第42話 4章:パパ活ですか? いいえ、援交です。(15)

「あ、あんたたち一体なんなの……?」


 ヴァリアント達がいなくなり、静かになった廃ビルに、鬼まつりの震えた声が響く。


 オレと由依は顔を見合わせた。

 由依はうなずきながら「まかせて」と小さく口を動かた。


「あなたが見たことは現実よ。人を食べる怖い連中がこの世界にはいる」


 優しく語り始めた由依は続ける。


「でもあなたがここで見たことを忘れ、口をつぐむのなら、この先狙われることはそうないでしょう」


 由依が言うことは『ほぼ』事実だ。

 問題は彼らが「鬼まつりはオレ達に対して人質としての価値がある」と知ってしまったことだ。

 少し調べれば、彼女が特別に価値があるわけではないとわかるはずだが、相手の知能レベルが不明なので、どう出てくるかはわからない。


「ほんとに……?」


 鬼まつりは涙と鼻水と吐瀉物でぐちゃぐちゃになった不安げな顔を由依に向けた。


「もちろん私達のことも誰にも話してはだめ。もし話せば、さっきの連中とは別の怖い人達がやってくる」


 今度は脅すような口調だ。

 ヴァリアントのことを吹聴されても、頭のおかしいヤツと思われるだけだろう。

 それがヴァリアントの耳に入れば、『食料』の対象とされかもしれないが。

 オレ達のことをアレコレ吹聴される方がめんどくさいことになる。


 それに、まだ『組織』にオレの存在は明かしたくない。

 オレを利用するか、抹殺しようとする連中がわんさかやってくることは想像に難くないからだ。

 いずれにせよ、面倒なことにしかならない。


「わかった。いわない、いわないよ! でもさ……またまつりがおそわれたら助けてくれるんだよね……?」


 なぜこいつはそんなことを臆面もなく言えるのか。


「今日助けたのは、たまたまカズが気付いたからよ」

「そ、そんな……」

「死にたくなかったら夜遊びは控えることね」


 今日会ったヴァリアントは、人目につかないように動いていた。

 アドバイスとしては、それなりに的確だろう。


「見かけた時は助けてやる。だから、今日見たことは誰にもしゃべるな。しゃべれば、連中に襲われる前に苦しい思いをすることになる。いいな?」


 オレはそう言いながら、人差し指を鬼まつりの額に向けた。


「わ、わかった。誰にもいわないよ!」


 怯えた鬼まつりがそう言うと、オレの指と彼女の額の間に展開された魔方陣が、彼女の額へと吸い込まれていった。

 これで契約完了である。

 鬼まつりが今日見たことを話そうとすれば、激しい頭痛に襲われるだろう。


 記憶除去魔法も少しは使えるが、オレのは人格ごとぶっとばす可能性がある。

 そうなれば逆に事件になりそうだし、今回は呪い……もとい、契約の方が良いだろう。


「あんたたち、なんでそんなに強いの? テレビに出てる格闘家なんかよりずっと強いし」

「誰にも話すなというのは、質問するなってことでもあるんだが?」

「わ、わかった! きかないからそんな怖い顔しないで! それと、あ、ありがとね……」


 この状況でお礼を言えるというのは、思っていたより強メンタルかもしれない。


 問題はヴァリアント達の動きだ。

 ダークヴァルキリーやトールのイメージから、食欲に従って本能的に行動する連中だけかと思っていたが、集団として思考する者もいるらしい。

 『食堂』はこのビルだけではないだろう。

 長く生き残っているヴァリアントは、知恵をつけ、人間社会に溶け込んでいるということだ。

 人間に擬態時のロキ達の魔力は、人間のそれとほぼ変わらないものだった。

 オレでも目の合う距離まで近づかなければ判別できないだろう。


 由依を護るハードルはそれほど低くはなさそうだ。

 だが、絶対に護ってみせる。

 今度こそ、大事な人を殺させたりしない。

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