第55話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(12)

 オレと由依は、ほとんど道場破りのごとくゲーセンの猛者を狩りまわっていた。

 格ゲー界は強い人間のまわりに人が集まる。

 まだインターネットが一般に普及する前の時代であっても、たったの半月でオレ達の噂は広がりつつあった。

 負けなしカップルという属性に加え、由依のビジュアルだ。

 注目されないわけがない。

 そんな中オレ達は、「怪しいクスリを売っているやつがいるらしいじゃん。怖いよな。でもちょっと興味あるかも……」といった内容のセリフを会話の端々にはさみこんでいた。

 こちらから見つけるのが難しければ、見つけてもらえば良い作戦である。


「いやあキミ達強いねえ。最近までみなかったけど、別の地区にいたのかい?」


 そう声をかけてきたのは、こざっぱりした格好の青年だった。

 二十代前半から中盤といったところだろうか。

 左手に銀のブレスレットをつけたおしゃれさんだ。

 いかにもモテそうな好青年である。


「まあそんなところです」


 本当のことを言うのも面倒なので、適当に流しておく。


「ところでキミ達、噂のクスリに興味あるんだって?」


 釣れた!

 いや、喜ぶのはまだ早い。

 こういったことを話した相手は初めてではない。

 当然ながらみな、雑談程度なのだ。

 ここでがっつくと、逆に変な噂を立てられてしまう。


「興味ってほどでも。ただそういうのもあるんだなって話をしていただけですよ。使ってみたらどんな風になるんだろうなとか」

「いやあ、俺もさあクスリには手を出さないようしてたんだけど、合法って話らしいじゃん?」

「みたいですね」

「じゃあ試してみたいよねって」

「噂が本当で、手に入れば、ですよね?」

「それがさ……」


 青年はわざとらしく周囲を見回し、声をひそめた。


「例のクスリが手に入るクラブの噂を聞いたんだよね」

「クラブ、ですか」

「部活でそんなことを……?」


 由依は首をかしげている。

 違う、そのクラブじゃない。


「それでどうだい? 俺も一人でそういうところに行くのは不安でね。キミ達さえよければ一緒に」

「これでもオレ達高校生ですよ?」


 初日以外は、私服に着替えてからゲーセンを訪れるようにしている。

 制服だと学校も特定されるし、色々と面倒だからだ。


「そこはほら、お酒を飲まなければ大丈夫さ」

「なんでオレたちなんです?」


 クスリの噂に興味を持つ大人なら、このゲーセンにも何人かいた。


「一番肝が据わってそうだったからかな」


 思ったより見る目がある男かもしれない。


「それにね、美女を連れていくとウケがいいのさ。当日は大人っぽいメイクをしてきてくれるとうれしいな」


 そう言って、由依にパチンとウィンクをした。


 クラブにはオレも行ったことがない。

 ブラック企業時代に無理矢理付き合わされたキャバクラや、異世界の酒場なんかとは違うよなやっぱ……。


 だがここで飛び込まないのは嘘だろう。


「そのクラブっていうのはどこだ?」

「そうこなくちゃな」


 杉田と名乗った青年は、オレにクラブの住所を書いた切れ端を渡してきた。


「今週金曜夜に、有名DJをゲストに呼んだパーティがあるらしい。そのDJが関わる日がクスリを売る日っていう噂があってね。花金ってやつだよ」

「「表現古っ!」」


 思わずオレと由依の声がハモる。

 こいつ、若そうに見えて、実はおっさんなんじゃ……?

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