第28話 誕生日前祝
「俺、ここでまだ身バレしたくないから静かにな」
そう言って矢野君が僕の手を引いた。
「どうして身バレしたく無いの?
みんな知ってた方がやりやすく無い?」
「バカ、反対だよ。
皆俺に気を遣ってちゃんとした仕事出来ないだろ?
それに特別扱いもしてほしく無いし……」
「え〜 そんなもん?
僕だったら権力振りかざしちゃうけど!
でもそれって無いものねだりの行動なんだよね〜」
そう言うと、
「ほら、こっちだ。
準備はしてあるはずだ」
とドアの鍵をあけた。
「ちょっと待って……
ここって?」
矢野君が僕の誕生日を祝おうと言って連れてきたのは、
ヴィラの別棟にある普通のヴィラの3倍位大きな部屋だった。
「ちょっと、ちょっと矢野君、
ここ何処なの?
ヴィラの一角だよね?」
そう尋ねると、
「ああ、家族専用のヴィラなんだ」
と来たもんだ。
「え~~~~っっっ!!!
家族専用?!」
「まあ、家族専用と言っても、
VIPなんかが来た時用でもあるんだけどな。
この前支配人に確認しに言った時、
ちょうど今日、明日と開いてたからブックしてきた」
と矢野君は涼しい顔でそう言った。
「ちょっと待ってよ。
ここ宮殿みたいだよ~
僕ちょっと緊張しちゃって一歩歩くのに
汚さないか? 傷つけないか?って
心臓がバックン、バックン言ってるよ~」
「ハハハ、何緊張してるんだよ!
俺と結婚したらこんなの日常茶飯事だぞ?」
矢野君にそう言われ、
嬉しさはあったものの僕は急に
“彼”
という人が怖くなった。
僕の生活とは違いすぎる。
これが
“身分の差”
というものなのだろうか?
僕は少し不安そうな目で矢野君を見ると、
「お前には初めての事で少し不安かもしれないが、
俺は何も変わってないぞ?
お前の知っている矢野光のままだ!
そんな心配そうな顔をしてないで、
こっちにこいよ!」
そう言って矢野君が両手を広げたので、
「うわ~ん、矢野ク~ン!」
そう言って僕は彼の腕の中に飛び込んだ。
「お前は、歩くってことを知らないのか?
俺が呼ぶと飛び込むのがお前の癖か?!」
矢野君の怒鳴り声に、凄く安心感を覚えた。
「ハハハ、やっぱり君は矢野君だね」
そう言うと、
「何を今更……」
と愚痴の様に言っていたけど、
彼は僕の事を嬉しそうに見つめた。
「腹減ってないか?
ルームサービス取るか?」
「ううん、今はまだいい。
はっきり言って緊張でお腹いっぱい……
でもルームサービスって大丈夫なの?
身バレしない?」
そう尋ねると、
「大丈夫だ。
ここのラインはすべて支配人直通だ。
それに全ての届け物は支配人によって運ばれる。
ここは身バレすると困る奴らが来る事もあるからな。
勿論、家族の事もそうだ。
彼は親族の者だから信頼できる」
と大丈夫そうだ。
「ふ~ん、ちゃんとプライバシーの保護はしてあるんだね」
とその時は何気なく言ったけど、
僕は後になってその意味を痛いほど思い知った。
「ねえ、この部屋、探検しても良い?
ここだけだよね?
ヴィラの中で
二階があるのって!」
「そうだな、案内してやるよ」
そう言って矢野君は席を立った。
一階のキッチンとダイニングはリビングの一角になっていたけど、
リビングとベッドルームとバスルームは
すべて裏庭のプールに面していて、そのプールは海に面していた。
だから基本的には、一階のリビングエリアが海に面していることになる。
プールは広くって、二人で使うには贅沢な広さがあった。
プールの端にはプールパーティーの際のティキハットがあって、
プールサイドにはパラソルと一緒に
リクライニングのチェアーがいくつも並べられていた。
プールサイドへ出ると、バスルームが目に入った。
「ねえ、このバスルームって僕たちの寮の部屋の何倍?」
外から見てもその広さが分かる。
プールサイドを伝ってバスルームに入ると、
小さく見積もっても、
バスルームは僕たちの寮の部屋が3つ分は入るような広さがあった。
バスタブも大きくて、まるで旅行ガイドの
ビーチリゾートの写真にでも乗っているようなバスルームだった。
いや、バスルームだけではない。
リビングもそうだけど、ベッドルームもだ。
「ねえ、このベッドのサイズって……」
「ああ、キングサイズだな。
アメリカから輸入してあるんだ」
そう言って入ったベッドルームには、
部屋の真ん中に天蓋付きのベッドが置いてあった。
ベッドのマットレスを手で押すと、
とても柔らかかった。
「ねえ、寝転んでも良い?」
そう言って寝転ぶと、
雲の上にいるような感覚のベッドで、
フワフワと中に浮いているような気分にさえなってくる。
「これ、凄いね。
雲の上にいるみたい。
矢野君も寝転がってみて!」
そう言って横に寝転がった矢野君に、
「ね? 気持ちいでしょ?
あ、そう言えば矢野君、ここに前に来たことあるんだよね?
だったらもう経験済みか?」
そう言うと、
「いや、来たことはあるんだけど、
このベッドに寝転んだのは初めてだ。
本当に気持ちいいんだな」
そう言って彼が僕の手を握った。
「なあ、お前、本当に盆休みに俺と東京に来ないのか?」
もう一度矢野君が訪ねた。
「行きたいのは山々なんだけど、
まだ心の準備が出来てないんだよ~
今回は3日と短いし、
僕はクリスマスの頃にでもゆっくりとお邪魔するよ!
その頃は心の準備も出来てる頃だろうし!」
そう言うと、矢野君は、
「分かったよ。
早く切り上げられるときは、早めに帰ってくる。
お前も浮気なんかするんじゃないぞ?」
「何言ってるんだよ!
ここにいて浮気なんてする余裕あると思う?
それに僕にはもう矢野君って素敵な彼氏がいますからね~
あっ、婚約者か?」
そう言うと、矢野君は僕の鼻をつまんで
イタズラっ子のように笑った。
でも僕は後に、矢野君と一緒に東京教に行かなかったことを、
死ぬほど後悔することとなった。
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