脱サラ編 第三話
成果発表。
社長や本部長に対し、前年度の成果を発表する場。
それに私が選ばれた。
嬉しさはある。だが、疑問もある。
「なぜ、私なんですか?」
「部長からの指名だよ。今年から管理職以外に若手にもやらせるんだとよ。」
従来この成果発表は係長や課長といった管理職が行う。昇進するための試験のようなものだった。
なるほど、若手にも昇進の機会を与えようというわけか。
成果発表となるとプレゼンか。資料を作らなきゃいけないしそもそも題材も決める必要がある。実に面倒臭そうだ。
「にしても、なんでまた急に若手にも成果発表の場を設けたんですかね。」
「さぁなぁ。上の考える事はよく分らん。だけど、俺はお前に期待してるんだぞ?入社して7年。仕事覚えも早くて若手の中で唯一プロジェクトを複数担当しているお前はウチの部署の希望なんだぞ。」
希望、ねぇ…
皆がやりたがらないようなプロジェクトを押し付けられただけに感じるんだがなぁ。なんで私はプロジェクトを3つも掛け持ちしてるんだろうな。他の人は多くても1つ、プロジェクトを受け持ってない人もいるってのに。謎すぎる。そんでもっていくら複数掛け持ちしてるからと言って給料が上がらないときたもんだ。ほんと、謎すぎる。
「この成果発表、強制ですか?」
正直めっちゃやりたくない。ただでさえ複数仕事を掛け持ちしてるってのにここにプレゼン資料作成なんて加わったら面倒にも程がある。給料上げろ。
「言うと思ったから先に部長に聞いといたよ。強制だとよ。正直、面倒な事に巻き込んで申し訳ないとは思ってるよ。」
「ですよねー...」
「まぁそう気を落とすな。俺も手伝うからよ。何か必要な資料があれば言ってくれ、用意する。」
「資料、ねぇ...この成果発表っていつやるんでしたっけ。」
「6月上旬だな。」
「うっわ、もうあんまり時間ないじゃないですか。」
今は5月上旬。あと1ヵ月しかない。
「だけど、朗報もあるぞ。管理職は発表時間30分だが、若手は5分で良いらしい。間に合いそうか?」
「いやいやいやいや...朗報じゃないっすよ...成果を5分内に収まるように、なんて超難題じゃないっすか...」
なぜ清水さんはこれを朗報と捉えたのだろうか...
5分で1年分の成果を纏める?無理だろ、めっちゃ内容薄くなるぞ。管理職連中の30分だってしっかり作り込めばむしろ時間が足りない程だろうに。
物理的に1年分の成果を纏めるのは困難だろう。であれば、絞るしかない。
去年度は何をしただろうか。通常の試験をこの発表で使うのは正直面白みに欠けるから却下だろう。であれば制作系でいくか?試験機を複数制作した、耐久試験用のシーケンサーのプログラムを制作した、後は新しい規格に対応した治具も作ったな...うっわ、思い返すとめっちゃ試験機制作したな。我ながら凄いぞ私。
「題材、あれでどうだ?」
「あれ?...あぁ。」
「去年度序盤にあった重大不具合。題材にピッタリだろ!」
去年度の始め、思い出したくないくらい忙しい時期があった。
その時にあったのが私が担当していた製品で、量産開始間近に発生した不具合。対応に手を焼いたっけ。あんなのはもう二度とごめんだ。
でも、あれなら内容を知り尽くしているし題材にも良いだろう。
「よし、じゃあそれでプレゼン資料書いてみますね。」
「おう、よろしくな!」
こうして成果発表の資料作成、もとい残業確定生活が始まったのである。
「はぁ、こんな事なら昨日は定時で上がらなけりゃよかった...もっと早く言ってくれよ...」
後悔先に立たず。強制だから頑張るしかないのである。
◇
通常業務をなるべく定時間内に終わらせ、残業でプレゼン資料作成と発表の練習を行う。
通常業務が定時間内に終わらなければ残業してなんとか終わらせ、家に持ち帰ってプレゼン資料を作成する。
一番大変だったのは水曜日と金曜日だった。この会社、無駄に定時退社日とかを設けているせいで強制的に定時退社させられる。当然、終わらないので持ち帰って資料作成。キッツ。
そんな事をしているとあっという間に1ヵ月が過ぎていた。
今日は成果発表の前日。
正直めっちゃツラい。眠い。疲れた。口を開けばそんな単語がポロポロと出てくる。
だが、なんとか資料を作り上げる事が出来た。練習もたくさんした。あとは明日を待つだけだ。
上手くいけば昇進。給料が上がる。期待を胸に浮かべながら明日を待つだけだが...そうはいかない。
通常業務もこなさなければいけないのだ。疲れた身体に鞭打って仕事をこなそうと思ったが...ひとまずはタバコだ。一服しよう。
タバコは良い物だ。頭がスッキリする。その実は脳の毛細血管が収縮することで意識がボケーっとするだけだが。
一服しようと席を立ち、試験棟前の休憩所へと向かう。缶コーヒーはマストなので買っておく。
ベンチに腰掛け、胸元からタバコを取り出す。吸い出す前に、フィルター部分を下にして、ライターを軽く叩く。そうすると葉がフィルター側に集まって吸い心地が良くなるんだよね。
一連の動作をルーティン的にこなし、ようやく火をつける。
スゥー、っと深呼吸するようにゆっくり、優しく吸う。火種がチリチリと音をたて、煙が口内に流れ込む。肺までしっかり入れ、はき出す。
うん、美味い。疲れた身体に染み渡る。
タバコは好きだ。一人で吸うのは尚更好きだ。ゆっくりと、自分のペースで吸える。先輩達と吸うとどうしても先輩のペースに合わせながら吸わなきゃだからゆっくり出来ないからね。
ゆっくりと、コーヒーを飲みながら楽しむ。まさに至福の時。愛煙家としての嗜みである。
そうこうしていると1本吸い終わってしまう。いつもならもう1本、といきたい所だがまだ仕事が残っている。重い腰を上げ、缶コーヒーをゴミ箱へ捨てる。
「さぁ、もうひと踏ん張りだ。」
自分を鼓舞するために小さく呟き、作業へと戻っていった。
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