第100話 夢の中?

「一花叔母さん?」


僕がそう呼ぶと、

彼女は風になびいた髪を払ってニコッと笑った。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!


本当に一花叔母さんだったら、

どうしてそんなに若いんですか?!」


僕がびっくりして尋ねると、

彼女は僕の頭をスパーンと叩いて、


「女性に年齢を言うのは失礼でしょ!」


と初めて言葉を交わすのに怒られてしまった。


僕がポカーンとして彼女を見ていると、

彼女はワハハハと大声で笑い出し、


「私の心は何時でも乙女なの!」


そう言って僕の肩をグイッと押した。


“あれ~? 佐々木君から聞いてたイメージとは違うんだけど……”


そう思っていると、


「ヤンチャ共から何を聞いてるか知らないけど、

私は元々こういう性格よ!」


そう言って彼女が二カッと笑った。


「え? ヤンチャ共って……」


「陽向君も知ってるでしょ?」


「もしかして……

矢野君と佐々木君?!」


そう尋ねると、

彼女はフフっと少女のように笑った。


性格はともあれ、

やっぱり彼女は佐々木君の言った通り、

儚げで、綺麗な人だった。


「あの……ところでここは?

僕……夢の中にいると思うんですけど……」


そう尋ねると、


「そうね~夢と言えば、夢なんだけど、

夢とはちょっと違うかな?」


と一花叔母さんが海の方を見つめてそう呟いた。


「夢とは違うって……どういう意味ですか?

それにここ、沖縄ですよね?」


そう尋ねて僕も海を見つめた。


「そうね……


ここは、あなた達の記憶の中……


今ここに迷子になっている私の大切な子供が……


陽向君、彼の事をお願いね……」


一花叔母さんがそう言った瞬間、

強い海風が僕の顔に吹き付けた。


「あっ……」


っと一瞬顔をそらして戻した時には、

もうそこには一花叔母さんの姿は無かった。


ただ、彼女から漂っていた、

花の香りのような甘い匂いが残り香としてそこに残っていた。


「一花叔母さん?


一花叔母さ~ん!」


何度も彼女の名前を呼んだけど、

僕の叫び声は海にかき消されるばかりで、

彼女が僕の前に再び現れることは無かった。


僕はギュッと唇を噛みしめると、

海岸沿いに聳え立つホテル・サンシャインに目を向けた。


“一花叔母さんはここは僕達の記憶の中だと言った……


きっとここの何処かに矢野君が居るんだ……


まずは矢野君を見つけないと……”


そう思うと、僕は一歩一歩前に歩き始めた。


“ここには僕も居るのだろうか?

皆は僕の事知ってるのかな?”


そう思って辺りを見回したけど、

辺りに人のいるような気配はない。


“変だ……


真夏の観光地なのに、

人っ子一人いない……”


普通であれば、

砂浜には沢山の観光客の姿で溢れかえっている。


多くの人も行き来しているはずだし、

子供たちの騒ぐ声さえしない。


通りには車も走っているはずなのに、

人どころか、鳥などの動物の声さえもしない。


ただ波の音が静かに僕の耳に響いていた。


“これが記憶の中だから?


もしかして、目的を達成できないと、

ここから出られないってオチ?”


そう思うと、僕は急いでホテルに走り出した。


やっぱりホテルまでの道のりにも、

誰一人としてすれ違った人はいなかった。


勿論車も走っていない。


ホテルの前まで行くと、

見覚えのあるバスが止まっていた。


“これ…… 送迎用のバスだ……”


中を覗いてみたけど、

やっぱり誰も乗っていなかった。


僕はバスを後にすると、

ホテルのドアの所まで来た。


やっぱり人の気配はしない。


でもホテルは、僕の知っている

そのままの姿でそこに立っていた。


ただ、人が誰もいないというだけだ。


恐る恐るドアに近づくと、

自動ドアがスーッと開いた。


“ドアはちゃんと開くんだ……”


僕はホテルの中へ入ってみた。


でも誰もいない。


凄く不思議な感覚だった。


人はいないのに、

ちゃんと電機は通っている。


「矢野君~?」


小声で呼んでみた。


割と声が響く。


今度は、


「矢野くーん!!」


と大声で叫んでみた。


僕の声が2度、3度木霊してそして消えた。


“ここにはいないんだ……


一体どこにいるんだろう……”


僕はランドリー室の方に回ってみた。

でもやっぱり人っ子一人いない。


汗だくになりながら裏にある海岸へ出た。


“懐かしい……


そう言えばここ……


良く休憩中に岩に座って海を眺めたな……”


そう思うと、少しセンチメンタルになった。


“だめ、だめ、矢野君を探さなきゃ!”


次に僕達が滞在していた社員寮に行ったけど、

やっぱり誰もいなかった。


“変だな……


人が生活しているような形跡はあるんだけど……


何故誰もいないんだろう……?


もしかして今の僕って幽霊みたいな存在?


本当は、人は居るのに僕に見えないだけ?


それと同じように向こうから僕の姿も見えないとか?


一体どういう事だろう?


これ、夢なんだよね?


僕達の記憶が夢となって表れてるだけなんだよね?


なんで一花叔母さん消えちゃうの?


もっとヒントをくれても良さそうなもんなのにぃ~!”


益々この世界の事が不思議になった。


“それにしても一体矢野君、何処にいるんだろう……


もしかして……秘境の地?”


そう思うと、もう一度海岸の方を眺めた。


“そうだ……きっと秘境の地だ!”


何故か、矢野君はそこに居ると感じた。


僕は社員寮を飛び出ると、

息を弾ませて秘境の地へ続く海岸沿いへ来た。


上へ続く斜面を見上げると、

不思議な空気を感じた。


空を見上げて深呼吸すると、

石をつかみながらその斜面を登り始めた。


上まで上り詰めて小さな獣道に入ると、

小さな滝の音が聞こえてきた。


“もうすぐだ……”


そう思った時、


“バシャン!”


という水に飛び込むような音が聞こえた。


“誰かいる!”


僕の心が急いた。


小枝を分けて急いで突き進むと、

見知った広場に出た。


“この場所は夢の中でも色褪せたりしないんだ……”


そう思った瞬間、僕の目に飛び込んできた光景は、

濡れた前髪をかき分けながら

湖の中から上がってくる矢野君の姿だった。


“居た!”


矢野君を見つけた時は、

わらの束の中から一本の針を見つけたような感覚だった。


“本当にここに居たんだ……


これは僕の知ってる矢野君?


僕の事を知ってる矢野君?”


少し躊躇して遠くから矢野君の姿を眺めていた。


すると、僕に気付いた矢野君がびっくりした様にして僕を見た。


「陽向?!」


そう叫んで、僕の所に走りよると、

矢野君は僕を抱きしめて、


「本当に陽向なのか?


本物なのか? それとも幻覚か?!


どうして夢の中のお前がここにいるんだ?!


俺はまだ夢の続きを見ているのか?!」


そう言って僕の頭を撫でた。

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