世代交代の予感?

 ある日の早朝の事。

 日が昇る少し前くらいに起きた俺は、いつものように動物たちの世話をするために庭に出ていた。

 吐く息は白く、着々と冬が来ていることが分かる。吹く風も冷たく、厚手の上着を羽織っているものの身を縮めさせてくる。


「はぁ、厭だ厭だ。こうも寒いと布団に戻りたくなっちまう」

「こらーっ!ちゃんとお世話するよーっ!」


 俺が愚痴っているとサクラコは喝を入れてくる。

 ……いや、うん。俺もしっかり動物たちの世話をする気ではいるんだよ?でも寒くてつい愚痴っちゃっただけだよ?


「わかってるわかってる。それじゃ、サクラコは烏骨鶏達を小屋から出してあげてな」

「りょーかい!それじゃあクロエよろしくね!」


 俺達はそそくさと動物たちの小屋に近づき、ドアを開ける。

 クロエは小屋の床に敷いていた藁の上に寝転がっていたが俺がドアを開けるのを確認するとゆっくりと立ち上がり、俺に身体を擦り付けた後のっそのっそと庭へと繰り出していった。まるで猫のようだ。

 クロエはマイペースだ。小屋から出れるぞ、嬉しい!みたいに小屋から飛び出るなんて滅多にしない。そこがクロエの良い所なんだけどね。そそっかしくて手のかかる子よりもずっと良いよ。


「孝文っ!大変だっ!」


 そんな事を考えていると隣にある鶏小屋から焦ったような声が聞こえた。


「どうしたサクラコー?何かあったかー?」

「はやく来てーっ!」


 ふむ、何事だろうか。サクラコがこんなに慌てるなんてそうそう無い事だぞ。

 俺が鶏小屋のすぐ前まで向かうと、サクラコは小屋の中に顔を突っ込んで何やらゴソゴソとしていた。


「サクラコ、何があったんだ?」

「孝文、これ!」


 頭から小屋に突っ込んでいたサクラコが手にして俺に見せてきた物は、卵だった。


「……卵、だな」

「そう、卵!」


 真っ白で綺麗な卵。恐らく烏骨鶏が産んだのだろう。


「この卵、どうしよっか?」

「そうだなぁ……」


 その内烏骨鶏達が卵を産むことは分かっていた。そもそも鶏なのだから産むのは当然だ。

 しかしながら、烏骨鶏は卵を産みにくい種だ。年間約百二十個程度しか産まない。我が家に来てから初めての産卵だが、住む環境が変化したことでそれがストレスになり今まで産みたくても産めなかったのだろう。

 そう思うと、ようやくこの環境に慣れてくれたという事だから、喜ぶべき事だろう。


「有精卵か無精卵かが分からんからなぁ……」


 鶏の卵は、ぱっと見では有精卵か無精卵かの判断が出来ない。産んでからある程度たってから卵にライトを当てて血管らしきものが見えたら有精卵だ。

 きっとこの卵は今朝産んだものだからまだライトを当てて判断するには速すぎる。

 よって、今出来る事といえば何もせず放置するくらいしかできない。


「よしサクラコ、その卵だが鶏小屋に戻してやってくれ」

「食べないの?」

「まだ食べないよ。これからは沢山産卵するだろうから、ある程度産んだらそこから食べる分だけ貰おうか」

「分かったー!」


 サクラコはそう言うと小屋へと駆けていき、卵を元会った場所に戻した。

 烏骨鶏は年間で卵を産む数が少ない種だ。それ故にその希少な卵は市場では高値で取引され、一個あたり二百~三百円もする場合もあるそうだ。

 味も一般のスーパーなんかで見かける卵と比べ濃厚で、非常に美味しいらしい。俺としても食べてみたさはあるものの、せっかく我が家の烏骨鶏達が産んだ卵だ。最初は食べるのは控えて、烏骨鶏達に羽化させるようにしてみよう。


「我が家に来て初の産卵……なんだか今日は良い日になりそうだ」


 もし有精卵なら、家族が増えるかもしれない。

 そんな期待を込めながら、今朝の烏骨鶏達のご飯は、少し多めに用意してあげるのだった。



 その日の朝食は卵の話題で持ち切りだった。

 サクラコは烏骨鶏が卵を産んだことが相当嬉しかったらしく、口を開けば「卵が~」と話している。 ……基本的に卵の調理法についての話題だったけどね。卵焼きに目玉焼き、ご飯にかけても美味しそうだね、と。


 朝食後のサクラコはバタバタと忙しそうにしていた。

 「今日の時間割は~」とランドセルに教科書とノートを詰め込んでいる。

 日頃から翌日の準備はしておくようにと口を酸っぱく言っていたんだけどなぁ。


「それじゃあ行ってきまーす!」

「あぁちょっと待て、俺も行くから」

「え、孝文も行くの?」

「先生に用があるし、学校の場所知らないからな」


 先生であれば、サクラコの両親の連絡先を知ってる可能性があるからな、それを聞きに行くのだ。それに、サクラコの学校での様子も確認しておきたいしな。


「おー、じゃあ一緒に行こう―!」

「あいあい、行きましょかー。忘れ物無いよな?」

「無いはず!さっき準備したから!」

「……昨日のうちに準備は済ませとこうな」


 こうして、俺とサクラコは共に学校へと向かうのだった。

 母校ではないとはいえ学校に行くのなんて久しぶりだし、なんだかワクワクするな。久しぶりの通学路、楽しもうじゃないか。



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