第30話

 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二三五。


 敵との砲撃戦が始まってから、二百秒が経過した。

 縦陣の先頭を行く旗艦である重巡航艦サフォーク05は、二度の至近弾があったが、未だ無傷の状態だった。


 サフォークが盾になったことにより、僚艦にも損害はなく、今のところ戦闘は順調に推移している。


 しかし、相対距離は八光秒を切り、重巡航艦の副砲や駆逐艦の主砲の有効射程に入っていた。ここから戦闘が激化していくと、クリフォードは考えていた。


(敵のミサイル攻撃も単発的なものではなくなるはずだ。徐々に敵の照準の精度も上がっている。すれ違うまでにあと百秒。しかし、ここに至っては策も何もない。もう撃ち合うしかないんだ……)


 索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が上擦った声でミサイルの接近を告げた。


「敵ユリン幽霊ミサイル六基急速に接近中! 本艦にロックオンしている模様!」


 クリフォードは落ち着いた口調で、掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に命令した。


「対宙レーザーによる迎撃開始」


 クロスビーも訓練と同じような落ち着いた口調で答える。


了解しました、中尉アイ・アイ・サー。対宙レーザーによる迎撃開始します」


 その声に若いレイヴァースも落ち着きを取り戻した。

 航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹が敵との距離、相対速度を報告していく。


「敵との距離、八・二八光秒。相対速度〇・〇四九光速……」


 ティレットの声に被さるように、レイヴァースのミサイル迎撃報告がCICに響く。


「敵ミサイル三基迎撃成功。残り三基は十秒後に本艦に最接近します。四基目破壊確認」


 更に残りの二基は後方の駆逐艦の砲撃により破壊され、初期のミサイル攻撃による被害は皆無だった。


 クリフォードは満足げにそれを見てから、通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に味方各艦への攻撃開始命令の送信を命じた。


「全艦にブラボー(“攻撃開始せよ”の意)の指示を送れ」


了解しました、中尉アイ・アイ・サーB1ブラボー・ワン照射……B2ブラボー・ツー照射……B3ブラボー・ツリー照射……B4ブラボー・フォウア照射……B5ブラボー・ファイフ照射……照射完了しました」


 クリフォードの命令により、後続の艦からの攻撃が始まった。


 回避運動と連動させ、単縦陣から出た瞬間に主砲を放っていく。クリフォードはミサイルによる攻撃がなかったことに感心していた。


(さすがに分かっているな。この距離でミサイル攻撃を加えても効果はほとんどない。ミサイルの使いどころは、敵との相対距離が五光秒を切ったところ、つまり六十秒後だ。このタイミングなら、ミサイルは敵とすれ違う約二十秒前に到達する。タイミングを合わせて、主砲による砲撃を加えれば、敵に混乱を与えられる。うまく行けば、防御スクリーンを過負荷にできるから、すれ違う時の放つカロネードでダメージを与えられるだろう……あとはどうやって味方にそれを伝えるかだ……そうだ! この手があった!)


 彼は通信兵曹のウォルターズに各艦への通信を命じた。


「全艦にエコー(“旗艦に続け”の意)の指示を送れ」


 ウォルターズは一瞬意味が分からないという顔をするが、すぐに復唱して通信を送った。


(これでサフォークがミサイル攻撃を開始したら、同じようにミサイルを放ってくれるはずだ。いや、それ以前に各指揮官も同じことを考えているはずだ。味方を信じよう……)


 そして、掌砲手のクロスビーにミサイル発射の準備を命じた。


「三十秒後にファントムミサイルを一斉発射してくれ」


了解しました、中尉アイ・アイ・サー」とクロスビーは答え、自問自答をしながら、発射準備が完了していることを確認していく。


「第一発射管装填よし……第四発射管装填よし。全発射管装填確認。発射準備完了」


 そしてコンソールの横の時計を見ながら、カウントダウンをしていき、全発射管から同時にミサイルを放った。


「発射十秒前、九、……三、二、一、発射……全基発射よし!」


 すぐに通信兵曹のウォルターズが報告の声を上げる。


「ウィザード発射確認……ヴェルラム発射確認……ザンビジ発射確認……ヴィラーゴ発射確認……ファルマス発射確認……全艦ミサイル発射しました!」


 クリフォードはそれに頷き、各艦の指揮官が自分の意図を理解してくれたことに安堵した。



■■■


 軽巡航艦ファルマス13の戦闘指揮所CICでは、何度か至近弾が掠めたものの、弱った防御スクリーンでも艦に損害が出ていないことに満足していた。


 そして、敵からの攻撃を受けながらも、艦長であるイレーネ・ニコルソン中佐は旗艦で指揮を執るクリフォードを手放しで賞賛していた。


崖っぷちクリフエッジはさすがね。肝が据わっているわ。敵からの攻撃を受けても反撃を命じないなんて。確かに遠距離で攻撃してもエネルギーの無駄。いいえ、瞬間的とはいえ、主砲発射のタイミングでは防御スクリーンを開けなくてはいけない。僅かなリスクだけど、これは重要なことよ。でも、若い指揮官は往々にしてそれを忘れてしまう。そして、感情的に反撃を命じるの。彼にはそれがない。本当に凄い子ね……)


 一方でこの状況に危機感も抱いていた。


(今はまだいい。でも、この先が問題なのよ。相対距離が五光秒を切った後が……今のところ、どちらにも有効なダメージはないわ。でも、近づけば近づくほど、命中精度は上がるし、威力も上がっていく。敵重巡と軽巡の主砲の直撃を受ければ、サフォークといえどもダメージは免れない。そこに敵のミサイルが殺到したら……かわいそうだけど、サフォークが生き残るのは難しそうね……)


 彼女は情報士席に座る若いサミュエル・ラングフォード少尉を見て、軽く首を振った。


(サムにとっては友達が死ぬところを見ることになるわ。戦争なのだから仕方がないのだけど……)


 そして、サフォークを失った後のことを考え始めていた。


(サフォークが損傷したら、私に指揮権が回ってくる。いいえ、少しでも損傷した瞬間に指揮権を奪うのよ。その後はすぐにこの忌々しい訓練を終了させて通信と艦内を正常に回復させる……敵との戦闘中にそれをしなければならない。短時間での勝負ね……)


 彼女がそう考えていると、通信兵曹がやや興奮気味に報告を上げてきた。


「旗艦より通信です。B1ブラボー・ワンです。攻撃を開始せよ!」


 ニコルソン艦長は「主砲発射」と短く、戦術士に命じながら、次の展開を考えていた。


(相対距離が八光秒を切ったところで攻撃開始……よいタイミングだわ。私でもこのタイミングで攻撃を開始させる。ということは、次はミサイルね。ファルマスにはあと二発、一回分しか残っていない。このタイミングで撃ち込むか、更に接近してからにするか……ここは敵に少しでもダメージを与えることを考えるべき。いつ、ファルマスが沈むかもしれないんだから……)


 ニコルソン艦長は戦術士に「スペクターミサイルの発射準備は終わっているかしら」と確認する。

 戦術士から「完了しています。いつでも発射可能です」という答えが返ってきた。

 彼女は「了解」と答え、


「すぐにミサイル発射の命令が来ます。いつでも発射できるように心積もりをしておきなさい」


 戦術士がそれに了解と答えたとき、通信兵曹のやや怪訝な声がCICに響いた。


「旗艦より通信です。E1エコー・ワンです。旗艦に続け……です」


 自信無げにそう報告するが、ニコルソン艦長は「了解」と頷く。そして、メインスクリーンに映るサフォークの様子を見つめていた。


 サフォークがファントムミサイルを発射したことを確認すると、すぐに「スペクターミサイル発射!」と鋭く命じた。


 アルビオン王国軍の誇る大型ステルスミサイル、スペクターミサイルが発射管より射出された。二発のミサイルはファルマスの三倍以上の加速性能をもって敵に突進していき、メインスクリーンから消えていく。


 スペクターミサイルは敵分艦隊との戦闘でも活躍したように、三等級艦である巡航戦艦を一発で轟沈できる破壊力を持っている。


 その分、搭載基数が少ないため、使いどころが難しい。CIC要員たちはニコルソン艦長が迷いもなく、最後のミサイルの発射命令を出したことに驚いていた。

 サミュエルも同じように驚くが、ミサイルの到達予定時間を見て納得する。


(ミサイルの到達予定時間が敵との最接近の二十秒前か。良いタイミングだな。敵の防御スクリーンにミサイルで負荷を与えておき、主砲とカロネードで止めを刺すつもりか。考えたクリフも凄いが、あの“エコー・ワン”の命令で躊躇いも無く最後のミサイルを撃つ艦長も凄い……)


 そして、メインスクリーンには味方の駆逐艦からもファントムミサイルが発射されたことを映し出していた。


(どの艦の指揮官も優秀だな。いや、ニコルソン艦長に倣ったというべきか……僕が生き残ったとして、この人やクリフのような士官になれるんだろうか……駄目だ。今は戦いに集中しろ!)


 サミュエルは戦いに集中すべく、情報士コンソールの情報を確認していく。



■■■


 ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所CICで、一向に成果が上がらない戦闘に苛立ちながらも、まだ十分な余裕があった。


(敵は手負いの艦隊なはずだ。確かに重巡に損害はなかったが、それでももう少しダメージを与えることができたはずだ。敵の動きに計算されたものを感じるな……旗艦で指揮を執る士官が優秀だということか。まあいいだろう……)


 そこで次の展開を考える。


(……敵に通信手段はない。ならば、一斉攻撃は不可能だということだ。危険なのは、防御スクリーンにダメージを負った後の追加ダメージだ。逐次攻撃なら、防御スクリーンの回復時間を稼げるから、問題はない。あとは五光秒を切った後の攻撃だ。この距離なら、我が軍の方が火力は上だ。すれ違うまでに敵の戦闘力を奪えば問題はないだろう……)


 フェイ大佐は隊形を四角錘ピラミッド状に戻すことにした。


「各艦に命令。隊形を“スー”に変更。変更後は敵重巡に向けて一斉砲撃を加える」


 通信担当が了解を伝えた瞬間、敵の一斉砲撃がビアンを襲った。

 重巡からの攻撃に加え、軽巡と駆逐艦からも砲撃があり、防御スクリーンが白く輝く。

 敵の一斉攻撃がないと考えていたフェイ大佐にとって、信じ難いことだった。


(何が起きたのだ!? 敵は通信手段を失ったはずだ。いや、また何か新しい手を考えたのかもしれん……それにしても何をしておるのだ、うちの情報士官は!)


 そして、情報担当士官に対し、敵が対宙レーザーで通信していないか確認させた。


「敵が通信を行っている可能性があるぞ。敵の動向を注意しろと言ったはずだ! もう一度、解析を行ってすぐに報告しろ!」


 情報士官は確認していたと言い訳を呟きながら、再確認を始めた。

 そして、二十秒後、申し訳なさそうに報告を始めた。


「申し訳ありません。敵はごく短い文字を命令に使っているようです。旗艦から二文字程度の短いデジタル信号が出されていました」


 フェイは「二文字だと……暗号か……」と呟き、情報士官に敵の使った暗号の解析を命じた。

 フェイが暗号のことを考えようとした時、索敵担当が声を上げた。


「敵全艦、ミサイル攻撃を行った模様! 敵ミサイルの航跡は確認できません!」


 フェイはその言葉に「到達推定時刻を報告せよ!」と強い口調で命じた。

 索敵担当は焦った自分を恥じたのか、少し赤い顔で「最大加速度と想定した場合、五十秒後です」と報告した。


(五十秒後か……最も激しく撃ち合っているタイミングだな。敵は六隻、最大十四発か……厄介だが、撃ち落とせん数ではない……)


「こちらも駆逐艦にミサイル発射させろ。よし! 隊形スー完了だな! 敵に一斉砲撃を加えろ!」


 ゾンファ偵察戦隊の三隻の駆逐艦が六発のミサイルを発射し、重巡ビアン、軽巡バイホを含めた五隻の戦闘艦が攻撃を開始した。

 粒子加速砲から光速付近まで加速された様々な粒子が、四角い柱を形作る。それは美しいオベリスクのようだった。

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