第83話 矢野君の本音

”どうして?!


どうしてクローゼットなんて開けたの?!“


僕は慌てて矢野君のところに駆け寄ると、

彼の持つデジカメを奪い取った。


”どうして電源が……


ずっと使って無かったのに……


どうしてバッテリーが残ってるの?!“


もう狐につままれたとしか思えなかった。


僕は矢野君の手からデジカメを取り上げるとその場に座り込み、


「どうして電源が……見た? 中見ちゃったの?」


と涙声に尋ねた。


矢野君がどう言った表情をしているのか知るのが怖くて、

矢野君の顔は見れなかった。


「ごめん……


このクローゼットは小さい時に、

仁とかくれんぼしていた時に、俺が良く隠れた場所なんだ……


あの頃はこの中に、一花大叔母さんのドレスが一杯で

ドレスの裾に隠れていつの間にか眠りに落ちたりして……」


「何故箱を開けたの……?」


「箱って……こいつらが入ってた箱か?」


矢野君にそう尋ねられ、

僕はコクコクと頷いた。


「クローゼットを開けたら懐かしい匂いがして……

足元を見たらこの箱があって……


その香りはこの箱からしてたから何だろうと思って……」


「でも……、でも……、


他の人の物なんて普通、開けない……よね?」


「スマン……


言い訳にしかならないけど、

本当に惹きつけられる様にして……

気付いたらって感じで……


俺にも不可抗力みたいな感じで……」


僕はこのまま消えてしまいたかった。

こんなにも矢野君に

僕たちのことがバレる事を恐れていたなんて思いもしなかった。


それくらい僕は矢野君の反応が怖かった。


僕はデジカメを更にギュッと握りしめると、

床に突っ伏した。


「陽向……


こっちを見てくれないか?」


矢野君にそう言われ体が強張った。


「陽向……


頼むからこっちを見てくれ」


再度矢野君にそう言われ、

僕は恐る恐る矢野君の方を見た。


矢野君は床に膝をつき、

僕の目線まで降りてくると、

僕のデジカメに手をかけて、


「スマン、俺は……


大事な事を忘れているんだな……」


と僕の目を見てそう言った。


そのセリフから、

矢野君がデジカメの中を見たのは明らかだった。


「これも……


俺がお前にあげた物だろう?」


そう言うと、僕の手を取り、

一花大叔母さんのチョーカーを

僕の手に持たしてくれた。


僕はそれを握りしめると、

大声で泣き始めた。


矢野君は僕の肩にそっと手を置くと、

優しく僕の頭を撫でてくれた。


「陽向……


一つだけ見せて欲しいものがある……」


矢野君がそう言うと、

僕の首のチョーカーに手を掛けた。


「お前はチョーカーをしているけど、

俺が一花大叔母さんのチョーカーをお前にあげたと言う事は……


このチョーカーを外してお前の頸を見せてくれるか?」


矢野君のそのセリフに、

僕は直ぐ手で頸を隠すと、

首を横に振った。


「大丈夫だ……心配するな」


「でも……でも……」


僕がそう言って矢野君を見上げると、

矢野君は僕の頬を撫でで、

シーッと僕の唇の指を当てると、

キスをして来た。


「あー、やっぱりだ」


そう言うと、更に僕の奥に自分の舌を絡ませて来た。


”矢野君……


どうして……?“


頭がボッーっとして来たところで、

矢野君が手を掛けておいた僕のチョーカーを引いた。


すると、又あの秘境の地で起こったのと同じように、

僕のチョーカーがスルッと僕の首から滑り落ちた。


普通僕以外がチョーカーを外す事なんて有り得ない。


僕が唖然としていると、

矢野君はそのまま僕の首筋にキスをすると、

僕の頸に向かってその唇を這わせた。


そして頸の噛み痕にかかると、

そこにそっとキスをして、


「やっぱりお前が俺の本当の番だったんだな」


と言った。


「え? 何か思い出したの?」


僕が尋ねると、


「いや、お前の事は残念ながら全然思い出せてないが……


今だから言えるけど、

本当は初めて会った時からお前に惹かれていた……」


との矢野君のセリフに腰が抜ける思いだった。


「え? え? でも…… でも……咲耶さんは?!」


「ハハ、咲耶だよな……咲耶はまぁ、ちょっと横に置いといてだな、

俺な、目覚めてお前を見た時にすごく混乱したんだ……


何故かって言うと、何でか分からないけど、

お前の事は全然覚えてないのに凄く気になって……


お前の瞳が、俺を見る視線が……


それにお前の匂いが……」


「え? 匂いがしたの?!」


「あ~ 匂いだな……最初からお前の匂いは正直だったな。


もう、俺の事が好きだ、好きだって自己主張していたぞ?」


矢野君のそのセリフに僕は真っ赤になって


「そんなの嘘だ〜」


と上ずった声で返した。


矢野君の転機で、少しその場が和んだ。


「いや、いや、本当だ。


俺、最初は何だこいつ?何でこんなキラキラしてるんだ?

それに俺の事、色目で見て無いか?って少し気味悪かったけど、

でも磁石のように惹かれていって……


まさかって咄嗟に慌てて咲耶の名前を出したんだ。


自分の中の記憶では、絶対的な存在はやっぱり咲耶だったし、

他の、ましてや、初めて会った男に目移りする筈は無いって……


俺は自慢じゃ無いが、

浮気だけは絶対自分の中では認めない奴だったから、

記憶的には昨日、咲耶に愛を囁いたばかりのこの口で、

今日は他の男に愛を囁こうとしたことが信じられなくて……


咲耶に執着したのは、俺自身に、

俺が愛してるのは咲耶だって言い聞かせていたことでも有るんだ。


まあ、プライドの問題でもあったんだな」


「矢野君……じゃあ君は初めから……」


「ああ、まだ思い出せては無いけど、

お前の事が好きだ。


馬鹿みたいだよな。

最初から正直に話していればこんなに拗れなかったのにな。


でも番の結びつきって凄いな。


忘れていても同じ相手に一目惚れって……」


「あのさ、咲耶さんの事はどうするの?」


「俺は全てを思い出す必要がある。


何故咲耶が俺に嘘をついているのか分からない。


お前には酷だが、

咲耶とは暫くこのまま付き合って行こうと思う」


「え?」


「心配するな。


思っているんだが、俺は新しい療法を試してみようと思う。


まだ研究途中だから成功する確率は分からないんだけどな。


それで全てを思い出すかは分からないけど、

お前と前に進む為には、

きっと必要な事だ」


「そんな……


それって安全なの?


このままじゃダメなの?」


「俺、少し気になる事があるんだ……


だからこれは俺には必要な事だ」


「今よりも記憶が酷くなることって無い?


更に僕の事忘れるって無い?」


僕が泣いて、止めてとお願いしても、

彼は頑として聞いてくれなかった。


矢野君は僕の手を取ると、


「陽向、もし俺がまた全てを忘れてしまっても、

必ずお前の元に帰ってくる。


だから俺を信じて待っていてくれ」


そう言って彼はしっかりと僕の目を見たので、

その後僕はもう何も言うことが出来なくなってしまった。





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