輝く日々 ~Shining Days~
原幌平晴
序章
第1話 再会
初恋の相手と再会するってのは、ロマンチックな場合もあれば、幻想を打ち砕かれる場合もある。俺と沙希の場合はどっちだったろう……。どちらでもあったような気もする。
俺の名前は霧島
緑の少ない東京でも、秋ともなれば街路樹の紅葉ぐらいは季節を感じさせてくれる。土曜日の講義は昼で終わったので、学食で適当に昼を済ませた後、神田の古本屋を何件かあさりながら、ブラブラと歩いていた。
ふと、視線を感じて立ち止まる。見回すと、路地の影から女の子がじっとこちらを見ている。恋の告白には十年は早過ぎそうな、小学三年生くらいの子だ。天然パーマなのか、くるくるとした栗色の巻き毛の下から、黒目がちで表情豊な瞳がのぞいている。会ったことのない子だったが、なぜか見覚えがあるような気がして、思わず俺も見返してしまった。
突然、その子が泣き出したので、俺は心底うろたえてしまった。なんで? 俺が何かしたのか? しかも、立ちすくむ俺に向かって、その子は両手を広げて走りより、しがみついてきたのだ。わけもわからず呆然としている俺。泣きじゃくる女の子。何があったのかと、通行人はジロジロ見ては通り過ぎる。
このままでは埒があかないので、女の子に話しかけた。
「どうしたの、君」
反応がない。
「何があったのか、話してごらん」
泣きじゃくるだけ。
「泣いてちゃわからないよ、ねえ」
まったく耳に入らないらしい。どうしたもんかと頭を掻き、おそるおそる女の子の頭に手を置く。
その瞬間、女の子はぱっと顔を上げると、俺の目をまっすぐに見てきた。なぜか引き込まれる。目をそらせないような、切羽詰ったものを感じた。
「あぐ、えぐ……」
女の子の口からは、嗚咽のような声が発せられる。同時に、俺のジーンズを掴んでいた両手を離すと、両手をひらひら動かして、一連のパターンを描き始めた。
手話だ。この子は
しかし困ったことに、俺にはさっぱり理解できない。わからないなりにも、とにかく視線をあわせた方がいいだろうと、しゃがみこんだ。
女の子は何度も同じパターンをくり返している。人差し指で頬をなでおろし、小指を立てるしぐさ。よほど大事なことなのだろう。幼いなりに真剣な表情だ。俺の方も焦りを感じてきた。
やがて、手話では通じないことがわかったのだろう。女の子は俺の手を取ると、さっき飛び出してきた路地を指差した。
「あそこに、何が、あるの?」
口の動きがわかるように気をつけて、はっきりと問いかけた。聾唖者は唇が読めると聞いたことがあるからだ。はたして、女の子はさっきの手話を返してきた。
「これかい?」
人差し指で頬をなで、小指を立てる。うん、というように女の子は大きくうなずき、ぽろぽろ涙をこぼしながらも微笑んだ。
「よし、行こう」
女の子の手を握り、路地へと駆け寄る。そこには少女が倒れていた。近くには吐いた後がある。毛織のコートにも、何箇所か染みがついていた。血のように真っ赤な染み。いや……血なのか?
大変だ、すぐに病院へ。そう思いながらも、一瞬、体が動かなかった。
わずかに栗色が入った、ゆるくカールした長い髪。病弱さをうかがわせる、透き通りそうな白い肌。華奢な手足。抱き起こそうと伸ばした手の震えが止まらない。まさか……まさか。
「沙希……」
見間違えようのない、白い顔。十年間。大人になるには十分な時間だ。なのに沙希の顔立ちは、あの頃と変わらずあどけなく、はかなげなだった。
そのとき、感じた。俺の凍てついていた時間が動き出し、さかのぼり始めるのを。
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