家族御迎編 第三話
クロエが家族になってから1週間が経過した。
この1週間俺は役所にクロエの登録書類の提出をしたり、初めてのヤギの飼育に色々とてこずったりなどある程度忙しい日々を送っていた。驚いたよ、ヤギはどう扱おうが家畜という区分になってしまうらしく、家畜は必ず届け出が必要なんて知らなかったよ。詳しい事は分からないが、感染症とか色々と厄介な事があるんだろうな。
そのクロエだが今はもう庭での生活に慣れたらしく、日向ぼっこをしながら寝ていたり、生えている雑草を食べていたり、俺が用意したエサを食べたり、走り回って遊んでいたりする。俺やサクラコが庭に行くと、プリプリと尻尾を振りながら寄ってきては頭を足に押し付けて撫でろと催促してくるくらいには俺達にも心を開いてくれていた。
庭を囲う柵も、クロエが来たことで更にやる気が上がり、この1週間の間で全て設置することができた。なので今のクロエは綱を繋いでの繋牧ではなく、完全に自由な放牧状態となっている。
ヤギは1匹だけの飼育だと寂しくて鳴くらしいが、クロエは今だに鳴いたことが無い。というか、鳴いた声を聞いた事が無かった。最初の3日間くらいは全く鳴かないクロエが心配になったが、今となっては元気に過ごしているので鳴かない事は気にしないようにした。……1度くらいは、声聞いてみたいけどね。
そしてクロエが来てから変わった事がある。今までもよくご近所さんが俺の家に訪れては世話を焼いてくれていたが、クロエが来てからは今まで以上に頻繁に来てはサツマイモのツルなど、クロエが食べられるものを持ってきてくれるようになった。それ以外にも、今まで来た事が無いような人も訪れてはクロエを見て和んでいる。クロエは皆にモテモテなのだった。いやぁ、田舎は情報が回るのが速いよね。
さて、今日も今日とて柵の外はクロエを見に来たご近所さん達が井戸端会議をして賑わう中、俺は庭の一角に作った畑に何時ぞや頂いたジャガイモを植えるために耕していた。
最近は小屋作りやら何やらで畑に割く時間が無かったので、クロエを迎える事が出来てある程度余裕が生まれたので、そろそろ畑に手を付けようと思っていたのだ。……まぁ、種芋としてとっておいたジャガイモから芽が出てきたので、そろそろ植えなきゃマズいな、って思ったことが今回畑に手を付けだした原因なわけだが。
いやぁ、ご近所さん達は今日も元気だなぁ。クロエを愛でるためという目的?建前?を忘れてこちらに見向きもせずに話し込んでいらっしゃる。
俺は滴る汗を拭いながら横目でご近所さん達を見ていると、クロエが近づいてきた。
「クロエ、どうした?」
俺との距離を30cm程度保って止まり、俺をじっと見つめるクロエは当然の如く何も言わない。何時ぞや初めて”Katze”に行った日に出会った猫のようにはいかないか。
すると、微動だにしなかったクロエが前足を使って地面をカリカリと搔いていた。これは、何かが欲しいときにする動作だ。
「何か欲しいのか?」
「はいクロエ、笹あげるー!」
横から笹を差し出されたクロエはもっさもっさと食べだした。
「おはよう、サクラコ。その笹どうしたんだ?」
「あれ、びっくりしなかったのー?」
突然現れたサクラコだが、どうやら驚かせようと企んでいたらしい。
「そんなに驚かなかったなぁ。なんか、もう慣れたな」
実を言うと、これまでサクラコは突然現れる系のドッキリを俺に対して何度かやっていたので耐性が付いてしまった。
「なんだ、つまんないのー」
「つまらなくてすみませんね。で、その大量の笹どうしたんだ?」
サクラコがクロエに差し出した笹は結構立派なもので、大ぶりの葉が付いたものだった。そんな笹をサクラコは両手いっぱいに抱えるような量を持ってきていた。
「庭に生えてたの!」
「庭?サクラコの家のか?」
「うん、いっぱい生えてるんだ!」
サクラコの家に行ったことは無いが、そうか、竹が生えてるのか。調べてみると笹の葉は草食動物の冬場の食糧源らしいので重宝しそうだ。確かに冬場は雑草も枯れるからな。冬場でも枯れない竹は貴重なんだろう。
「たまにでいいから、今日みたいに笹持ってきてくれるとありがたいな。クロエも美味しそうに食べてるし」
クロエが本当に美味しいと思っているのかは不明だが、食べるのを辞めないあたり美味しいんだろうな。ヤギは結構飽き性な動物で、飽きたらすぐに別の草を食べに移動する。多分だが、この様子だとクロエは笹を食べ続けるんだろうな。存分に腹を満たすといい。
「孝文は何やってるの?」
「ん?あぁ、俺は今ジャガイモを植えるために畑を耕してたんだよ」
鍬と芽の生えたジャガイモを指さしながらそう言うと、サクラコはジャガイモをまじまじと見だした。
「このジャガイモ、この前のと違う?」
この前というと、おそらく一緒にジャーマンポテトを作った時だろう。ジャガイモを洗ったから形を観察していたんだろうな。
「芽は生えてるけど同じジャガイモだよ。こんな風に芽が出だしたらそろそろ畑に植えても大丈夫、って事なんだよ」
「へぇー、そうなんだぁ」
サクラコは芽が気になるのだろう。よく見て観察して、触ったりもしている。
「食べちゃダメだからな」
「食べないよ!」
「ジャガイモの芽には毒があるからな」
「えっ!」
確か、ソラニンという毒があったと思う。毒と言っても腹を下す程度だったかな。よく覚えていないけど。
「孝文!わたし触っちゃったよぉ!」
サクラコがジャガイモを持ったまま暴れだす。おいおい、クロエが驚いて後ずさってるぞ。
「あー、触った程度なら大丈夫だよ。食べなきゃ平気だ」
「えっ?」
今度はおとなしくなった。随分と面白い反応をするな。
「べ、別に知ってたしぃー……」
あ、今度は知ったかぶっていやがる。
「うぃうぃ、そうですか。サクラコさんは物知りですねぇ」
「そ、そうだよ!わたしは物知りなんだからっ!」
きっと今のサクラコは後に引けなくなってるんだろうな。強がっちゃってー、子供っぽくていいじゃない。とはいえ、何か突っ込んだ方がよかったかな……?
「……まぁいいか。サクラコ、耕すのは終わったからジャガイモ植えるの手伝ってくれ」
「う、うん、手伝うよー!」
こうして俺とサクラコは、もっさもっさと笹を食べるクロエの視線を感じながら、そしてご近所さん達の井戸端会議をBGMとして聞きながら植え付け作業をするのだった。
◇
ご近所さん達の井戸端会議も聞こえなくなった昼下がり。
ジャガイモの植え付けを終えた俺とサクラコは、庭先の日陰で涼みながら休憩していた。
「今日植えたジャガイモは、いつ取れるようになるの?」
「そうだなぁ……12月くらいかなぁ」
「おっきく育つかなぁ」
「どうだろうなぁ、この土地で初めての栽培だから、どうなるか分からないんだよなぁ」
ここの土地は、土の質自体は良い物だろう。ここに引っ越してきた時点ではモグラが掘り返したような痕がそこかしこにあったので、モグラがいるという事はつまりエサであるミミズがいるという事だ。ミミズは良い土にしかいないって言うからな。それに、耕すときにバーク堆肥を混ぜながら耕したので、それも重なって良い土壌なんだとは思っているが……どうなるかは分からない。いかんせん俺は農業初心者だからな。
「きっとおっきいのが育つよ」
「お?あぁ、そうだといいなぁ」
サクラコは自信たっぷりといったような表情でそう言ったもんだから、少し拍子の抜けたような返事をしてしまった。いかんな、俺がこんな調子では良い物も良くならないだろう。きっと良い物が”クケッ”育つ”クコッ”だろう。”クコッ”
……何だ?
「なぁサクラコ。何か聞こえないか?」
「うん?何かってなぁに?」
「いや、クコとかクケとか……」
「うーん、どうだろ」
…………”クコッ”
「ほら聞こえたぁ!」
「うん、今聞こえたー!」
俺達は日陰から飛び出し奇妙な音の正体を暴くべく庭を駆けまわった。
意気揚々と駆け出した俺達だが、次の瞬間それをみて足を止めてしまう。
俺達の視線の先には畑の周辺に数個の、白くてふわふわとした何かがいた。
「……なぁサクラコ。あれは何だ」
「……孝文、あれ何」
クコとかクケとか奇妙な音を発する白綿は左右に揺れながら進んでいる。すると、一番大きい白綿のてっぺんに黒いものが見えた。
「……あれ、鶏じゃね?」
てっぺんに見えた黒いのはトサカだった。
なぜだが知らないが、我が家の庭に総勢5羽の鶏が地面をついばんでいた。
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