第96話 矢野君の決断
「番の解消?」
矢野君は驚いたようにして僕の顔を見た。
「ねえ、僕達って番の解消できるんだよね?
だったら、僕との番の解消をしてください!」
僕は床に跪いたまま矢野君を見上げて、
もう一度お願いした。
矢野君は僕が言った言葉をやっと理解したようにすると、
「お前、何言ってるんだ?
自分が言ってること分かってるのか?
変だろ?
何故に今になって……冗談だろ?」
と慌てたように僕の肩を鷲掴みにした。
「僕が冗談でこんなこと言うと思うの?」
「じゃあ、何故?!」
矢野君が食って掛かった。
「だって咲耶さんが!」
僕がそう言うと、
「咲耶?
原因は咲耶なのか?
何故……?
何故、咲耶の為に俺たちが番の解消をしないといけないんだ?」
矢野君が戸惑ったようにして訪ねた。
「僕達きっと、出会いが悪かったんだ……
もし同じ土俵で矢野君と出会っていたら……」
僕の言葉を挟んで
「何を言ってるんだ!
出会いに良いも、悪いもないだろう!」
と矢野君が咄嗟に行った。
「でも……咲耶さんの言ってることが本当だったら、
矢野君と咲耶さんは相思相愛だったんだよ?
ただ、すれ違いがあったってだけで、
分かり合えれば元に戻れるかも……」
僕がそう言うと、矢野君はうなだれた。
そして僕をまっすぐ見ると、
「陽向、俺たちは終わったんだ。
あの時は愛し合っていたかもしれないけど、
それはずっと続くものじゃなかったんだ」
と僕を説得にかかった。
「矢野君は、沖縄で僕達が出会った時の事を覚えていないから
そう言うことが言えるんだ!」
矢野君には酷なことかもしれないけど、
僕は僕の正直な気持ちを話すしかなかった。
「じゃあ、俺に質問させてくれ。
もし、咲耶の言う事が仮にも本当だとすると、
なぜ俺の事愛してると言いながらそんな奴にホイホイ付いていけるんだ?
それは愛してるとは言えないんじゃないのか?
俺はその時の事は覚えて無いが、
もし今同じ事が起きたら、俺は即、咲耶とはわかれると思うぞ?」
「だから言ったじゃない!
矢野君は僕たちが出会った時の事を覚えていないから!
矢野君の中では別れることが出来なかったから苦しんだんじゃない!」
そう言うと、
「俺ってほんと、人を見る目無かったんだな」
そうぽつりと言った。
「そんな言い方……」
“それって僕に対して?
それとも咲耶さん?”
そう困惑していると、
「まあ、お前は良いよな」
と切り出した。
「えっ?」
「お前は……そんな咲耶を庇って、
お前の事を愛していると言う俺の言葉を無視して
番の解消を申し込むんだからな。
どこまで良い人気取りなんだよ。
だから咲耶に舐められるんだ」
「どうしてそんな言い方するの?!
矢野君だって咲耶さんの事凄く愛してたんでしょう?!
番になりたいって思ってたんでしょう?!
僕は本当に悩んで、悩んで出した答えなのに!」
「じゃあ、何故俺に相談もせずに1人で決めたんだ!
恋愛は1人だけではできないんだぞ!
お前はそんな俺の心を無視して答えを決めたんだ」
「だってモヤモヤしたままの心じゃ、
絶対何処かで亀裂が出てしまうんだもん!
それに矢野君だって、僕の気持ちを考えた事あるの?!
もし記憶を戻した途端に矢野君が僕を去っていったらって思うと、
怖くて、怖くて……
もしかしたら……
全てを思い出した後に、
また僕だけすっぽりと忘れてしまうかもだし……
矢野君に再会して、
“お前誰?”
って言われた僕の気持ちがわかるの?!」
「じゃあ、俺の記憶が今戻ればお前は俺との関係を続けて行くと言うのか?!
全ての記憶がなければ、
お前にとって俺はそれだけの価値しか無いのか?!」
「そんな事を言ってるんじゃない!」
「お前が言ってるのはそう言う事じゃないか!」
そう言うと、矢野君は黙って立ち上がり、
玄関のドアを開けて立ち去ってしまった。
「矢野君! 待って!
僕達はもっと話し合う必要が!」
そう言って追いかけたけど、
彼は車に乗り込むと何処かへ去って行ってしまった。
仕方なく、矢野君にラインを送って
自分も、もう一度考え直すからまた話し合おうと伝えた。
既読にはなったものの、
矢野君からの返事は無かった。
その次の日の夜に佐々木君から電話があった。
「光がどこにいるか知ってるか?」
と彼は訪ねた。
「えっ? 家には居ないの?
僕、昨日ケンカしちゃって……
実を言うと、僕のラインにも返事をくれないんだ……」
「実を言うと、夕べからずっと連絡が取れない……
咲耶の所に行っても咲耶も知らない」
「そんな……
僕も心当たりを当たってみる!」
「ああ、頼む」
そう言って電話を切ったけど、
結局は矢野君とは連絡が取れなかった。
そして1週間がたって佐々木君から連絡が入った。
「光のいる場所が分かった」
「えっ? 何処? 何処なの?」
「今から迎えに行くから準備しておけ」
佐々木君の声は暗かった。
“まさか自殺じゃないよね”
嫌な思いが頭をよぎった。
彼にはそう言った暗い過去があるからだ。
段々と震えが来て、止まらなくなった。
30分ほどすると、佐々木君がやって来た。
車に乗り込むと、直ぐ様、
「ねえ、矢野君は何処にいるの? ねえ!」
と尋ねたけど、佐々木君は真剣な面差しで運転を続けた。
事故を起こしてもいけないので、
僕はそのまま黙って助手席に座っていた。
向かった先は病院だった。
“やっぱり自殺未遂?!”
心臓の音が速度を増した。
相変わらず佐々木君は何も言わない。
受付で話をして病室へ行くと、
管に繋がれた矢野君を目の当たりにした。
「何これ……」
思わず言葉が出た。
「ご家族の方ですか?」
ドクターらしき人が病室から出てきた。
「はい、従兄と彼の番です」
僕はその番という言葉にビクッとなった。
僕にはそう言ってもらえる資格がもうない。
僕は佐々木君の後ろから、
病室をにぞき込んだけど、
矢野君の事は良く見えなかった。
そのうちにドクターと佐々木君が話はじめた。
「一足遅かったようですね」
ドクターから聞こえた最初の言葉はその言葉だった。
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