第53話 5章:ドラッグ オン ヴァリアント(10)

 ゲームセンターあらし……もとい、通いを始めて1週間。

 まだ結果は出ていないが、もちろんただ遊んでいたわけではない。

 さらに、夜間はしっかりダークヴァルキリーの探知も欠かしていない。


 そんなわけで、日付も変わったばかりの深夜。

 オレは学校の校庭がダース単位で入りそうな広い公園に来ていた。


 周囲に人の気配はない。

 いや、上空から一つ。

 公園をぐるりと囲む木よりも遙か高い場所から、オレの隣りに降ってきたのは由依だ。

 両足で芝生をえぐりながら20メートルほど滑って停止した。


「ううん……やっぱり着地は難しいなあ」


 由依は太ももを拳でトントン叩きながらオレの隣に歩いてきた。


「けっこう跳べるようになったじゃないか」

「月でのえっちな特訓は無駄じゃなかったわ」

「別にえっちじゃないからな!」

「ふふ……。あれから神器の扱いもかなり練習したし、今日はみっともないところは見せないよ」

「それは楽しみだ」


 そう答えたオレは、公園に流れる小川にかかった小さな橋に視線を移した。

 橋をダークヴァルキリーが渡ってくる。

 口元にはべったりと血がついている。

 食後かよ。

 オレの探知方法では、ダークヴァルキリーになる前を見つけることはできない。

 殆どの場合は間に合わないであろうことが歯がゆい。


「由依、ここなら多少暴れても大丈夫だ。思い切りやれ」

「うん!」


 由依は神器を起動し、クラウチングスタートの姿勢を取った。

 高く上がった腰のせいで、黒いミニスカートの中が見えそうだ。


 ダークヴァルキリーとの距離は100メートルと少し。


 由依の踏み切った脚が地面を爆発させ、土を巻き上げた。

 その瞬間、既に由依はダークヴァルキリーの真横にいた。


 ダークヴァルキリーの視線はしっかりと由依を追っている。

 だが、人間が出せる限界以上の速度を持つはずの槍が動く前に、由依の蹴りがダークヴァルキリーを上空へ打ち上げた。

 さらにそれを追うように宙返りしながら跳び上がった由依の脚が、夜空に蒼い三日月を輝かせる。

 上下真っ二つになったダークヴァルキリーをおいて、由依は空を蹴り、オレの隣に着地した。

 今日はつめが甘いと言うつもりはない。

 なぜなら――


 ――ぼんっ。


 上空でダークヴァルキリーの体が小さく弾けた。

 由依が蹴りで体を切り裂くついでに魔力を流し込み、破裂させたのだ。

 これまでの由依なら、今の一撃で疲労困憊していた。

 今は余裕そうに伸びをしている。


「ずいぶん滑らかに魔力を操れるようになってきたな」

「うん。カズのおかげ。これで少しは戦力になれるかな?」

「そういう時期が一番危ないんだ。由依くらいの実力で死んでいった仲間を何人も見てきた」

「う……気をつけます……」

「頼むぞ。今が一番死にやすいんだ」

「わかったわ。それにしても、あの技に名前をつけなきゃね」

「なんでだ? 必要ないだろ」

「名前があった方が作戦を立てる時に便利だよ。だからかっこいい名前をつけなきゃ! 初めて自分で考えた技なんだから」

「お、おう……」


 えらい乗り気なお嬢様である。


「じゃあねえ……バッドムーン! 悪を討つ月よ! どう? チョベリバッドムーン! なんちて……」


 そんなドヤ顔で言われましても。

 あと、後半のダジャレは、顔を真っ赤にするほど恥ずかしいならやめとけな?


「某格闘ゲームに同じ名前の技があるからやめとけ」


 あれ? まだ発売前だったか?

 それにしても由依のやつ、けっこうセンスが中二だよな。

 中二病って単語もまだないんだっけか。


「ええとねえ……じゃあねえ……」


 ビルの屋上を並んで渡る間も、由依は名前を考え続けていた。

 オレも自分の魔法に名前でもつけてみるかなあ。

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