第46話 矢野君の記憶は如何に?

“ウソ! ウソ! ウソ!”


予期していなかった矢野君の登場に

頭が真っ白になってしまった。


恐らく佐々木君も、

彼がやって来ることを知らなかったのだろう。


僕の顔を見ると、

ドキッとしたような表情をしていた。


直ぐに我に返った佐々木君が

僕の脇腹を肘で突いた。


ビクッとしたようにして

佐々木君の顔を見ると、

佐々木君は目で僕に合図していた。


“ホラ、チャンス、チャンス!

何か言えよ!”


とでも言う様に。


僕は矢野君の方を見ると、


「は……は……初めまして!

長谷川です!」


と、吐きそうな程緊張して挨拶をすると、

矢野君はチラッと僕の方を見ただけで、


「仁! お前、エビフライ好きだっただろ?

エビフライ弁当買って来たぞ!」


と直ぐに佐々木君方を向くと、

買ってきたお弁当の話をしだした。


“ちょ……ちょ……

何なの?!


最初からフレンドリーにされるとは思ってなかったけど、

無視されるとも思ってなかったよ!


職場では楽しそうなのに、何なのこの違いは?!”


僕がショックで硬直していると、

佐々木君が矢野君の両ホッペをパンパンとはたいた音で

現実に戻って来た。


佐々木君は真剣な顔をして、


「陽向が挨拶してるだろ?

無視するとは何様だ!」


と矢野君を叱ってくれた。


すると矢野君が僕の方を見たので、

ドキッとして少し怯んだ。


僕が一歩後ずさったようにまた硬直すると、


「何で俺が男なんかと仲良くしなくちゃなんないんだよ?」


と言ってブウブウし始めた。


“もしかして初めての出会いより酷い再会じゃない?!”


僕は佐々木君の顔を見ると、

目配せをした。


佐々木君も気まずそうに、

まさか矢野君がそう言う態度を僕に取るとは

夢にも思ってなかったらしい。


もちろん記憶が戻るとも期待はしていない。


“ねえ、僕、どうしたらいい~?”


そう目で合図すると、


“ちょっと待て、うまい具合に持っていくから”


と目配せをしてくれる。


そのやり取りを見ていた矢野君が、

何を思ったのか佐々木君の腕をガっと掴むと、

僕の方を見て、


「ち~っす」


と軽く言うと、


「ほら、これでいいだろ? もう食堂に行くぞ」


と佐々木君を引っ張って連れて行ってしまった。


“え? え? それだけ?

本当に行ってしまうの?


僕の事全然分からないの~?!”


そう思っている間に僕は、

本当は運命の番であるかもしれない矢野君に

無視された形で一人ぽつんとその場に残されてしまった。


それを見ていた本田さんが、


「記憶喪失って本当に忘れちゃうんですね~


長谷川さんって本当に愛されてたんですね~」


とからかったように言った。


僕は本田さんの顔を見ると、

一気に怒りが込み上げてきた。


「キィ~ 何あの態度!


何時かギャフンと言わせてやりたい~!!!」


カッカとして地団駄を踏みながらそう言うと、


「寂しい一人者同士、

一緒にコンビニに行きませんか?」


とヒョイっと僕の顔の前に笑顔を差し向けた。


僕は目線を本田さんに移すと、

親指をクイッと立てて、


「やけ食いだ~!」


そう叫ぶと、彼女とオフィスを後にした。


コンビニに直行して思いつく好きな食べ物を

ポンポンとかごに入れると、

本田さんが僕のかごを奪い、


「今日は私の奢りで!

元気出してくださいね!


αは彼だけじゃないんですよ~


今度素敵なαと合コンしましょうね」


そう言って支払いを済ませてくれた。


二袋分の食べ物を買って帰ってくると、

矢野君はまだ佐々木君と食堂に居た。


「あら~ 彼、まだいますね。

暇なんでしょうかね?」


そう言って本田さんが僕の肩越しに語り掛けた。


僕はスタスタと彼らの所へと歩いて行くと、


「ご一緒に良いですか?」


そう言って二人の前に仁王立ちすると、

矢野君が僕たちを見上げた。


余りにもじーっと僕を見るので、


「あっ、いや…… その~」


と、僕はまた矢野君の目力に怯んでしまった。


佐々木君が隣で


“バカ~”


というような顔をして僕を見ていたので、


“佐々木君も何とか言ってよ!”


と目配せをすると、

矢野君が僕を見つめたまま首を傾げた。


“何、何? まだ何か言うことあるの?!

良いぞ、かかってきなさ~い!”


と心構えをすると、


「俺達、前に会ったことあるか?」


急にそう尋ねられ、心臓が跳ねあがった。


「え? 前に? 会った事?」


矢野君は更に僕をジーっと見ている。


“佐々木ク~ン、

僕は正直に言っていいんでしょうかぁ~?”


狼狽えて佐々木君の方を見ると、


「光! ほら、あれだ!

高校の時に合コンで知り合った奴だ!


お前は覚えてないかもしれないけど、

この前ホテルで偶然再会してな?


な? 陽向、そうだろ?」


「ウン、ウン、そうそう。


凄く懐かしいな~ってね?


話が盛り上がったんだよね!」


そうブンブンと頷きながら話す僕たちの横で、

本田さんが


“二人ともバカ~”


というような目をして僕たちを見ていた。


その後の矢野君の一言。


「本当に俺がこんな奴が来るような合コンに行ったのか?


俺、バカそうなやつは嫌いなんだけどな~

それにΩって言っても男だろ?


俺、いくらΩと言っても、男と出来るかな~?


可愛いΩの子が混じってたらまだしも、

Ω男のいる合コンになんか行かないと思うんだけどな~


それって一緒に行った奴、本当に俺だったのか?!」


“ちょっと、ちょっと、

僕が馬鹿っぽい?


Ω男とは出来ない?!


どの口が言ってるんだ!


クゥワ~!


く・や・し・い~!!!!


これはもう、何が何でも思い出させて、

僕の前に跪かせてやる~!”


と、そう心に決めた瞬間だった。



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