第25話

 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間一〇〇〇。


 ゾンファ軍クーロンベース司令のカオ・ルーリン准将は部下たちから報告される情報を聞き流していた。

 ベースの損害は一部のセンサー類とドック内設備に留まり、エネルギー供給、防御スクリーン、制御装置類など主要な設備に損傷はなかった。


 しかし、ドック内の設備は超光速航行機関FTLD調整設備と大型マニピュレータ三基が完全破壊、外殻補修用自動溶接機二台が機器本体に損傷、燃料補給口は二ヶ所とも損傷、更にFTLD調整装置と通常空間航行用機関NSD調整設備の制御装置が完全に破壊されている。


 技術要員の報告ではベースにある資材では完全復旧は不可能。資材の補給を受けたとしても一ヶ月は使用できないという。


 カオ司令は既にこのベースのことは眼中になかった。

 彼は自分のキャリアを守ることだけに頭が向いていたのだ。


(ベースなどどうでもいい。どうせ二ヶ月程度しか使うつもりがなかった囮に過ぎんからな……燃料は別途ラインを設ければ何とかなる……だが、このまま何の手柄もなく、ここを放棄すれば参謀本部、ひいては軍事委員会の覚えが悪すぎる……何か、何でもいいから手柄が必要だ……)


 彼は必死に自分にとっての最善の策を考えていた。

 その時、P-331のグァン・フェン副長から通信が入る。


「こちらP-331。出撃準備の完了は約三十分後です。ワン艦長の容態は……」とここまで報告した時、カオの声が割り込む。


「了解した。できるだけ早く準備を整えてくれ。ああ、艦長は指揮を執れる状況にないな。現地司令官の権限で君を艦長に昇進させる。グァン艦長、P-331の指揮を頼むぞ」


 彼は戦時規定を持ち出し、副長であるグァン・フェン中佐を大佐に昇進させた上、代行としてではなく、艦長に任命した。


 ワン艦長との確執が無意識にそうさせたのだが、グァン・フェンを懐柔しようとする意図の方が強かった。

 その言葉を聞き、ワン・リーに心服しているグァン・フェンは、込み上げる怒りを抑え、


「了解しました、司令。戦時規定に基づき、臨時・・で艦長を勤めさせていただきます」と答えるだけに留めた。


 カオはグァン・フェンを懐柔できたと勘違いしたまま、自分の考えに没頭していく。


(P-331でスループを沈める。敵の侵入部隊はまだ小惑星上でうろうろしているだろうから、敵の搭載艇を破壊すれば降伏するだろう。ゾンファ我が国の痕跡をクーロンから消した上で捕虜をここの要員に見せかければ、アルビオンとヤシマの関係にひびを入れるきっかけにできるかもしれない。うん、この考えはいけるぞ……うふふふ……)


 彼は不気味な笑みを浮かべながら、ベース内にある汎用艇の発進準備を確認した。


「汎用艇の発進準備はどうなった?」


「発進準備はあと十分ほどで完了します」とオペレータからの報告が上がる。


「このままだと敵スループに撃ち落される可能性があるな。発進準備完了次第、スループの死角に入るタイミングに合わせて発進させろ! 目標は敵搭載艇だ。小惑星上のどこかに隠してあるはずだから発見次第破壊させろ!」


 彼は二隻ある汎用艇K001とK002の発進を命じると、敵スループ艦の動向を確認することにした。


■■■


 標準時間一〇一〇。


 通商破壊艦P-331の副長グァン・フェンはカオ司令に状況を報告したあと、苦い顔で戦闘指揮所に立っていた。


(あの“クソ”エリートは何を考えているんだ! ドックが破壊されたのも艦長が怪我を負われたのも自分のせいだと気づいていないのか! 艦長の容態は無視しやがるし、俺を勝手に昇進させる。こんなことをすれば乗組員の士気が下がると思わないのか……)


 P-331はワン艦長の下で敵の支配地域などで長年苦楽を共にしてきている。


 ワンは剛毅だが、部下たちの信頼が厚く、独特な雰囲気、カリスマ性を持っていた。彼のためなら死んでも悔いはないと公言する兵は多く、甲板長のチャン・ウェンテェンなどはその筆頭だ。


 グァン・フェンは自分の能力に自信を持っているが、艦長ほどのカリスマ性を持っていると思うまでには自惚れていなかった。


 更に自分は攻勢には強いが守勢に弱い性格だと思っている。艦長からもよく言われたが、直すことはできないし、直す必要もないと思っていた。


(このタイミングで敵スループの攻撃を受けつつ、ベースから発進するか……さすがに防御スクリーンなしで攻撃を受ければ重大な損害を蒙るはずだ。だが、敵スループもベースを攻撃している以上、自慢の機動性を生かすことは出来まい。勝機は充分にある……)


 彼は既にやる気になっており、いつもならそれを嗜めるワン艦長はここにいない。


(スループを沈めれば、国に帰れるだろう。それほど分がいい賭けではないが、賭ける価値はある。どうせここにいてもジリ貧だしな……)


 彼は戦闘指揮所の士官たちからベース発進時の手順を確認するため、ゆっくりと指揮官シートに身を預けた。



■■■


 P-331が発進準備を進めている頃、アルビオン王国軍のスループ艦ブルーベル34はゾンファ軍のベースに攻撃を加え続けていた。

 攻撃は既に四時間を超えているが、敵にダメージを与えることはできていない。


 ブランドン・デンゼル大尉率いるベース潜入部隊から未だ連絡はなく、ふねは敵ベースのドック入口を狙える位置で回避運動を繰り返していた。


 艦長のエルマー・マイヤーズ少佐は戦闘指揮所CICの艦長席からその様子を静かに眺めている。

 しかし、その表情は硬く、必要以上の言葉を口にしなかった。


 戦術士タコーのオルガ・ロートン大尉は、この不毛とも思える攻撃に既に嫌気が差していた。しかし、潜入部隊の支援のために必要なことだと充分に理解している。


(あと何時間こんなことを繰り返さなくてはいけないんだ? 予定通りなら、ブランドンがもうそろそろ結果を見せてくれるはずなんだが……)


 彼女はこの攻撃が始まってから何度目かの回避パターン変更指示を操舵長コクスン掌砲長ガナーに出した。


 情報士のフィラーナ・クイン中尉は敵ベースの動きを注視していた。

 しかし、敵ベースは亀のように守りを固めるだけで、何のリアクションもない。そのため、得られる情報は全くと言っていいなかった。


(これで敵が反撃でもしてくれれば解析のしようもあるのだけど……)


 彼女がそんなことを考えていたとき、艦の人工知能AIのメッセージがディスプレイに表示された。


『潜入部隊が侵入した点検通路付近において小惑星表面物質の微量な乱れを確認』


 彼女はその部分をクローズアップさせ、乱れが発生した瞬間の映像を解析するようAIに指示した。


『通路から気体が漏洩した確率九九・九九パーセント以上』とすぐに表示される。


「潜入部隊の侵入箇所より気体の流出痕跡を確認! 何者かがベース内から出てきたと思われます!」と大声で報告した。


 マイヤーズ艦長は艦長席から腰を浮かし、「可能な限りその地点の解析を急げ」と静かに命じ、すぐに腰を降ろして元の表情に戻す。


 マイヤーズ艦長はCIC要員に対し、命令を発した。


「敵が何らかのアクションを起こすかもしれない。各員は即応できるよう注意しておいてくれ」


 それに対し、CIC要員は「「了解しました、艦長アイ・アイ・サー」」と答えたあと、敵の動きに対応できるよう手順などを再確認していく。


(ブランドンたちならいいのだが……敵が現地を確認するために出てきた可能性もある。ブランドン、みんな、無事でいてくれ……)


 艦長は冷静な表情を崩さないが、心の中では潜入部隊の無事を祈り続けていた。



 解析を続けていたクイン中尉はなかなか集まらない情報に焦りを感じながら、部下と人工知能AIを使い、必死に解析作業を行った。しかし、四十分経ったにもかかわらず、芳しい結果は得られていない。


 そんな時、部下の一人から味方からの通信を拾ったとの報告が上がってきた。

 すぐに自分でも確認し、その内容に驚きながら艦長に報告する。


「艦長、報告します。先ほどの潜入地点から通信が入っています! 潜入部隊のニコール中尉です! ノイズが激しいため補正を掛けています」


「こちらは……ガガ……です。敵ベースの……ドック設備を破壊……二ヶ月間は使用不能……任務は成功し……ガガ……デンゼル大尉が負傷、戦死者九名、負傷者……ガガ……アウル1は……候補生が……更に敵の情報入手に成功……」


 ところどころ通信が途切れるが、任務の成功が報告された。

 その瞬間、CIC内に歓声が上がるが、戦死者九名という言葉にすぐに歓声は収まる。


 マイヤーズ艦長は、「よくやった中尉!」と明るい声で言い、「クイン中尉、アウルはまだか」と確認する。


「アウルの識別信号は未だ確認されておりません……」とクイン中尉が答える。


「よし。潜入部隊を拾ったら、キャメロットに帰るぞ! だが、油断はするな! 敵が自暴自棄になる可能性がある。最後まで気を抜くな!」


 艦長の言葉にCIC内の空気は再び引き締まった。

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