第54話 突然の贈り物

夏休みに突入して暑い日が毎日続いていた。


ビルから外に出ると、

ブワッと熱風が吹きつけた。


「陽向! こっちだ」


佐々木君が駐車場から回して来た車の

運転席から僕に声をかけた。


ガードレールを回ってさっと車に乗り込むと、

佐々木君は車をスタートさせた。


「毎日暑いよね。

こんなに暑くちゃ眠れないよ〜


佐々木君は毎日どうしてるの?」


僕がそう尋ねると、

佐々木君は眉をしかめて、


「エアコンは?!」


と尋ねた。


「もしかして佐々木君って

エアコンの中で寝てるの?!」


「もしかしなくてもお前は違うのか?!」


「そんな贅沢な!

僕は窓を開けて扇風機にアイスノンだよ」


「マジか?!」


そう言って佐々木君は憐れみの目を僕に向けた。


「は〜 君に聞いた僕がバカだったよ。

このブルジョワめ!」


そう言って窓から外を見た。


入道雲が如何にも夏を連想させて、

僕は入道雲を目で追いながら深呼吸した。


「なあ、聞いてるか?」


「ん? 何を?」


「今日の結婚式……」


「うん、うん、男性同士の結婚式なんだよね」


「俺、同性婚見るの初めてかも」


「僕だって初めてだよ」


そう言って佐々木君の方を見ると

ニコッと笑った。


「僕さ、今日の結婚式の事聞いた時、

すっごい楽しみでさ。


どうしても今日の配達、

僕が行きたいって頼み込んじゃったよ〜」


そう言うと佐々木君は僕を見て微笑んだ。


「じゃあ、俺は車停めてくるから

お前は先に行って洋子さんに荷物を渡しておいてくれ」


そう言い残すと、

佐々木君は車を停めに駐車場の方へと回った。


「今日は一人?」


ドアの所でいつもの様に高崎さんに声をかけられた。


「あっ、高崎さん、あ疲れ様〜。


佐々木君が後で来るよ。

今、車を停めに行ってるんだ。


僕はこれから洋子さんとこ」


「荷物持とうか?」


高崎さんに尋ねられたけど、


「大丈夫だよ。


重なってるだけで重くはないから。


ドアだけ持っていてくれるかな?」


そう言うと、


「As You Wish」


と言って高崎さんはドアを開けてくれた。


「有難う!」


そう言ってドアを潜り抜けると、

丁度立川君がお泊まりのお客様を案内して来た所で、


「よう陽向!


お前、この前はやってくれたな〜」


と言いながらズンズンと僕に近付いて来た。


「あ、立川君! お疲れ様です〜


この前って、もしかして……

合コン?」


「そうだよ!


お前と矢野が急に居なくなったから

矢野が連れて来た女子達がブウたれて大変だったんだぞ。


お前ら、いつの間に仲良くなったんだ?

まさか付き合ってるって事は無いよな?」


立川君のいきなりの質問に僕はブンブン首を振った。


「陽向ごめん! 待ったか?」


丁度いいタイミングで佐々木君がやって来た。


「よお、お疲れ!」


佐々木君がそう言って立川君に右手を上げると、


「よ! じゃ、俺はこの辺で」


そう言って立川君は逃げる様に立ち去った。


「変なの。 立川君、佐々木君の事苦手なのかな?」


「何でだよ? 俺、何もして無いぞ」


「まあ、佐々木君はそこに立っているだけでも

偉そうだからね〜」


そう言って揶揄うと、

足蹴りでお尻を叩かれた。


「こら、こら、子供達!

此処は職場だと言うことを忘れないように!」


そう言って洋子さんが顔を現した。


「あ、洋子さん、お疲れ様です!」


声を揃えてそう言うと、洋子さんはプッと笑って、


「それじゃあ、花冠とブートニア見せて貰っても良いかな?」


そう言って最後の点検を行った。


僕は緊張した面持ちで返事を待った。


「大丈夫そうね。


うん、良い出来よ。


長谷川君、随分上手くなったね。


これだったらもっと色々と仕事回せそうだね」


そう言われて僕は舞い上がった。


「有難うございます!」


そう言ってお礼を言うと、


「ほら、ほら、此れを今日の晴れ舞台の方達に届ける仕事がまだ残ってるよ!」


そう言われ、僕は目を輝かせて


「はい!」


と言って控室まで届けに行った。


コン、コン、コンとノックをすると、


「ハイ、どうぞ〜」


と声がしたので、


「失礼します」


そう言ってドアを開けた。


ドアの向こうに立っていたのは

Ωの新郎で、彼の首にはチョーカーがはめてあった。


「あっ、チョーカー……」


小声で言ったはずなのに、


「君もだね」


そう言って彼は僕の襟元を指差した。


「すみません、心の声の筈だったんですが……」


そう言って照れると、


「大丈夫だよ。


君もΩなんだね。


それは恋人に貰ったチョーカー?」


と彼は訪ねてきた。


僕はチョーカーに手を置くと、


「このチョーカーは違うんですけど、

結婚の約束に貰ったチョーカーがあって……」


そこまで言って言葉が詰まった。


「それ、今日のお花でしょ?


こっちに頂いても良い?」


そう言って彼が手を差し出した。


「あっ、はい!


すみません、気が利かなくて……


これ、何処に置いたらいいですか?」


「フフ、大丈夫だよ。


じゃあ、ここに置いてもらえるかな?


そして君……」


「あっ、長谷川です!


じゃあ、ここにお花置きますね」


そう言って窓の桟の所に箱を置いた。


「ありがとう、

長谷川君、ここにきてちょっと座らない?」


と急に彼に誘われてしまった。


「あ…… でも一応仕事中なので……」


遠慮がちに言うと、


「少しだったら大丈夫でしょ?」


そう言って彼は僕を隣に座らせた。


「ねえ、さっきの言葉から少し感じ取ったんだけど、

恋人とはうまくいってないの?」


僕は彼を見て目を見開いた。


「どうしてわかるのか?

って顔してるけど、当たり?」


僕は何も言えなかった。


「言いたくなかったら言わなくても大丈夫だよ。


実はね、僕も色々とあったんだよね。


でも苦難を乗り越えてやっと今日まで来れたんだ。


だから分かったのかな?


長谷川君に表情があの頃の僕に似ていて……

凄く気になったんだ。


それに僕がしているこのチョーカーはね、

婚約指輪の代わりの彼がくれたものなんだ。


僕らもここまで来ることが出来たんだ。


君も、色々とあるかもしれないけど、

絶対最後まであきらめないで。


それが言いたかったんだ」


彼がそう言い終わると、

僕はコクコクと頷いて、

何も言い返すことが出来なかった。


それで余談なんだけど、

今日はね、リングの交換の場で彼がこのチョーカーを外すんだよ。


それが僕たちの結婚の契約なんだ。


でも……はいこれ。

これから頑張る長谷川君に僕からの幸せのおすそ分け」


そう言って彼は手首にはめていたブルーのブレスレットをくれた。


「これは……?」


「僕の誕生石のサファイア!」


「サファイア……?」


そう聞いた途端、心臓を鷲掴みに慣れたような気がした。


“これは偶然?”


ブレスレットを持った手が少し震えた。


「これね、初めての誕生日に彼に貰ったんだ。


色々あったけど、

このブレスレットがずっと僕を導いてくれたんだ。


言わば僕のお守り替わりかな?


もう僕にはいらない物って訳じゃないけど、

突然何故か君にあげなきゃって……


今は大変かもしれないけど、

きっとこのサファイアが君を導いてくれるよ」


そう彼が言った時に、

サファイアがキラリと意志を持ってる様に光ったような気がした。







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