステルス機雷に対応するため、三基ある対宙レーザーの最終確認を行っている。


 副長であるバートラム・オーウェル大尉は機関長チーフであるラッセル・ダルトン機関少尉と共に機関制御室RCRで待機していた。


 本来、戦闘が想定される敵支配星系へのジャンプアウト時であれば、副長は緊急対策所ERCに配置されるはずだが、艦内スペースが少ない砲艦にはERCを設置するスペース的な余裕がない。


 砲艦には緊急時制御盤ECBの簡易版である緊急時操作卓EPがRCRに設置されているため、副長は最も信頼できる部下、掌帆長ボースンであるフレディ・ドレイパー兵曹長とともにRCRに待機しているのだ。


 一時間前に十分な打合せは行われており、艦長であるクリフォードが命令することはないが、慣例に従い、艦内一斉放送のマイクを手にする。


「総員に告ぐ! ジャンプアウトに備えよ!」


 CIC要員からは「了解しました、艦長アイ・アイ・サー」という声があり、艦内各所からも同様に了解の連絡が入る。


「ジャンプアウトまで二十秒……」


 エアーズのカウントダウンだけがCICにこだましていく。


「……十秒……五、四、三、二、一、ジャンプアウト!」


 カウントダウンの終了と共に正面にあるメインスクリーンの映像が切り替わる。灰色だった背景が宇宙空間の漆黒とそれを照らす遥か彼方の星々、そして、アルビオン軍の艦船を覆う防御スクリーンの淡い光に変わる。


ジャンプポイントJP出口に敵の艦影なし! 艦隊司令部より掃宙作戦に移行せよとの命令が入っております」


 情報士であるヒュアード中尉のやや高い声に、クリフォードは「了解。直ちに掃宙作戦に移行せよ」と静かに応じる。


「了解。対宙レーザーの制御権を戦隊司令部に移管……移管完了」とヒュアード中尉は答えた。


 その直後、JP出口にいなかった敵艦隊の所在が明らかになる。


「敵艦隊、第五惑星軌道上に展開中! その数、約二万三千! 五個艦隊と推定されます」


 ヒュアード中尉の読み上げる情報を聞きながら、クリフォードは掃宙作戦の進捗を確認していく。


 機雷の排除を行う掃宙作戦時においては、より効果的な機雷の破壊のため、各艦の対宙レーザーを艦隊司令部が一括で制御する。但し、艦隊単位では僅かとはいえ距離によるタイムラグが生じるため、戦隊を一単位として制御を行うことが多い。


 このレーザーの制御だが、艦隊旗艦の人工知能AIが各戦隊旗艦のAIに掃宙エリアまたは対象となる機雷を指定し、それを受けた各戦隊旗艦のAIが戦隊各艦のAIを通じて機雷を破壊していく。


 通常の戦闘においては時々刻々と状況が変わるため、人間の判断が必要となる。

 特に艦隊戦では敵司令官の心理を読み、敵が取り得る策を想定しながら戦闘を行うが、掃宙では相手が機械であるステルス機雷であるため、こちらも機械的に処理していくAIによる一括方式の方が有効とされていた。


 このため、回避機動もAIによる自動操縦となり、CIC内で操作を行うクルーは一人もいなかった。


 艦長として初めて行う戦闘だったが、クリフォードは冷めた目でメインスクリーンを見つめている。


 実際、戦闘というより作業に近く、更に自身に指揮権がないため、熱くなりようがなかった。


 彼は敵のステルス機雷が破壊されていく様子を眺めながら、ジャンプポイント出口に敵艦隊がいなかったことについて考えていた。


(総参謀長はJP出口に敵はいないと看破していたが、なぜ敵はJPでの決戦を放棄したのだろうか……)


 キャメロット防衛艦隊総参謀長アデル・ハース中将は、前の星系ハイフォン星系からのジャンプの直前にジュンツェン星系突入時に戦闘に備えるよう訓示していた。


 しかし、実際には戦闘艦のみならず、補助艦艇まで同時にジャンプを行っており、彼女が敵の待ち伏せを考えていないことは容易に知ることができる。


 第三艦隊司令官のリンドグレーン提督から、敵の待ち伏せを考慮し、補助艦艇と砲艦は敵の排除が完了する数時間後にすべきだという具申があったが、彼女と総司令官であるグレン・サクストン大将はその具申を却下している。


(ステルス機雷と五個艦隊の戦力があれば、こちらの戦力をかなり減らせていたはずだ……JP出口で巡航速度を確保しつつ、円軌道を描きながら待ち伏せれば、大きな損害を受けることなく、こちらに損害を与えることができた……ここが判らないな……)


 クリフォードは敵が味方の最大戦力を把握しており、圧倒的な戦力差がない限り、JPでの決戦を選択すると考えていた。そして、ジュンツェン星系には五個の艦隊があった。戦力比は六対五であり、ゾンファ側が若干不利なものの、圧倒的な戦力差とは言い難い。


 戦後の研究においても同じような疑問が呈されることになる。


 戦後に行われた、ある研究者の試算では、ゾンファ側が全戦力による迎撃を選択した場合、アルビオン側の損害は二十パーセント、六千隻に達したと推定されている。


 ゾンファ側も同数程度の損害が見込まれたが、自国の支配星系内であるゾンファは戦力の回復が可能であり、戦力差は縮まった可能性が高かった。


 これにより、アルビオン側は自身の戦略目的であるヤシマに向かうシアメン星系側JPの確保を諦めざるを得なかったと、結論付けられていた。


 但し、この試算の条件に指揮命令系が確立され、全軍の意思統一が可能というものがあった。しかし、この時点でゾンファ側の指揮命令系が統一されているとは言い難い状況であり、試算結果通りになったかについては疑問の余地がある。


 作戦を立案したキャメロット防衛艦隊総参謀長、アデル・ハース中将は参謀たちにこう語っていたと伝えられている。


「ヤシマにいるゾンファ艦隊にはジュンツェン所属艦隊がいるわ。ということは、ジュンツェンの防衛に当たる艦隊は少数か、混成部隊である可能性が高いということ。少なければ打って出られないし、混成部隊なら必ず指揮命令系の統一に時間が掛かるはず。つまり、JP付近に敵がいる可能性は極めて低いということよ……」


 ハースの予想通りだったが、その当時はほとんどの将兵がJP付近での激戦を覚悟していた。


 ハース自身も自信有り気に語ったものの、内心では見た目より余裕はなかったと後年告白している。


 ただ一人、総司令官であるグレン・サクストン提督だけは一切の動揺を見せることなく、信頼する参謀長の意見を即座に承認していた。


 そして、クリフォードの目の前では、ハースの考えが正しかったことが証明されていた。

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