第5話

 宇宙暦SE四五一三年十二月。


 コパーウィート提督の次席副官になってから半年ほど経った頃、ある公爵の主催するパーティに随行したクリフォードは、ほぼ一年振りにヴィヴィアン・ノースブルック伯爵令嬢と再会した。


 それまでの一年間もメールなどで交流はあったが、提督の副官という休みのない職務とマスコミによる過剰な取材から彼女を守るという理由で、直接会うことを避けていたのだ。


 十七歳になった彼女は一年前より女性らしく、そして更に美しくなり、多くの若い男性に囲まれている。


 彼はヴィヴィアンを見つけると、「ご無沙汰しております、ミス・ノースブルック」と声を掛けた。


 クリフォードの声に驚いた彼女は、「ミスター・コリングウッド! 本当に……」と言葉を失うが、すぐに上流階級の令嬢らしく、優雅な仕草で応える。


「ごきげんよう、ミスター・コリングウッド。ご活躍はお聞きしておりましてよ」


 彼女は僅かに頬を上気させながらクリフォードを見つめる。

 彼女の隣には、四十代後半の紳士が立っていた。


「ほう、君があの有名な“崖っぷちクリフエッジ”のコリングウッド少尉かね」


 立ち居振る舞いからは想像できないほど、気さくに話しかけられ、クリフォードは少し面食らっている。

 ヴィヴィアンの非難するような視線を感じたのか、すぐに謝罪の言葉を付け加えた。


「これは失礼。私はヴィヴィアンの父、ウーサーだ。もちろん、ペンドラゴンではないよ。ははは、冗談だ。ウーサー・ノースブルックだ」


 笑いながら、右手を出してくる。


(アーサーの父だから、ウーサー・ペンドラゴンか……アーサーさんが笑い話にしたくなる気持ちが分かる気がする……)


 クリフォードはそのノリについていけず、固まった表情のまま右手を握り返す。


「クリフォード・カスバート・コリングウッド少尉であります。第一艦隊司令官コパーウィート閣下の次席副官を拝命しております」


 ノースブルック伯と挨拶をすると、彼の後ろにいつの間にかコパーウィート提督が立っていた。そして、笑顔でノースブルック伯に話しかける。


「ノースブルック伯、クリフと面識がおありですかな?」


「娘が少尉のファンなのですよ、提督。いつも少尉の話を聞かされておりましたからな。一度、話をと思っておったのですよ」


 初めてヴィヴィアンに会った頃は知らなかったが、ノースブルック伯は連邦下院の大物で、次期財務卿の最有力候補、更には首相にすら手が届くと言われている政治家だ。


 クリフォードはノースブルック伯のごく自然な感じの人当たりの良さに、さすがは人気の高い政治家だと感心する。


 コパーウィート提督としては、政界進出に是非ともコネクションを作っておきたい人物だったようで、しきりに伯爵に話しかけていた。

 その横でクリフォードは、久しぶりに見るヴィヴィアンの姿に見とれていた。


(以前より落ち着いた感じになった気がする。まさに貴婦人レディと言った感じだ。前に会った時は少し子供っぽかったような気がするけど、このくらいの歳の女性は一年でこれほど変わるんだな)


 彼に見つめられていることにヴィヴィアンも気付いている。


(クリフォード様が見つめているわ。どこかおかしなところがあるのかしら? 昔のように二人になれる場所はないかしら?)


 コパーウィート提督がその雰囲気を感じ、助け船を出す。


「伯爵がクリフにご興味があるのなら、一度、お屋敷に伺わせましょう。クリフ、君に問題はないな」


 クリフォードは「はい、提督イェッサー」と真面目に答えるが、内心では公務で彼女のもとを訪れる機会ができ、喜んでいた。


「それは楽しみだね。ミスター・コリングウッド。近いうちに招待するよ」と伯爵も笑顔を見せる。


 そして、伯爵は「娘のエスコートを頼むよ。少尉」と言って、提督とともにサロンの一画に向かった。


 残された形のクリフォードとヴィヴィアンは顔を見合わせ、どうしていいものかと途方に暮れる。


「行ってしまわれましたね」


「そうですわね。本当にお父様ったら……」


 二人はそう言うと同時に顔を見合わせ、噴き出した。



 一週間後、クリフォードのもとにノースブルック伯爵からの招待状が届く。

 コパーウィート提督に許可を貰いに行くと、いつもと違い、神経質そうな表情を見せた。


「くれぐれも伯爵の機嫌を損ねぬようにな。ああ見えても伯爵は海千山千の政治家なのだ。言動だけじゃなく、行動にも十分注意してくれたまえ。帰ったらすぐに私のところに報告にくるのだ。分かったな」


 更にバントック少佐にも伯爵邸に行くことを告げると、意外な助言を受ける。


「伯爵と提督に利用されないよう十分に注意なさい。あなたの名声はあなたが思っている以上に大きいわよ。特に王太子殿下に目を掛けられているだけで、政治的にはとても価値があることなのだから。そろそろ分かってきているとは思うけど、特にご令嬢との関係には注意しなさい」


 ヴィヴィアンに逢えるという高揚した気分が一気に冷めていく。


(政治的に十分に価値がある……僕に? 二十歳になったばかりの若造の僕に利用価値か……確かにの僕なら、ノースブルック伯にとっていい宣伝材料になるかもしれない。次期国王陛下になられる王太子殿下の覚えが目出度い僕なら、ヴィヴィアンとの結婚なんて話が出ればマスコミはこぞって報道するだろう。どうやって利用するかは別として、それをうまく利用できれば伯爵の内閣入りに有利になる……提督にとっても同じだ。このことで将来の首相候補に恩を売れれば、政界入りに有利に働くだろう……まあ、半人前の僕にそれだけの価値があるとしての話だけど……)


 半人前という自覚のある彼は自分が政治に巻き込まれることに戸惑っていた。



 十二月二十二日。

 クリフォードは惑星ランスロットの首都チャリスにあるノースブルック伯爵邸に向かった。

 伯爵邸は美しい庭園のある大きな屋敷で、田舎の自分の実家とは比べ物にならないなと思いながら、門番に訪問を告げる。


 中に通され、伯爵と息子のアーサー、娘のヴィヴィアンと会食をするが、政治向きの話は一切なく、更にヴィヴィアンとの今後の話も出ることはなかった。


 緊張していた彼は帰り際に心の中で安堵の息を吐くが、最後の伯爵の言葉に冷や水を掛けられる。


「君に含むところは一切ない。だが、我がノースブルック家は代々国政に関わる家なのだ。の君では、ヴィヴィアンとの交際を認めるわけにはいかない。理由は分かるかね?」


 彼は突然の質問にパニックに陥り掛けるが、何とか立て直す。


「はい。今の私は虚構の上に立っているだけの道化に過ぎません。表層だけ見れば利用価値はあるでしょうが、私が何かミスを犯せば、手の平を返したように叩かれるでしょう。高く持ち上げられたものが落ちると衝撃はその分大きいですし、近くにいるものにも被害が及びます」


 伯爵は「ほう」と小さくもらして意外そうな顔をしたが、すぐにいつもの人好きのする顔に戻していた。


「そうか……娘のことはともかく、たまには遊びに来なさい。君なら歓迎するよ、クリフォード君」


 ファーストネームを呼ばれて驚くが、そのまま敬礼をして屋敷を出て行った。


(一応、落第じゃないって感じかな。いつもの“崖っぷちクリフエッジ”状態と同じか。まあ、自分の中のヴィヴィアンに対する気持ちがはっきりしていないし……可愛いと思うし、いいだなとも思うけど……恋愛は難しいな……)


 司令部に帰り、コパーウィート提督に報告をする。

 彼は正直に、現段階ではヴィヴィアンとの交際は拒否されたこと、但し、屋敷に遊びに来るよう言われたこと、伯爵にファーストネームで呼ばれたことを話していく。


「そうか……伯爵から招待があった場合は、よろしく言っておいてくれたまえ。うむ……」


 提督はクリフォードを下げさせると、一人で今後のことを考え始める。


(コリングウッドはうまくやっている。だが、伯爵は私の考えを理解しているようだな。あとは自分の力次第ということか……ということは、コリングウッドとヴィヴィアン嬢との話がスキャンダルとして取り上げられるとまずい。少し早いが、宇宙そらに上げるか……)


 クリフォードは少尉任官から僅か九ヶ月後の宇宙暦SE四五一四年三月一日に中尉に昇進した。


 そして、第五艦隊第二十一哨戒艦隊C05PF021の旗艦HMS-D0805005、サフォーク05の舷門ギャングウエイの前に立っていた。

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