第81話 6章:オレの義妹が戦い続ける必要なんてない(2)

 オレと双葉は、思ったよりもあっさり長(おさ)の間へと通された。

 道場を広くしたような板張りの上座には、すだれのかかった祭壇がある。

 長はすだれの向こう側に、和服であぐらをかいているようだ。


「よく来たな」


 すこししわがれた低く渋い声から察するに初老といったところか。


 室内には出仕や巫女の格好をした男女が、二十人ほどずらりと並んでいる。

 その全員から、常人より多くの魔力が発せられている。

 異世界からもどってきて、町中にいる人間で魔力を持つ者を殆ど見かけたことがないことを考えると、人材集めにはかなり力を注いでいるのだろう。


「兄は組織に関わらせたくない、と言っていたはずだが、どういった心変わりだ?」


 長の口調はゆったりしたものだが、有無を言わせぬ凄みがある。

 数々の強敵と対峙してきた今なら平気だが、最初の人生であれば、この一言で縮み上がってただろう。

 例えるならそう……百のブラック企業を束ねる親会社の社長の凄みだ。


 双葉は怯えた目でちらりとこちらを見てから、口を開こうとした。

 ここで妹に何かさせるようでは、兄失格だな。


「うちの妹を怯えさせないでくれるか」


 オレはあえて世間話でもするかの軽い口調で言った。


「若造、口の利き方に気をつけろ」

「ふん……そちらの方が立場が上だとでも言いたげだな」


 あえて挑発する。

 中学生に命がけの戦いをさせるなんていう、まともな相手でないことは既にわかっている。

 この程度で怒ってくれるなら、いっそ冷静さを失わせた方が操りやすい。


「いやいや、対等だと思ってるさ」

「ワシと貴様が対等だと? 笑わせおる」

「中学生を命がけで戦わせるようなクソジジイと対等だと言ってやってるんだから感謝してほしいな」

「口の減らんガキだ。後悔するぞ……」

「無駄に強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」

「ぐぐぐ……。組織が貴様の妹のサポートをしてやっているのを忘れるなよ」

「今度は脅しか? 悪いが、今日限りで双葉は組織をやめさせてもらう」

「ふんっ、バカな。人類を見捨てるとでも言うのか? 戦える者が戦わねば、人類は滅びるのだぞ」

「そうやって双葉を洗脳したのか?」

「厳然たる事実だ」

「じゃあ双葉の分は、オレが勝手に戦ってやる。もちろん組織になんか入らないがな。それで十分だろ? だから、双葉を返せ」

「それはできんな。その娘は、重要なカードだ」


 戦力ではなくカードと言ったか……?


「お兄ちゃん……あたしは戦うよ。そうしないと、みんなが……お兄ちゃんがいなくなっちゃう……お父さんやお母さんみたいに……」


 不安げにそう言う双葉の頭をそっと撫でてやる。

 両親のこと、知ってるのか……。

 いや、この組織に知らされたのだろう。


「オレはいなくなったりしないさ。それより、こんな組織にいる方が、双葉が危ない」


 今のやりとりでよくわかった。

 この長は、双葉のことを駒としか考えていない。

 双葉を騙し、自分から戦いたいと思うように仕向けている。

 マインドコントロールと言ってもいい。

 ブラックリーマン時代や、あちらの世界でさんざん見てきた光景だ。

 そんなところに、大事な妹をおくわけにはいかない。


「力ずくでも双葉は抜けさせてもらうぞ」

「いくら特異点だからと言って、一人で組織を相手にどうするつもりだ?」

「傀儡を使ってしかオレの前に立てないようなやつに、どうこうされるつもりはないね!」


 そう言うと同時に、オレは魔力弾を長に向かって放った。

 魔力弾はすだれにかけられた防壁を貫通し、長に直撃する。


「すご……なに今の攻撃……。じゃなくて、お兄ちゃん! なんてことするの!」

「まあ見ろよ」


 慌てる双葉だが、長がいたはずの場所にころがっていたのは、和服をきせられたマネキンだった。


「なるほど。ただ特異点というだけではないらしいな」


 どこからともなく、長の声が響いてくる。


「このまま帰してくれるってんなら、見逃してやるが? もちろん双葉は組織から抜けさせてもらうけどな」

「調子にのるなよ、小僧」


 この世界における魔法技術の低さから察するに、今の一撃でオレの実力の一端は理解できたつもりになったはずだ。

 それでも双葉を渡さないというのは、プライドの問題か?

 いずれにせよ、双葉を危険にさらして平気な上に、脱退を許さないような組織には、痛い目を見てもらう。

 オレは怒っているんだ。

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