第109話 7章:オレにとってはぬるキャン△(13)
寝る準備をした男女が並んで歯を磨くというのは、非日常感があって少しワクワクする。
蛇口が十個ほどならんだ流し台は外にあるため、こういった光景になる。
会社に連泊していた時や、異世界ではそれが日常ではあったのだが、平和な環境でとなると、また感想も変わるものだ。
学生の頃は、この程度の出来事も一大イベントだったのを思い出す。
今が本当に平和かと言われると疑問の余地はあるのだが、ちょっとくらいゆるいキャンプを楽しんだところでバチはあたるまい。
肩が触れそうな距離で、電動歯ブラシを扱う由依が、ちらりとオレの顔を見て微笑んだ。
なんだろう。
すごく照れるぞ。
なお、この場で電動歯ブラシを使っているのは由依だけだ。まだそれほど一般に使う人は少なかった時代である。
このあたりは、やっぱりお嬢様だったなと思い出す。
「ちゃんと磨けた? 私が磨いてあげようか?」
「フェイクストーリーのカレンちゃんかな?」
オレの反応に由依はキョトンとしている。
アニメが放送されるのは何年も後だったな。
「ちょっと、お兄ちゃんの歯を磨くのは、あたしの役目だから」
すかさずわりこんでくる双葉だが、そんな役目を与えた覚えはねえ。
まわりのみんながドン引きしてるじゃないか。
由依まで引くのやめてくれるか?
原因は由依だがらな?
◇ ◆ ◇
三人用のテントには、当たり前のようにオレを挟んで由依と双葉が川の字になっていた。
「いや、おかしいだろ。ここにいるはずの男子二人はどうしたんだよ」
男子三人用のテントだったはずだ。
「別のテントを使ってもらうことにしたから大丈夫」
由依がさらっと言う。
「それって、どこかのテントが狭くなったんじゃ……」
「ちゃんと人数調整はしておいたから問題ないわ」
思ったより大事だった。
「よくみんな言うこと聞いてくれたなあ」
「ちゃんと晩ごはんの素材をわけたってことで、オリエンテーリングで最初に結託せずに後乗りしてきた人達を中心に交渉したからね」
「わお……」
そりゃ断りにくいだろうなぁ。
高校生でありながら、このあたりの交渉をできるのは流石といったところだ。
「それより……」
由依が寝袋に入ったまま、器用にくっついてきた。反対側からは、双葉もだ。
「なぜそんなによってくる……」
「(テントって、中の声がかなり外に響くの。だから小声で話さないと)」
「(奴らのことか)」
耳に息がかかる距離で囁く由依に合わせて、オレも声をひそめた。
一日動き回った後のはずなのに、なぜか甘い匂いがするモフ。
「(うん……)」
由依が小さく頷いた。
「(何の話?)」
双葉には話してなかったのか。
「(このキャンプ場でヴァリアントが活動しているかもしれないって話だ)」
「(確かなの?)」
「(いや、組織の分析で可能性があるって程度らしい)」
「(それって、情報なんて無いみたいなものじゃ……?)」
双葉の組織に対する信用が地に落ちている。
まあ当然の話ではあるな。
「(でも見つけたんでしょ?)」
由依はいたずらっぽい笑みを浮かべてみせた。
至近距離で見るそのかわいさたるや、すさまじいものがある。
「(なぜそう思うんだ?)」
「(相手にバレないよう、一人を警戒してたでしょ)」
「(へえ……よく気付いたな)」
「(いつもカズのこと、見てるからね)」
「(妹の前でイチャつかないでくれる?)」
いや、別にイチャついてるわけでは。
「(それで、お兄ちゃんが圧をかけてたってことは、生徒かキャンプ場関係者にいたってこと? 普通に考えるとコーチが怪しいわけなんだけど……)」
「(それは――説明する必要はなさそうだな)」
オレがそう言った瞬間、地面が陥没し、三人は奈落へと落とされた。
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