第23話

 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間〇九四〇。


 時はクリフォードらがエアロックを出た時に遡る。


 ゾンファ軍通商破壊艦P-331の甲板長チャン・ウェンテェンに率いられた別働隊はドックに侵入したアルビオン軍を殲滅するため、制御室につながる常用エアロックに向かっていた。


 目的地は彼らの場所から見て円環状の通路の対角にあった。その距離は約500メートル。

 チャン甲板長らはベースの武骨な通路を全力で駆けていく。


 すぐに常用エアロックからドック外周通路に出てくる敵を見つけた。

 チャンは獰猛な笑みを浮かべながら、吠えるように射撃を命じる。


「全員、近くの遮蔽物を確保したら撃ちまくれ! 生きて返すなよ!」


 彼は下士官上がりの叩き上げだが、それほど好戦的な性格ではない。しかし、部下たちを鼓舞するため、更には主制御室MCRで聞いているであろうカオ・ルーリン司令に聞かせるため、あえて好戦的な軍人を演じている。


(奴らを釘付けにできれば、艦長が後ろから回り込める。幸い負傷者を運んでいるようだから、簡単には動くことはできまい……)


 彼の予想はすぐに裏切られる。

 ドック内にいた狙撃兵が間断なく銃撃を加え、身を乗り出しすぎた不用意なこちらの兵を確実に撃ち倒していく。


 二人が倒されたところで、味方の兵たちが一瞬怯んだ。そのため、加えていた銃撃が僅かに弱まってしまう。

 次の瞬間、敵兵たちは一気に飛び出し、勢いよく通路を押し進んでいった。


「逃がすな! 撃ちまくれ!」とチャンは必死に叫ぶが、その間にもまた一人、狙撃兵の餌食になった。


 敵が通路を進む三十秒の間に、何発かは命中したが、百メートル以上の距離と狙撃兵の存在が味方の命中精度を下げ、有効な射撃とは言い難かった。


(まあいい。艦長の命令も“兵を無駄にするな”だった。狙撃兵に撃たれた兵も致命傷ではなさそうだし、奥に逃げた敵を抑えることに専念すべきだろうな)


 そこまで考え、ただ一人通路に残って反撃を続ける敵兵を見た。


(だが、あの狙撃兵だけは逃がしたくないな。奴のおかげでうちの乗組員が何人も怪我をさせられた。艦長が出てくるまで釘付けにしておけば始末できるだろう)


 そこで部下たちに命じた。


「あの狙撃兵は逃がすなよ。奥に行った奴らの動きも見逃すな」


 そろそろワン・リー艦長が合流するだろうと考えた時、百五十メートル先の保守エリアに逃げ込んでいたはずの敵兵たちが、突然激しい攻撃を開始する。

 そして、くだんの狙撃兵が通路に飛び出していく姿が見えた。


 彼が命令するまでも無く、部下たちは味方に損害を与え続けた狙撃兵に向けて、銃撃を加えていく。しかし、奥の敵からの攻撃が激しく、なかなか命中しない。

 一度だけ、狙撃兵の左肩に命中したが、転倒することなく走り続けている。


「狙撃兵だけに拘るな! 反撃してくる敵にも銃撃を加えろ!」


 彼はここに至り、敵の戦力を少しでも低下させるため、敵の負傷者を増やすことを考えた。しかし、距離が遠いことが災いし、有効な損害が与えられたという確証は得られなかった。

 彼は指揮官であるワンに指示を仰ぐため、通信回線を開く。


「ワン艦長、聞こえますか。敵はH点検通路の保守エリアに逃げ込みました。指示をお願いします」


 すぐにワン艦長から指示が届く。


「敵の反撃に注意しながら、できるだけ前進しろ。ようやく常用エアロックが使えそうだ。あと二分で……」


 突然、艦長からの通信が切れ、ベースの床にドーンという衝撃が響く。


「ドック常用エアロック損傷! 与圧区域減圧中! エリア一斉隔離信号AIS発信!……」というAIの中性的な音声が響いていた。


「ワン艦長! ご無事ですか! 応答願います!」


 その時、敵兵たちが次々とH点検通路に逃げ込む姿が目に入った。


「全員、通路に出て奴らを撃ち殺せ! 艦長がやられた! かたきを討て!……」


 彼はそう叫びながら通路に出ると、銃撃を加えながら敵兵に向かっていく。

 一瞬遅れるが、部下たちも同様に走りながら銃撃を加えていった。


 一人の敵兵の背中をビームが貫く。その敵兵は崩れるように、その場に倒れ伏した。

 更に二人の敵兵にもビームが命中し、通路に転がるが、すぐに仲間が手を貸し、脇目も振らず通路を逃げていく。


 それでも有効弾が出始めたことに、チャンは敵にダメージを与えられると楽観していた。しかし、無情にも点検通路の入口にある重々しい緊急用シャッターが降り始める。

 シャッターが完全に閉まると、チャンたちは敵に逃げられた悔しさから、口々に悪態をついていた。


 チャンはMCRに「敵兵がH点検通路に逃げ込んだ! 緊急用シャッターを開放してくれ!」と怒鳴る。


 MCRからは、「AIS信号リセットに時間が掛かります。五分待ってください」という緊迫感の欠けた答えが返ってきた。


 彼はその声に脱力し、「了解した」と答えた後、ワン艦長たちの状況を確認し、愕然とする。



■■■


 標準時間〇九四五。


 通路で激戦が繰り広げられている頃、通商破壊艦P-331艦長ワン・リーは閉じられた常用エアロックの前で主制御室MCRからの遠隔操作を待っていた。


(何をしているんだ。これなら非常用エアロックから走った方が速く行けたんじゃないか。それとも何かトラブルか?)


 彼はそう考え、MCRに連絡を入れる。


「MCR、こちらワン・リーだ。エアロックの状況と開放の見込みを教えてくれ」


「艦長、連絡が遅れすいません。現在システムリセットが完了したところです。あと一分待ってください」と早口でしゃべるオペレータの回答が返ってきた。


 彼は「了解した」と答えた後、ある不安が過った。


「ところで敵の置き土産は確認しているんだろうな?」


「置き土産? ああ、トラップですか……すみません、エアロック内は敵にセンサー類を無効にされたので確認できません……」


 彼はそれを早く言ってくれと苦笑する。


「我々は非常用エアロックに回る。常用エアロックの開放は不要だ」


 その時、カオ司令の甲高い耳障りな声が割り込んでくる。


「艦長、常用エアロックを使え! 敵は減ったとはいえ、まだ十名以上が戦闘可能なようだ。チャン・ウェンテェンの班では人数的に無理がある。多少のリスクは許容してもらう」


 その言葉にワン艦長は一瞬、怒りの言葉を吐き出しそうになった。


(安全なMCRから多少のリスクは許容しろだと! 人が足りないならMCRの護衛から回せばいい!……お前の指揮が悪いからこんな状況になったんだろうが!)


 何とか怒りを爆発させずに「了解しました。常用エアロックを使います」とだけ答え、通信を切る。


「ドック側扉開放時は遮蔽物の後ろに身を隠しておけ」と部下たちに命じると、ドック側の扉がゆっくりと開放されていく。


 彼は部下数名と共にエアロック内の確認に向かった。

 部下の一人がエアロックの中に入ると、エアロックの扉が吹き飛ぶように爆薬が仕掛けられていることを発見し、報告してきた。


「艦長! 爆薬です! 扉が吹き飛ぶように設置されています。遠隔方式だと思います!」


 彼はその言葉を聞くと、すぐに全員に退避の指示を出した。


「全員、退避! お前もすぐにエアロックから出ろ!」


 彼がそう言い終わった瞬間、エアロックで眩い閃光が走り、分厚い扉が彼に向かって迫ってきた。

 彼はその場を逃れようとするが、大型コンテナとエアロックの扉に挟まれ、戦闘用装甲服ごと押し潰される。


 それを見た部下たちが救出に向かうが、彼の装甲服の生命維持装置は破損しており、バックアップシステムに切り替わったことしか確認できなかった。

 部下たちはすぐに非常用エアロック側に彼を運び、破片が飛び交うドックから脱出しようとした。


■■■


 カオ司令はシートから立ち上がって、使えない部下たちに怒りをぶちまけていた。


 そして、ようやく使えるようになる常用エアロックをワン艦長が使わないと言ってきたことが、彼の怒りに油を注いだ。

 その怒りに任せ、強引な手段を採るよう命じていた。


 彼は自分では冷静に命じているつもりだが、声は裏返り、誰の目にも逆上していることが明らかだった。

 ワン艦長からの了解の言葉を聞き、ようやく司令席に身を沈める。


 オペレータが「常用エアロック開放」という言葉を聞いた十秒ほど後、爆発による微かな床の揺れと与圧区域が減圧中であるというAIの中性的な声を聞き、呆然としていた。


 オペレータたちが叫ぶように報告する各種警報名と各エリアの気圧などのパラメータを読む声が耳に入って来るが、彼には何が起こっているのか理解できていなかった。


「司令! エリア一斉隔離信号AIS発信しました! 全与圧エリア非常用隔壁扉及び緊急用シャッター閉鎖中! ドック常用エアロックが爆破されました! 指示をお願いします!」


「チャン・ウェンテェン甲板長より、敵がH点検通路から脱出を開始したとの報告です。現在、交戦中! 指示願うとのことです!」


「ワン艦長の部下より、艦長が負傷したとの連絡あり! ドック内から退避するとのことです! その後の指示を頼むとのことです!」


 次々と求められる指示に彼は完全に我を見失っていた。


「マニュアルに従い、対処せよ」とだけ呟き、再びシートに座り込む。


「そのようなマニュアルは存在しません!」という部下たちの悲鳴に近い叫びが響くが、彼は適切な指示を出すことができない。


 仕方なくオペレータたちは自らの判断で指示を出していった。


(何が起こっているんだ? これは夢だ……私がこんな目に逢うはずがない……これは夢なんだ……)


 彼が自らの殻の中に逃げ込んでいるとき、P-331のグァン・フェン副長から通信が入った。


「こちらはグァン・フェンです。P-331は無傷です。艦長をふねに収容してもよろしいでしょうか?」


 グァン副長はワン艦長を収容したいと具申したつもりだったが、カオ司令にとっては“P-331は無傷”という情報だけが聞こえていた。


「そうだ。まだP-331がある。これで敵のスループを沈めれば……アルビオンが再びここに来るまでに商船を拿捕すれば脱出も可能だ……そうだ、P-331だ……」


 そう呟いた後、グァンに命令を出した。


「グァン副長、ワン艦長は負傷した。よって、君がP-331の指揮を執ることになった。敵のスループを沈めて、かたきを討つぞ! すぐに出撃準備をしろ!」


 そして、H点検通路で待機しているチャン甲板長にすぐに艦に戻るよう命令する。


「逃げた奴らはアウルとかいう搭載艇で脱出するつもりだろう。アウルの戦闘力は……大したことはなかったな……よし、汎用小型艇で撃ち落してやる……」


 彼は血走った目で汎用小型艇の発進準備を命じた。

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