『Katze』の行く末①
「最近は、お客さんも増えて売上が上がって来てました」
ゆっくりと話し出したほなみさんの第一声は、朗らかな笑みを浮かべながらのものだった。
笑みを浮かべていることから、ほなみさんも客が増えた事に嬉しさを感じているのだろう。しかし、どうだろうか。客が増えたとしても、経営が上手くいくとは限らない。
「でも……やっぱり、難しいですね。お客さんが増えても赤字な事には変わりないですし……」
「この店のメニューはどれも安いからね。客が少し増えたところで厳しい事には変わりないか」
"Katze"のメニューはどれもリーズナブルなものとなっている。俺がいつも頼むアイスコーヒーは手が込んでるとはいえ税込二百円。多分だが、お兄さんがいた頃からこの値段だったのだろう。それをいくら経営が厳しくとも、価格を据え置いている。これは、ほなみさんのお兄さんへの想いというか、プライドみたいなものなのかもしれない。
「自分でチラシを作って配って見たりもしたんですよ。でも、配ってる間はお店は閉めちゃってるし……私一人では限界を感じてました。人を雇うお金も無いですし……」
「……確かに、いざチラシを貰って行ってみたら店が閉まってた、ってなったら二度と店に来なくなっちゃうだろうね。にしても、そっかぁ……」
赤字が続いているから打開策として色々と策を練ってみるけど、なかなか上手くいかない。これを、一人で考えて失敗して……精神的にも辛い状況だろう。
「……これ以上赤字が続いたら、店を畳むことになる……のかな?」
「そう、ですね……あっ、でも借金があるとかではないんですよ! このお店も土地も、おじいちゃんが元々持っていた物なので! あ、はは……」
言葉の最後になんとか笑いを入れて誤魔化そうとしているが、細めた目元は笑っていないように見える。
「単純に、メニューの値段は上げれないのかな?」
「うーん……上げようと思えばすぐにでも上げれるとは思いますよ。でも昔……お兄ちゃんが言ってたんですよ。このメニューと値段はどれも、俺が小さい頃から考えてきたものだ。俺の人生をかけたメニューだからこそ、これでお客さんが笑顔になってくれると嬉しいよな、って……」
「なるほど……」
ほなみさんは、そのお兄さんの言葉が忘れられないから値段を変えないのか。にしても、人生をかけた、か……
「でもそれってお兄ちゃんの人生をかけたものであって、ほなみちゃんの人生ではないよ」
「えっ」
今まで黙っていたサクラコが、りんごジュースを飲んでいたストローをガジガジと噛みながら言う。行儀こそ悪いが、言っている事は正論だろう――ここまでハッキリ言うとは思わなかったが。
「で、でも――」
「ほなみちゃんがどうしてそこまでこのお店についてこだわるのかはわたしには分からないよ。だけど、ほなみちゃんの人生はほなみちゃんのものであって、そのお兄ちゃんのものでは無いよ。勿論、自分の人生で誰かの意見を参考にするのはとっても良い事なんだけど、最終的にそれを受けて行動するかしないか、幸せになるかそうじゃないかは自分で決めるもの。ましてや、他人の夢で自分の人生が締め付けられるなんてもっての外。……ほなみちゃんは今、幸せ?」
ほなみさんの言葉を遮り、間髪入れずにサクラコは捲し立てる。
こんなに流暢に話すサクラコは、初めて見た。どこか哲学的で、知性が溢れるような……普段の無邪気な様子からはかけ離れていた。
「幸せ……かどうかなんて、分からないよ。私は、お兄ちゃんの夢だったこのお店を残してあげたくて……ただ、それだけのために頑張ってきたんだよ」
「それって楽しいの? 他にもっと、やりたい事があるんじゃないの?」
「お、おいサクラコ。いくらなんでも一気に聞きすぎだ。少し落ち着けよ」
「孝文は黙ってて」
えぇぇぇーっ。サクラコさん、急に厳しすぎじゃね? 流石の俺でも、ちょっと心が折れかけたぞ。
「私の、やりたい事……」
「そう、ほなみちゃん自身がやりたい事って、何?」
「私は――私はっ! 孝文さんと結婚したいっ!」
……はぃ? 今何て言った? 結婚? 俺と、ほなみさんが……え、待って、ナニコレ。
「――――えぇぇぇぇえぇぇぇぇぇっ!?」
黙れと言われたが、こればかりは叫ばずにはいられなかった。
●あとがき
サクラコがストローをガジガジと噛んでいたのは、言いたい事があるけどなんとか我慢しているからです。言いたいけど言えない。もどかしいですよね。
烏骨隊長「とはいえ、行儀が悪い事には変わりないのである」
烏骨隊員「「「隊長の言うとぉーりっ! 行儀悪いであります!」」」
クロエ「うるさ、うるさっ。ちょっと黙らせなさいよ」
鷺ノ宮「そ、そんな事より結婚って!! ねぇ、結婚!!」
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