第10話

 私は、夢でも見てるのかしら? 牧村の報復を受けそうになった私を、夜羽が助けにきてくれて……あっという間に不良たちをやっつけちゃうなんて……あり得ないわ、あの泣き虫が。


「……り、美酉! しっかりして!」

「――はっ!?」


 我に返ると、萌に肩を揺さぶられていた。あまりの出来事に放心していたようだ。向こうでは琴亀君が不良たちをガムテープでぐるぐる巻きにしている。


「あれ、やっぱり夢だったのかな……萌たちがあいつらやっつけてくれたの?」

「何言ってんの? 私たち、角笛君にメールで呼び出されたんだけど。さっき来た時には、不良たちが伸びてたのよ。もう、戻ってこないと思ったらこんな大事になってるなんて……連絡ぐらいちょうだいよ!」

「ごめん、まさかここまでされるとは思ってなくて……」


 人間、害意がある連中に取り囲まれたらパニック起こして、冷静な行動に出られないもんだと身を持って知った。後から考えたら、映像がある限り、脅しが一度や二度で終わるはずがない。本当、軽率だった。


 その時、廊下から夜羽が戻ってくる。かけっぱなしの赤いサングラスに、二人は目を白黒させていた。


「あいつのスマホからはお前の連絡先は全部消しといたから安心しろ。怪我はないみたいだが、あいつらに何かされてないか?」

「うん、間一髪であんたが来てくれたから。ねぇ、夜羽……よね?」


 至近距離で見てもやっぱり疑わしい。確かに顔も声も夜羽のものではあるんだけど、そのふざけたサングラスがねぇ……


「おいおい、いくら怖い目に遭ったからって、自分の男の面も忘れちまったのかよ」

「誰が自分の男よ! 気になってたけど『赤眼のミシェル』とか『首領ドンの息子』とか、一体何なの!? 何であんなトンデモなハッタリが通用するのよ。それにあの反則みたいな強さは……」


 何の事だかさっぱり分かっていない萌たちをよそに、混乱するまま疑問をぶつけるが、ニヤニヤするばかりで答えようとしない夜羽にイラッときた。


「なに笑ってんの、ちゃんと答えて……」

「そんなに怒るなよ、美酉ミト。それより助けてやったんだから、ご褒美寄越せよ」


 何の事か、と反応する間もなく、夜羽の顔がアップになり、そして――


 !?


「ひゃあっ!」

「~~♪」


 頬を赤らめる萌と口笛を吹く琴亀君が、視界の端に見える。何が起きているのか、分からなかった。身を乗り出した夜羽に顎を持ち上げられたかと思うと、唇に柔らかい感触、と固いサングラス。


(え……えぇっ!?)


 突然の事に固まっていた私だったが、唇を離した夜羽の、憎ったらしいドヤ顔に怒りが込み上げ……


「こんな時に、なに考えてんだバカ――!!」

「ふげッ!!」


 バチーン、と強烈なビンタをお見舞いしていた。

 サングラスを吹っ飛ばされた夜羽は、腫れた頬を押さえてしばらく呆然としていたが。


「美酉……ちゃん?」

「夜羽?」

「~~っ!!」


 みるみる顔が真っ赤になり、見開かれた目からぶわっと涙が溢れ出した。


「ふぇええええええん!!」

「ちょ、泣きたいのはこっちなんだけど!?」

「ごめんなさいごめんなさい、嫌いにならないで!! 美酉ちゃんをどうしても助けたくて、じゃ無理で……あんな事したい訳じゃ、違う、とにかくごめんなさい――!!」


 いつもの如くぴーぴー泣き喚きながら縋り付かれ、私はただ困惑して頭を掻いた。


「えーっと、つまり……どういう事??」

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