第44話 運命の番?

僕の顔を覗き込んだ佐々木君の目が、


“お前、何を訳の分からない事を言ってるんだ?”


と訴えている。


「ごめん、言い方が悪かったね。

実はね、彼が僕を噛んだのは彼が東京へ戻る前夜で……


あの日は僕もヒートを起こしてなかったし、

矢野君もあんな状態だったから

ラットなんて起こすはずもないし……


僕達二人ともまさか痕が残るなんて、

思いもして無かったんだ……」


「じゃあチョーカーをしてるのは?」


「痕が残らないのを仮定して

矢野君が僕の頸は自分で守れって……」


「でも番がいる今ではチョーカーをする必要は無いだろ?」


「うん、そうなんだけど、

矢野君が僕たちの将来の口約束の印にって

くれたチョーカーをずっと使ってたから今更外すのも……


それに外した後に傍にいない番を色々と詮索されるのも嫌だったし……」


「まあ、おまえの言ってる意味もわからなくは無いけどな、

じゃあ、それって光に貰ったチョーカーなのか?」


佐々木君のそのセリフに僕はチョーカーに手を掛けた。


少し沈黙した後、


「矢野君がくれたのは綺麗なサファイアが付いたヤツで……」


そう言うと、

彼はショックと言う様な顔をして、


「もしかして一花大叔母さんのチョーカーなのか?」


と佐々木君もあのチョーカーを知っている様だった。


「佐々木君もあのチョーカーの事は知っていたの?」


「そりゃあ、光と取り合いしたからな。

小さい時は第二次性の事とかよく分かってなくて、

あれを自分の物にして光の首にはめるつもりだったんだ。


まあ、αにはいらない物だったんだけどな」


「どう言う経緯で矢野君の手に渡ったの?」


僕がそう尋ねると佐々木君はクスッと笑って


「ジャンケン」


と言った。


「え? ジャンケン?


そんなことで決めたの?」


「一花大叔母さんはそう言う人だったんだ。


目の前にダイヤが有ってもジャンケンで決めろって言う様な人さ。


まあ好きな人をジャンケンでとは言わなかったけどな」


そう言って佐々木君が笑った。


「これからどうやってお前の事を光に認識させるかが問題だよな。


無理に突っ込んでも良い事にはならないし……


記憶は戻って無いにしても、

やっとの事で実年齢のレベルに戻ってきたからな……


それに、一気に思い出しても

あいつの精神力が持ってくれるか謎だしな……」


「ねえ、矢野君は事故に会ったって聞いたんだけど、

そんなに凄い事故だったの?」


そう尋ねると、彼は急に


「あ~ まあな~」


とよそよそしくなった。


僕は彼のその態度に、

敏感に反応した。


「何? 何か隠してるの?!


もう何も驚かないからちゃんと教えて!」


そう言うと、


「あのさ、知らないことの方が良いって事もあるんだぞ?」


と彼は明後日の方を向いて答えた。


「ここまで言われると、

気になって、気になって

知るまで眠れなくなるからちゃんと教えて。


何を聞いても絶対驚かないから!」


そう言うと佐々木君はう~んと唸って、


「まあ、そこまで言うんだったら……


でも、これはお前のせいとかじゃないから、

絶対自分を責めるなよ」


そう返答をして、僕は急に気弱になった。


“え? 僕のせいなの? どういう事?”


少しひるんだけど、彼は間髪を入れずに話し始めた。


「あのさ、あれは8月15日の早朝だったんだよ。

本当だったら15日の昼の便で帰る予定だったけど、

偶然に朝一のチケットの変更が出来てさ。


あいつ、よっぽどお前に会いたかったんだろうな。


気が散漫してたのか、

早朝でまだ頭が冴えて無かったのか、

空港に向かう途中酔っぱらいの運転する車が

あいつの歩いていた歩道に突っ込んできてさ。


避ける間もなかったらしい。

普通だったら異変に気付いても良さそうなくらい

注意力のあるやつなんだけどな。


体は綺麗なもんなのに、

打ち所が悪かったのかな?


半年間眠ったままだったんだよ。


植物人間になった可能性だってあったんだ。


でも奇跡的に目覚めたときは何もかもを忘れていて……


初めて発した言葉が『中学校の入学式は終わったの?」だぞ?」


「じゃあ、彼が僕の為に早く沖縄に帰ってこようとさえしなければ、

こんな事故には会わなかったって事?


僕が早く帰って来てって無理を言わなかったら

彼は予定の便で帰って来てたって事?


僕って矢野君に取って疫病神じゃないの?」


そう言うと佐々木君は僕の頭をクシャッとして、


「馬鹿なことを言うんじゃない!

光がそんな事少しでも思うはずがないだろ?


お前は光をそんな男だと思ってるのか?」


と僕の目を覗き込んだ。


「そんなこと言ってるんじゃない。


でも、僕に会って、

矢野君の人生、凄く狂ってきてない?」


「そんなことは無い。

あいつはお前に出会えて凄く幸せそうだった。


あいつのあんな顔を見たのは、

自殺未遂して以来初めてだった。


お前は絶対光にとって疫病神なんかじゃない!」


僕がうつむいて黙っていると、


「なあ、お前、あのホテルにいたって事は、

あそこで働いてるのか?」


と矢野君が訪ねてきた。


「ううん、今日は頼まれ事が有って訪れてたんだ。


僕が働いてる所は

インフィニティっていうブライダルの会社なんだ」


そう言うと佐々木君が目を見開いた。


「お前、インフィニティで働いてるのか?」


「うん、知ってるの?


最初はね、ゼロっていう花屋さんの面接を受けたんだけど……

残念ながら落ちちゃってね。


でも幸いな事に、

インフィニティの社長さんが声を掛けてくれたんだ」


「それってもしかして嵯峨野さんか?」


「え? 嵯峨野さんの事知ってるの?」


「知ってるも何も、

嵯峨野は一花大叔母さんの嫁入り先で

インフィニティは一花大叔母さんが起こした会社なんだよ」


佐々木君のセリフに僕は腰を抜かす様な思いだった。


「そうなの? 全然知らなかったよ。

じゃあ嵯峨野さんの言っていた特別な人って

一花大叔母さんの事だったの?」


「何? 嵯峨野さん、一花大叔母さんについて何か言ってたのか?」


「いや、はっきりとは分からなかったけど、

今となっては100%そうだろうなって……」


「まあ、一花大叔母さんは皆に人気があったからなぁ」


「うん、矢野君から聞いた話によるとそんな感じだよね。


そっか…… 


インフィニティも矢野グループの一環だったのか……」


「それにな、ゼロも矢野グループだぞ?


インフィニティの方が

このホテルには良く顔を出すからゼロに居たんだったら

光の事はまだ分からず終いだっただろうな……」


「何だか僕すごい人の番になったのかもしれない……


本当に僕が姿を表しても良いのかな?


なんだかおこがましいような……


矢野君、こんな大きな会社を回していかなくちゃならないんだったら、

もっと相応しい人が……」


僕がそう言うと、


「あのさ、俺は伝え聞いた事だけどさ、

実を言うとさ、

一花大叔母さんの母親って

一花大叔母さんに導かれて伴侶と結ばれたって事だったぞ?


俺も詳しい事は知らないけど、

まだ生まれてもいないのに、

何度も一花大叔母さんが夢に出てきて

つがいの事を諦めようとした2人を結びつけたって……


お前がゼロに落ちてインフィニティに来たのも、

ここで光に再び会えたのも、

きっとまた一花大叔母さんが

お前らのことを導いているからなのかもな」


佐々木君のセリフにすごく打たれて

僕は涙が後から後から流れ出てきた。


「お前、こんな公衆面前で泣くなよ!


俺が泣かしてるみたいじゃ無いか!


ほら、鼻水くらい自分で拭け!」


ぶっきらぼうに言いながらも

佐々木君が僕にナプキンを渡してくれた。


「いろんな状況を兼ね合わせていくと、

お前達って運命の番みたいだな」


そう佐々木君が言った事に

僕は何だか付き物がストーンと落ちた様に

これまでの事が嘘の様に心が軽くなった。


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