第37話
その夜、家族会議が開かれた。学校から、私がサボった件での連絡が行ったのだろう。いつも帰りが遅いお父さんまで揃っていたのには、家族に心配をかけてしまったなと申し訳なく思う。
だから、開口一番に謝る事にした。
「……ごめんなさい」
「何を悪いと思っている?」
「まだ授業残ってるのに……勝手に学校飛び出しちゃった事」
手元に置かれた湯呑の中で揺れている自分の顔を凝視していると、お母さんが溜息を吐く。
「そうじゃないでしょ。あなた、最近ずっと元気なかったもの。そこまで追い詰められるほど悩んでいるのなら、話して欲しかったわ」
「え……」
ハッとして顔を上げると、お母さんは困った顔で笑っている。知ってたの? 私が悩んでる事。
「そりゃ、長年美酉の母親やってますから。夜羽君と付き合ってる事も、たぶん今ごたごたしてる事もお見通しよ」
そんなに私、態度に出てた? は、恥ずかしい……
幼馴染みとの関係の変化を親に知られていた事に、赤面して俯くと、お父さんが低い声で唸る。
「そもそも俺は、夜羽君と付き合ってたのも初耳なんだがな」
「お父さん、家にいる時間そんなにないから……でも時間の問題とも言ってたじゃない」
「オホンッ、それで? 美酉が衝動的に学校を飛び出すなんて、ただごとではないんだが……まさかもうフラれたのか?」
気遣ってくれる両親に、思わず涙ぐむ。私にはこんなにあったかい家族がいるのに、親の理不尽のせいで身動きが取れない夜羽に恨み言言ったりして……なんて心が狭かったんだろう。
「違うの、あのね……夜羽が悪いんじゃなくて」
私はこれまでの顛末を語った。隣の家がもう売却処分になっているとか、夜羽がお飾りの次期社長にされそうだとか。あまりの突拍子のなさに、お父さんたちは言葉もないようだった。
「まあ……夜羽君のお父様が。ねぇ、あなた」
「相変わらずやる事が無茶苦茶だな、ミシェルの奴」
「お父さん、角笛社長の事知ってるの!?」
しかもミシェルって、学生 (ヤンキー)時代のあだ名じゃん!
「あいつとは同級生だったんだよ。腐れ縁でよく尻拭いやパシリをさせられててな。三田……夜羽君のお母さんともだ」
パシらされてたんだ、お父さん……でも、夜羽のお母さんとも昔からの顔見知りだったなんて。道理で何かと夜羽の事、気にかけてると思った。
「お隣さんになったのは、社長の意向かな?」
「十中八九そうだろうな。ミシェルは周囲には偉そうに振る舞っていたが、三田にはデレデレで強く出られなかったから……俺もデートを成功させるためにセッティングに駆り出されたもんだ」
夜羽から聞いた観司郎さんの印象とだいぶ違うのは、年齢のせいだろうか……でも、そこまで好きだったのに、結婚相手は違う人だった。
「夜羽のお母さん、愛人だったって」
「ああ、そもそもあいつがグレたのは、家を継いで好きでもない相手と結婚させられるのが嫌だったからだな。だが、逃げ回れるのも学生時代が限界だった。あいつは三田との関係を続ける事を条件に、実家に連れ戻されたんだよ」
それって……今の夜羽と全く同じじゃない。自分が嫌だった事を、どうして子供に押し付けられるの!?
悔しさで拳を握りしめると、お父さんは笑って頭をポンポン撫でてくれた。
「お前に三田と同じ思いは絶対させないよ。心配だろうが、夜羽君もミシェルの息子なんだ。今はまだちっと頼りないが……もっとビシッとしないと娘はやれんとか言って、発破かけといてやるさ」
「まあ、お父さんたら娘の父親みたい」
「夜羽君だってもう、息子みたいなもんさ。何せ父親がアレだから、ほっとけなくてな」
両親が笑い合う中、私は少しずつ自分を取り戻してきた。めそめそするなんて、私らしくない。昔から夜羽が真っ先に泣くものだから、悲しんでいる暇もなかったのだ。
(今の夜羽を私が作ったように、私も夜羽によって作られてきたんだ)
いつも一緒にいて、守ってあげるのが当たり前になっていた。今だってそうだ、夜羽が困っているのなら助けてあげたい。あのサングラスがない、情けない夜羽だって……私を一心に慕ってくれる、優しい夜羽が大好きだから。
「とりあえず今は、彼が動くのを待つしかないが……力になれる事があれば遠慮なく言いなさい」
「うん……ありがとう」
力に……私が夜羽にしてあげられる事って、ないのかな。
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