第58話 サマフェス
“ウワ~ 城之内大学って結構大きかったんだ~”
僕は初めて足を踏み入れた城之内大学に
目を見開いて辺りを見回した。
僕は少し前に矢野君に
この大学のサマフェスに来るように誘われた。
矢野君の見解としては、
この大学に矢野君の恋人が隠れているらしいのだ。
僕はあの日矢野君に尋ねてみた。
「ねえ、矢野君の恋人、
この大学にいるんだったら、
既に矢野君の前に現れているんじゃないの?
何故隠れて矢野君の事見てるって思うの?」
「あいつは絶対俺の元に戻りたいはずだ。
だが俺が記憶を失くしたから警戒してるに違いない。
俺だって恋人がいざ目の前に現れて俺の恋人だって言っても、
にわかには信じられないからな。
きっと様子を見ながら俺をうかがっているはずだ!」
“そこまで分かってるんだったら、
何故僕の事に気付かないの?”
僕の頭の中はそう叫んでいたけど、
彼は一向に気付いてくれていない。
狙いは良いけど、
的は思いっきりずれまくっている。
自分の探している人物が、
自分の隣で本人探しを手伝っているって、
何て滑稽なんだろう……
矢野君には、フラッシュバックの事は
佐々木君に言わないように口止めされているので、
僕はとりあえず大学のフェスに行くことだけは
佐々木君に伝いえておいた。
僕は門をくぐると、
早速もみくちゃにされながら沢山のパンフレットをもらった。
矢野君とは門をくぐって中庭にある噴水の所で待ち合わせしていた。
でも中庭がどこか良く分からない。
ウロウロとしていると、
「陽向!こっちだ!」
と、矢野君の声がしたので、
声のする方を振り向くと、
矢野君が数人の女の子達に絡まれながら僕の方へやって来るのが見えた。
女の子達には
“何この子?”
と言ったような目で見られたけど、
「お前ら離せよ、
暑苦しいんだよ。
それにお前ら臭いんだよ!」
と矢野君も負けていなかった。
「あん、何よ臭いって!
これでも沢山のαたちに良い匂いだって言われてきたのよ!
全く失礼ね!」
と一人の子はプンプン怒っていたけど、
「お前らより、こいつの方がずっといい匂いだ!
分かったら俺から離れろ!
シッ、シッ」
と矢野君は手を払って彼女たちを追っ払った。
「良いの? もしかしたら
彼女たちの中の一人が君の恋人かもしれないよ?」
僕がそう耳打ちをすると、
「馬鹿、俺の恋人は男だったと言っただろ。
こいつらの筈がないんだよ。
それにこいつら、ほんとに臭いんだよ。
お前の方が何百万倍も良い匂いだ。
ほら、言いてる端から……」
そう言って矢野君が空気中の匂いを嗅ぎ始めた。
「お前、改めて嗅ぐと、ほんとにいい匂いだな。
何もつけてないんだよな?
いや、お前の事は前からいい匂いだとは思っていたけど、
今日は更にその匂いが強いな?
どうした? 発情期近いのか?」
「へ? いや…… 発情期はまだ……」
そう言い掛けたとき、
「お花はいかがですか?」
と後ろから声を掛けられた。
振り向くと、かごを下げた一人の女性が花を売っていた。
「可愛い恋人にいかがですか?」
そう言ってかごから一凛の花を取って矢野君の前に差し出した。
「恋人? こいつがか?」
矢野君が僕を見て花売りの彼女を見ると笑い出した。
「ハハハ、こいつが恋人なんて無い、無い。
単なる知り合いだ」
そう言われ、心臓がズキズキと脈打った。
恋人じゃないと言われるのは分かり切っていた事だけど、
友達とさえ思われていないとは思いもしなかった。
矢野君に対して僕は友達ににもなれていない
ただの知り合いなのだ。
俯いて何も言えなくなった僕に
花売りの女性は少しぎこち無さを感じたのか、
「あ…… じゃあ気が向いたら声をかけて下さいね」
そう言ってその場を去ろうとしたした瞬間、
もっていたかごをバサッと落としてうずまり込んだ。
矢野君はきょとんとしてその光景を見ていたけど、
僕は直ぐに分かった。
“ヒートだ!”
「どうしたんだ? こいつ?
急に気分が悪くなったのか?」
少し狼狽える矢野君に、
「大丈夫だよ、 彼女、ヒートが来たみたい」
そう説明すると、
「ねえ、君、抑制剤は持ってるの?」
そう尋ねた。
彼女は首を振ると、
「ごめんなさい、生け花部の部室においたバッグの中に……」
そう言うと、座り込んだ。
僕は辺りを見回すと、
既にαらしき人達が寄り始めているのに気付いた。
「ヒートが起こっています。
αの皆さんは離れて下さい」
そう言うと、彼女の腕を僕の肩に回した。
でも僕もそんなに強い男じゃない。
よろめくと、矢野君がサッと彼女を抱えて
スタスタと歩き始めた。
僕は後ろから、
「ヒートです! 離れて下さい!」
そう大声で叫びながら二人の後をついて行った。
矢野君は生け花部の場所を知っていたみたいで、
迷わずに部室まで行くことが出来た。
矢野君の転機のおかげで、
花売りの人は事なきを得たのだけど、
僕は懸念していた。
矢野君もαだと言う事を。
それも、本人は知らない、既に番のいるαだと言う事を。
花売りの彼女に丁寧にお礼を言われその場を去った僕たちは
矢野君に連れられ、フェスの間は誰も来ないという一つの教室にやって来た。
僕は颯爽と廊下を歩く矢野君の後姿を見ながらここまで付いてきたけど、
教室で僕を振り返った矢野君の顔色を見て心臓が止まる思いだった。
彼は僕の肩をつかむと、
「なあ、俺はαだよな?」
と震えながら僕に尋ねた。
その瞬間ハッとして僕は肩をすくめた。
「なあ、彼女のヒートに、
何故俺は何の反応もしないんだ?!
俺は本当はαじゃないのか?!
それとも俺はすでに恋人と番になっているのか?!
なあ、何故なんだ?
何故俺はあれだけヒートの起こった彼女の近くに居て
何も起こらないんだ?!」
震えて僕に問いかける矢野君に、
「分からない……
僕には分からない……!」
首を振りながらそう答える以外、
僕には他になすすべはなかった。
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