第2話
ブルーベル34号はフラワー級
その最大の特徴は長い作戦行動期間と強力な推進装置だ。
無補給で最大三ヶ月間行動可能であるため、中立星系での長期に亘る哨戒任務に就くことが多い。
最大加速度も六kGであり、これに匹敵する加速性能は軽巡航艦と駆逐艦、そして高機動ミサイル艦しかない。同じ加速性能なら先に逃げを打てば、相当不利な状況で無い限り逃げ切れる。
その一方で主兵装と
主砲である一テラワット級荷電粒子加速砲は荷電粒子の注入に掛かる時間が長く、連射が困難であると共に、同サイズのコルベットと比べると出力は半分以下でしかない。
また、アクティブ系探知装置が貧弱であることにより、
ブルーベル34の機関長、デリック・トンプソン機関大尉は愛する主機=六百五十ギガワット級デュアルパワープラント(DPP)の点検に余念が無い。
DPPは二つの
彼は先任機関士のトーマス・ダンパー兵曹長とDPPに繋がる四
「
ダンパーが“穴蔵”に入りながら、そう声をかけてきた。
「だが、安心するなよ、トム。
「チーフは心配し過ぎですよ。トリビューンでしょ。キャメロットからたった十一パーセク(三十六光年)しかないんですから」
トンプソン大尉はブルーベル34で二番目に年長の三十九歳。若手の多いスループ艦では珍しく、妻と二人の子供がキャメロットにいるが、本人はほとんど家を空けていた。
「まあ、そう言うな。“
「待って下さい! チーフのその話は長いんですよ。俺じゃなくてもっと若い奴にしてやって下さいよ。それじゃジャンプまで
ダンパーは逃げるように穴蔵から抜け出し、CRに向かっていった。
(俺も昔のチーフと同じになってきたかな。若い奴に逃げられるようじゃ……)
彼はもう一度DPPの数値をチェックしてから、立ち上がった。
ブルーベル34の主兵装は主砲である一テラワット級荷電粒子加速砲と、二トン級レールキャノン、通称カロネードが二基だ。
荷電粒子加速砲は電子を限りなく光速に近くなるまで加速し、その運動エネルギーによって敵艦にダメージを与える兵器である。
「テッド! コイルの電圧のバラツキが大きすぎるぞ! 〇・一パーセント以内に抑えろって何度言ったら分かるんだい!」
グレンはベリーショートの黒髪を振り乱して、パーマーに怒鳴っている。
「そりゃ無いですぜ、ガナー。艦隊のマニュアルじゃ、偏差は〇・二五パーセント以内なんです。コンマ一なんざ、どだい無理だって」
グレンは自分より頭一つ大きいパーマーの胸倉を掴み、顔を極限まで近づけ、「つ・べ・こ・べ・言・う・な」と唾を飛ばしながら、単語を区切って言い聞かせていく。
パーマーは諦め顔で若いエリソンと共にコイルの下に潜っていった。
(仕事はできるんだが、まだムラがあるね。掌砲長には後五年は掛かるかね)
グレンは彼の姿を見て内心では肩を竦めるが、准士官らしく大きな声で怒鳴る。
「さっさとやりな! あたしがやったら〇・〇五パーセント以内になるんだ。やる気がありゃできるんだよ!」
グレンはそれだけ言うと、自らはカロネードの点検に向かった。
パーマーは、コイルの下で若い女性兵であるエリソンに話しかけていた。
「いや、グロリア婆さんはほんとにうるさいわ。女もああなったらおしまいだぜ」
そして、グラスを上げる仕草をしながら「非番の時にどうだい?」とエリソンを誘う。
「そんなこと言っちゃ、駄目ですよ。掌砲長もまだ独身のレディなんですから」
彼女はグレンに聞こえるのが心配なのか、小さな声でそう囁き、「予定が詰まってますから」とパーマーの誘いを断った。
そして、「掌砲長を誘ってあげたらどうですか? 結構美人じゃないですか」とクールに話を振っていく。
エリソンがそう言うと、パーマーはこの世の終わりが来たような大げさな表情をしながら、
「おいおい、
「そうですね。掌砲長も掌帆長が
パーマーが更に話を続けようとした時、グレンの怒鳴り声が再び響く。
「いつまでコイルの下でいちゃついているんだい! さっさと仕事しないと超過勤務を言いつけるよ!」
二人はその声を聞き、慌ててコイルの再調整作業を始めた。
ブルーベル34には多目的艇である“
アウル1は全長三十メートルで、
加速性能は二kGと他の搭載艇に比べ低いが、高性能のステルス機能を持ち、かつ大気圏突入能力も持つ優秀な多機能艇であった。
彼はブルーベル34の最年長の乗組員であり、十八歳で軍に入ってからの二十四年間、ほとんどを艦で過ごしている。
思慮深く、ほとんど怒鳴り声を上げないが、艦内でも一、二を争う腕っ節の持ち主で、上陸した際に酔っ払って暴れていた若い兵士を二人まとめて
(この
彼はランチの下に回り、脚部や噴射口の状態を確かめていく。
「グレッグ! ガイ! 八番口を交換しておけ! このままだと焼き切れるぞ!」
「「了解、ボースン!」」
二十代半ばと思しき若い兵士の声が格納庫に響く。
(俺が最年長かよ。まだ四十二だぜ。しかし軍ももう少しベテランを残してくれれば楽になるんだがな……)
アルビオン軍の下士官兵は技術を身につけると退役し、待遇のいい商船乗りになることが多い。特に結婚適齢期の二十代後半で退役する者が多く、三十代のベテランが少なくなっている。
軍にいれば、母港に戻ってくるのが半年後などというのはざらで、戦時には周辺星系への哨戒任務や同盟星系への派遣などで一年近く戻って来られないこともある。
ダットンも准士官のご多分に漏れず、独身であり、年金がつく二十年を過ぎたことから、そろそろ退役しようかとも思っていた。
(辞めてもやることがねぇんだよな。女房を貰って子供を作ってっていうのも別の世界の話みてぇだし……)
(しかし、今度の
同じガンルームにいる士官候補生クリフォード・C・コリングウッドは今までみた候補生と違い、准士官たちに取り入ることも無く、逆に構えることも無い。
あくまで自然体といった感じで、五年前に退役した父親リチャード・コリングウッド艦長の噂から考えていたイメージと異なることに戸惑っていた。
(まあ、そのうち分かるだろう。見た感じはいい士官になりそうなんだがな)
彼はそう思いながら、更に点検を進めていった。
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