夢への足掛かり編 第一話

 仕事を辞めてから3週間が経過した。

 その間俺は、今まで仕事で休めなかった分を取り戻す勢いで休みを謳歌していた。

 先日調べた休日の過ごし方を参考に、映画を観に行ったり、ショッピングをしたり、散歩をしてみたり。家では読書に勤しんだり、ゲームをしたり、掃除に精を出してみたりもした。

 ほなみさんから連絡が来れば料理の練習に付き合ったりもしていた。彼女はとても頑張っていて、少しずつ、だが確実に料理の腕は上がっていた。しかし、まだ店で出すには不十分な点も多かったので、もう少し練習する必要があるだろう。


 さて、そんな俺だが、今日は…というか今日からはここ最近の休み気分でダラけてしまっているのでそれを払拭するために、やりたい事を達成するための足掛かりを探そうと思う。


 とはいえ、何から始めたものか。

 俺のやりたい事は、『田舎に土地でも買って、動物でも飼いながら自由に過ごしたい』だ。

 つまり、それを達成するためにはまずは土地を買う必要がある。動物は土地を買った後に考えよう。となれば、まずは不動産を物色する必要があるだろう。

 正直、金はそれなりに持っている。7年間ほぼ働き詰めで、金を使う場面なんてバイクくらいだったので、貯まっていく一方だった。同年代の大卒と比べても、働いていた期間が長い分貯蓄額は大幅に多いだろう。…恋人らしい人も社会人になってからはいなかったので、尚更使う場面も無かったし。

 だが、土地は高い買い物になるのでなるべく安く抑えたいところだ。安くてそれなりに条件の良い所を探していこう。……とはいえ、これまでの人生で土地なんて買ったことが無いのでどういった要領で調べればいいのかが分からない。


 ひとまずは、ネットで調べてみよう。

 そう思い立ち、俺はパソコンを起動、土地について調べてみた。


 調べてみると、家も付いている土地がたくさんあった。値段も安い所では100万以下から、高い所では数千万といった具合だ。

 もちろん格安な所にはそれなりに事情もあり、ほぼ放棄地のような状態だったり、それこそ事故物件だったり、家主が高齢で相続人がいなかったり、と様々だった。


 土地の値段等は軽く調べただけでもある程度把握できた。なので、次は不動産屋を訪ねてみて実際に話を聞いてみよう。プロの意見を聞かない事には始まらないからね。


 不動産屋に行ってみるとしよう。たしか、”Katze”に行く途中にあったな。あそこに行ってみよう。


 俺は、身支度を整えると駅前へと向かった。



 駅前から少し歩くと、不動産屋が見えてきた。

 店内に入ってみると、数個のテーブルがあり奥には職員たちの事務所が見えた。オシャレな雰囲気を感じさせる、綺麗な店内だった。

 店内を見渡していると、俺と同い年くらいの女性店員が話しかけてきた。


「いらっしゃいませ、本日はどういったご用件で?」

「土地を探してまして。田舎で、家付きのそこそこ広い土地があれば。比較的安い物件を見繕っていただきたいです。」

「わかりました、少し調べてみますのでお掛けになってお待ちください。」


 女性店員は俺を席に案内すると、奥の事務所へノートパソコンを取りに行った。


 すぐに女性店員は戻ってくると、名刺を渡してきた。


「今回担当させて頂く、中曽根なかそねと申します。」

「頂戴いたします。喜多きたです。どうですかね、良い物件はありますかね。」

「比較的安めの田舎で家付きの土地、との事でしたが何県が良いか、などありましたらお聞かせください。」


 そうだな…別に場所にはこだわっていなかった。


「場所にはこだわりは持っていないんですけど、そうですね…景色が良いところがいいですね。…穏やかに過ごしたいので。」

「なるほど…場所にこだわりは無いとの事ですが、予算はどれくらいをお考えでしょうか?」

「安ければ安いほど良いんですが、まずは500万以下を目安で見繕っていただきたいです。」

「なるほど…調べてみますね。少々お待ちください。」


 中曽根さんはカタカタとパソコンを叩いて調べ始めた。良い物件があればいいのだが。


「…喜多さんは、若そうに見えますがなぜ土地をお探しに?」


 中曽根さんは調べながら問いかけてくる。


「長年働いていたんですけど、やりたい事を見つけましてね。それを実現させるためにそこそこ広めな土地が必要なんですよ。」

「やりたい事を実現させるために…いいですね、楽しそうです。…失礼でなければ、どういった事をやりたいかを教えていただけますか?物件探しの参考とさせてください。」


 確かに、何をやりたいかを伝えれば大体の必要な土地の広さが分かるか。


「動物を飼いたいんですよね。ヤギとか、ポニーとか。後は畑まではいかないにしろ家庭菜園なんかもしてみたいですね。」

「なるほど…そうなると、ある程度の広さは必要ですね。…土地のみですと結構あるんですが、家も付いているとなると絞られてきますね。」


「何件かありましたが、安い順で案内させていただきますね。」

「お、よろしくお願いします。」


「まずはこちらの物件で、宮城県塩竈市でかなり遠いんですけどーーー」






 中曽根さんに数件案内して貰ったけど、どれもピンとこなかった。確かに安いし景色も良いが、何か違うんだよな…いや、何が違うかなんて言えないんだけど、何か雰囲気と言うか、何か違く感じる、程度なんだが。


「ふむ、お眼鏡にかなう物件はありませんか。」

「…すみません、どの物件も確かに安くて良いとは思うんですけど、何かピンと来なくて…」

「いえいえ、高い買い物なので悩むのは当然の事ですよ。」

「なかなか土地探しは難しいですね。」

「そうですねぇ、この仕事に就いて結構経ちますが、やはり難しいで…おや、今新着で来た物件、なかなか良さげですよ。」


 中曽根さんは新着で来たらしい物件をある程度眺めると、俺に見せてきた。


「茨城県の霞ヶ浦が比較的近い物件で、辺りは農業等が盛んな場所ですね。」

「ほほぅ、なんか良い感じですね。写真も見た感じ綺麗ですし。」


 そう、写真で見た感じだとなかなかに綺麗な場所だった。そして、これまで紹介された物件よりも、何か直感的なものを感じる。


「ただ…」


 だが、中曽根さんは何か言いにくそうな口調で続けた。


「お値段が、10万円とかなり格安なんですよね。」

「えっ」


 流石に驚きだ。なぜこんなに安いのか。事故物件か何かか?


「まさか、事故物件とかですか?」

「いえいえ、違います。我々もご紹介する以上は告知義務というものがあるので、事故物件とかは伝える義務があるんですよ。」


 ほほぅ、そんな義務があるのか。確かに、伝えないで後々事故物件でした、なんて判明したら面倒な事になりそうだしな。


「では、そこの物件はなぜそんなに安いんですか?」

「どうやら、この土地を所有しているのはお隣に住んでいる方で、今まで別宅として利用していたらしいんですよ。」


 随分と距離の近い別宅だな。普通別宅と言えば避暑とか避寒をするための所ってイメージがあったんだがな。


「その所有者様はご高齢…というにはまだ若いんですけど、広い土地があっても活用できないから手放したいらしいんですよね。他にも畑を所有しているとの事で、管理も難しいんでしょうね。」

「なるほど…」


 正直、値段の安さにビビっている部分はある。だが…気になる。


「見に行くことは、可能ですか?」

「えぇ、構いませんけど…茨城なのでちょっと距離があるのでこちらも調整してからで構いませんか?」

「えぇ構いませーーーえっ、中曽根さんも行くんですか?」

「もちろんですとも。喜多さんは大切なお客様ですので、物件を案内させていただきます。車を出しますので、喜多さんのご都合のよろしい日時を教えてください。」


 なんと。正直行くとなるとバイクか電車か、だったのでありがたい。観光目的で行くのもアリだったけど無駄な出費は控えたかったので助かる話だ。


「俺は基本的にいつでも大丈夫なので、中曽根さんの都合に合わせていただければ。」

「ありがとうございます。では…今週の金曜日はどうでしょうか?」


 今は月曜だから、4日後か。


「大丈夫ですよ、ではその日に行きましょうか。」


 そんな具合で、金曜日に土地を見に行く事になった。

 もっと不動産屋に長居するかと思ったが、想像以上に早く予定が決まった。

 空がオレンジ色に染まってきてはいるものの、帰るにしてはまだ早い時間だろう。


(今日は、客として行ってみるか。)


 今日は、客として”Katze”に行ってみる事にした。

 店、繁盛してるといいな。



 “Katze”に行ってみると…まったく繁盛していなかった。まぁ夕方だから混み合う時間、ってわけでも無いわけだが。


「いらっしゃい…孝文たかふみさんっ!いらっしゃいませ!」


 ほなみさんは、それはパァっと晴れやかで明るい、それはそれは良い表情で歓迎してくれてた。


「こんにちは、今日は客として来ましたよ。」

「わぁっ、ありがとうございます!それでは、お好きな席にどうぞ!」


 ほなみさんは今日も相変わらず元気だなぁ。


「では、アイスコーヒーをお願いします。」

「かしこまりましたっ!少々お待ちください!」


 ほなみさんはパタパタと軽快な足音をたてながら、キッチンへと駆けていった。


 少しすると、ほなみさんはアイスコーヒーを2つ持ってきて俺の前に1つ、俺の向かいの席に1つ置くと、鼻を鳴らしながら自信満々、といった表情で向かいの席に腰掛けた。まるで、「座って当然!」とでも言いたげだ。


「…休憩ですか?」

「あはは、お客さん来ないので…」


 ほなみさんは困ったようにはにかむと、コーヒーをちびちびと飲み出した。


「確かに、休憩は大事ですからね。さぞ今の今まで忙しかったんでしょう。お疲れ様です。」

「…孝文さんは、いじわるですね。」


 ほなみさんは拗ねるようにぷくーっと頬を膨らましながらそう言う。だが、次の瞬間にはまた笑顔になる。


「でも、最近お客さんが来てくれるようになったんですよ!まだ少ないですけど、嬉しいです!」


(本当に嬉しそうに、楽しそうに話すな、この人は。)


 そこから、俺とほなみさんは長いこと世間話やら店の事やらを話していた。

 時折俺がほなみさんを茶化すと、面白い反応をするんだよね。弄りがいのある人だ。






 アイスコーヒーを3杯おかわりして、その氷が溶けきるまで話し込んだ俺たちの今の話題は、将来の夢の事になっていた。なぜこの話題になったかは正直覚えていない。「これ知ってますかっ!?」だったり、「そういえば…」といった具合でほなみさんが次々と話題を提供しては脱線して、なので一生終わる気がしない。だが、俺は別に時間はあるし、店に客も来ていないので長い時間話していても大丈夫だろう。それと、ほなみさんの心のケアの為にもこうして人と話すことは良い事だろう。お兄さんが亡くなってからまだ日が浅いわけだから、尚更だ。


「なるほど、孝文さんは田舎暮らしがしたいんですね!」

「そうですねぇ。なので、今週の金曜に土地を見に行きますよ。」

「えっ、田舎暮らしっておじいちゃんになってからするんじゃないんですか!?」


 まぁ、確かに「将来は田舎暮らしをしたい」なんて聞けば、あぁ定年迎えたらの話かな、と思うだろう。


「あはは、これを聞けば普通はそう思いますよね。でも、俺は田舎暮らしがしたくて今までやってた仕事を辞めたんですから。」

「そうですか……良い土地、買えるといいですねっ!」


 ほなみさんは相変わらずの笑顔でそう言った。

 さて、そろそろ帰るとするかな。なんだかんだで長いこと居座ってしまった。


「では、そろそろお暇しますね。コーヒー、美味しかったですよ。」

「あっ…はい、また来てくださいね!」

「もちろんですよ。客としても来ますし、料理練習の手伝いもいつでも受け付けてますからね。」


 こうして、俺は”Katze”を後にした。

 最後の方、ほなみさんが元気無いように見えたけど、大丈夫だろうか。

 …まぁ、常にあのテンションで話していたら疲れるのも当然か。


 今週の金曜は土地を見に行く。まだ写真でしか見ていないが、今のところは好印象だ。

 今から楽しみだ。


 俺は、写真で見た風景を思い浮かべながら家に帰るのだった。

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