第111話 7章:オレにとってはぬるキャン△(15)
これまでの言動から察するに、千花がキャンプ場を狩場にし始めてから、かなり長そうだ。
慣れを感じるからだ。
キャンプ場に来た客の中から、好みの人間を選び、喰っているのだろう。
人々の記憶から消えるまで誤魔化せば、捜査の手が伸びることはない。
もしバレても、別の場所に移れば良い。
よく見ると、スケルトンに混ざってジャージや私服姿のゾンビがいる。
最近こいつに喰われた人達だろう。
手心を加える必要はなさそうだな。
ここで殺しておこう。
異世界で数多くのネクロマンサーと戦った経験からすると、ザコを大量使役するタイプのネクロマンサーの腕前を測る基準は2つだ。
『数』と『活きの良さ』である。
数はわかりやすく、多いほど実力が高い。
千花が使役しているのは、見える範囲で二十体ほど。
人間であれば国のおかかえになるほど高位の術者。魔族基準なら中隊リーダークラスである。
活きの良さとは、使役されているスケルトンやゾンビの動く速度、そして命令を聞く精度である。
数が扱える魔力量に比例するのに対し、活きの良さは魔法を操る技術に強く依存する。
それは知識であり、努力であり、才能だ。
千花の周囲に現れたスケルトンは、彼女に向かって一斉にひざまずいた。
「ふふ……かわいいコたち。さあ、私のごはんを用意してきてちょうだい」
千花が指揮官のようにこちらに掌を向けると、立ち上がったスケルトン達が、一斉にこちらに向かって走り出した。
子供の全力疾走程度の速度は出ている上に、お互いがぶつからないように間合いを取っている。
なかなかの活きの良さだ。
人間基準なら、ここまでできる術士は、世代に一人いるかどうかだろう。
さて、双葉の新しい技とやらを見せてもらおう。
「はああぁぁ……」
双葉が胸の前でろくろを回すように構えた両手の中に、蒼く輝く半透明の立方体が現れた。
なんだあれ……魔法? いや、それとは違う何かだ。
発動に使われているのは魔力だが、その理はこの世ならざるものである。
瞬間移動などと同様、人間には通常、発動不可能な代物だ。
これがスサノオの置き土産か。
「やあ!」
双葉が両手を左右に大きく開くと、立方体が一辺5メートルほどに巨大化した。
立方体は地面や天井はおろか、オレや由依、そしてスケルトン達をすり抜けた。
そして、立方体の外にいるスケルトンは消滅した。千花もだ。
いや、立方体の外にいるはずの生徒達の気配も全てなくなっている。
千花達が消滅したのではなく、オレ達が閉じ込められている?
事前に陣を張っていたのでもなく、外から閉じ込められたわけでもない。
内側から後出しでの結界展開だと?
しかも、外界と完全に遮断されている。
「カカカカカカカカッ!」
結界内に入り込んだスケルトンは4体。
双葉による術の発動に気付いていないのか、ボロボロに刃こぼれした刀を、振り下ろして来た。
「はっ!」
オレが拳を突き出すと、その衝撃波でスケルトンがバラバラに砕け散った。
衝撃波は周囲の土も削ったのだが、立方体の外側には一切影響を与えていない。
堅くなったなどではなく、塵一つその先には飛んでおらず、かといって壁のように吹きだまっているわけでもない。
そこで空間が断絶されたかのようになっているのだ。
「なにこの空間……。堅くもなく、柔らかくもなく、不思議な感じ……」
由依が立方体の壁におそるおそる触れた。
「双葉、なぜこの技が使えるとおもったんだ?」
「ええと……なんとなく。自然にこうできるなって思ったの」
「そうか……」
大抵の動物が意識せずとも手足を動かせるように、脳に使い方が備わっているのだろう。
「でもこれじゃあ敵は倒せないよね」
「いや、オレの考えが正しければ、ものすごく有効な技だ」
あちらの世界で神族との戦いで何度か見たことがある。
「そうなの?」
「ああ。双葉、ちょっとこの技を解除してみてくれ」
「うん、わかった。……んっ!」
双葉が胸の前で手を合わせ、気合を入れると、蒼い立方体は消滅した。
それと同時に残りのスケルトンと、千花が再び現れる。
さらに、オレが削ったはずの地面すら元に戻っている。
女児向けアニメで敵を倒すと街が元に戻るアレみたいな感じだ。
「今のは……神域絶界(しんいきぜっかい)!?」
千花が驚きのあまりワナワナと震えている。
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