第58話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(15)

「さあみんな! 飲め飲め飲めええええ!」


 DJが胸をぶるんぶるん揺らしながら、客達を煽る。

 下乳が見え……いや、そんな場合ではない。


 店内に流れる音楽がガンガンと脳に響く。

 音量が大きいということではなく、ひどい不快感襲ってくる。

 由依を含めた客達は、特に何も感じていないようだ。


 この音、うっすら魔力が乗っている……?


 オレは由依の耳を塞いだ。


「え? え?」


 顔を赤らめた由依が慌て、目を閉じようとする。

 違う。キスとかじゃないから!


 オレは由依の耳の中に防御魔法をかけた。もちろん自分の耳にもだ。


「みんないっくよー!」

「「「うおおおおお!!」」」


 DJの煽りと同時に、音楽も盛り上がり……やがて観客達がバタバタと倒れ始めた。

 それと同時に、カウンターの奥から5人ほどの男女が現れた。

 この感じ……全員ヴァリアントだ。


「あら? 二人ほど立ってるみたいね。たまにいるのよね。こういう鈍感なやつ」

「おいおい、しっかりしてくれよ」


 肩をすくめたDJと、それを揶揄する男。


「そいつらラリってないじゃない。クスリをちゃんと配るのはあんたたちの役目でしょ?」

「何も飲まねえヤツがいるなんて思わねえよ」


 なるほど。ここはヴァリアントにとっての『食堂』であり、ドラッグパーティーの会場なのだ。

 人間をクスリ漬けにし、それを喰って楽しむのだろう。


 だが、立っている人間がいるというのにその態度。

 油断は死に繋がると知るべきだ。

 知ったところで、もう遅いんだがな。


「由依! 立っているヤツ全員だ!」


 オレに隠れて神器を起動していた由依が、魔力を全解放!


「――っ!」「なんだ貴様ら!?」「『組織』か!」


 気付くのが遅かったな。


 地面を蹴った由依はまず、DJの首をその脚で斬り飛ばし、壁に着地。


「「「ぐおおおお――」」」


 変身しようとしたヴァリアント達をすり抜けざまに切り刻み、また別の壁に着地。

 そのまま、天井、床、壁を次々に蹴りながら、部屋を縦横無尽に飛び回る。

 普通の人間からすると、無数の黒い線にしか見えないだろう。

 そして、この場にいたヴァリアントが粉々になった後、由依に魔力を流し込まれたそれらの肉片は、ぼんっと軽い音を立てて弾けた。


 一人くらい生かしておいて拷問にでもかけたいところだったが、倒れている人間がこれほどいたのでは、犠牲者が出かねない。

 まともに戦って負けるとは思えないが、特殊能力持ちが相手だった場合、その能力によっては1、2人の犠牲が出ることも覚悟せねばならない。

 そういう時もあることは身に染みているが、今は人の命を優先すべきと判断した。

 手に入るかどうかわからない情報よりも、人の命だ。


「うぅ……目が回る……」


 足取りの怪しい由依を支えてやる。


「やるじゃないか。なかなかだったぞ」

「えへへ。地の利を活かす、できたかな?」

「ばっちりだ」

「えへへ。やった!」


 この状況で笑顔を見せられる胆力こそが由依の強みなのだが、それは言わないでおこう。


「ただ、つめの甘さが残るな」


 オレは倒れた客のうち、一人の頭を魔法で打ち抜いた。


「ぐ……なぜわか――」


 首の無い状態で声を発し、立ち上がろうとしたヴァリアントに向かってパチンと指を鳴らすと、彼の体は粉々に砕け散った。


「由依がDJの首をおとした瞬間、こいつだけはすぐに伏せて、死んだふりをしてたぞ」

「うぅ……全然気付かなかったよ……」


 しょんぼりする由依だが、これだけのヴァリアントを一瞬で倒した上に、まだ余力を残しているのだ。

 かなり強くなったと言ってよいだろう。



 やがてヴァリアントの死体は紫色の砂になり、そして空中に溶けるように消えた。


「な、なんだよこれ。なんでみんなぶっ倒れてんだ!?」


 頭を抑えつつ、ふらふらとトイレから出て来たのは杉田だ。

 ドアの向こう側にいたおかげで、DJによる気絶効果が薄かったのか。


「わからん。とりあえず逃げた方が良いな」

「だな。俺も面倒ごとはゴメンだ。この手の建物は、スタッフ用通用口がこっちに……」


 カウンターを乗り越えた杉田は、裏口らしき方へと手招きした。


 オレはすぐにそれに続くことなく、周囲を見回す。

 グラスなどの配置的に全ての飲み物に仕込むとするなら……あった。

 調味料ではない何かの粉がつめられたケースを見つけたオレは、大さじ一杯ほどをハンカチにくるんだ。


「おい! 何やってんだ。さっさといこう!」

「すぐ行く」


 オレ達は店を後にした。

 手がかりは得たと思ってよいだろう。

 まずは一歩前進だ。

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