第150話 9章:ラブレターフロムギリシャ(7)

 勝負の場所は海岸だ。

 リゾート地にも負けないきれいな砂浜が広がっている。

 足場は悪いが、地面に叩きつけられた際のダメージは、土や岩場に比べれば小さいだろう。


「神器の使用は可! ただし、大怪我はさせないこと! 治癒能力者はいるが、骨折までは治せないからな。本番の作戦前に戦力が減るようなことのないように!」


 教官からの説明はそれだけだった。

 互いに満足いくまで戦えということだろう。


「私から行っていい?」


 前に出たのは由依だ。


「ケンカを売られたのはオレだが」

「カズが戦ったらみんなだまっちゃうでしょ。私の力も見せておかないと、この先やりにくそうだもの。ああいう人達にはね」


 そう言って、由依はパチンとウィンク。


「かもしれんな」


 オレは肩をすくめつつ一歩下がってみせた。

 張り合うのもバカバカしいと思っていたが、こういった実力で上下関係が決まると考えている手合いには、力をはっきり見せておいたほうがいいだろう。


「おいおい、彼女に戦わせてボーイは見学か?」


 挑発してくるアクセルだが、弱い犬がギャンギャン吠えるのにいちいち腹を立ててなどいられない。


「由依が勝てる相手なら、オレも勝てるからな」


「聞き捨てならないわね」


 そこに割って入ったのは、目つきのするどい赤毛のショートカットの女性だった。

 歳は二十そこそこ、軍服の上からでも鍛え抜かれた体なのがわかる。


「女に負けるなら戦うまでもないってこと?」

「オレは由依より強い。ただそう言っているだけだ」

「女は男より弱いと言いたいのね! いいわ、アタイがその娘に勝って、あなたをひきずりおろしてあげる!」


 うわーお、こっちの話を聞く気ゼロだな。

 この時代に女性で軍に入ることの大変さというのはオレにはわからないが、ねじれまくってるなあ。


「じゃあ私があなたと戦って、カズはアクセルさんと戦うというのでどう?」


 由依の提案に全員が同意した。


「アタイはアマンダ。アンタが泣くまで攻撃をやめないからね。わざわざここに呼ばれるくらいだ。神器くらいは使えるんだろう?」


 アマンダと名乗ったその女性が、赤いグローブをつけた右手の指をパチンと鳴らすと、たちまちグローブから真っ赤に燃えだした。

 暴れ狂う炎はやがて、拳の周囲に集中し、赤い光を放つ。


「こいつのモデルは、スルトが使ったとされる『炎の剣』さ」


 剣という名がついているが、形状はグローブだ。

 槍の名がついている由依のグングニルが黒タイツであるように、アマンダの炎の剣はグローブなのだろう。


 軍服の上着を脱いだアマンダは、上半身タンクトップ一枚になる。

 ほどよくふくらんだ胸がぶるんと揺れた。


 アマンダが近くの兵士に向かって掌を向け、小さく頷いた。

 いつもやってみせることなのだろう。

 その兵士は腰にさげていた拳銃でアマンダを撃った。


 弾丸はアマンダの掌の寸前で止まり、その熱でゆっくりと形状を歪めていく。

 アマンダは弾丸を握ると、砂浜へと投げ捨てた。

 そして、「どう?」とでも言いたげなしたり顔を由依に向ける。


 一方由依は、二本の指でミニスカートから伸びた黒タイツを履いた太ももを、横になぞった。

 起動させたグングニルで、足場を確認する。

 足技主体の由依にとって、砂浜はやりにくいだろうが、今の彼女なら問題ないだろう。


「へえ……起動はできるみたいだね。アタイの攻撃を受けてケガしない程度には扱えてくれよ!」


 アマンダは軍隊式の格闘術の構えをとると、由依に向かってつっこんだ。


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